第53話 ただいま

 聖連ちゃんが近くの自販機で冷たい飲み物を買ってきて十一夜君に手渡した。


 わたしは進藤君の救出劇に興奮状態であり、また緊張状態でもあり、そんなことにはまったく気付かなかったというのに、流石聖連ちゃんは冷静だ。


「はぁ〜。やっと落ち着いたぁ……」


「何か、凄かったね〜。凄い人だとは思ってたけど、あそこまでとは色んな面で驚いたよ」


 本当に。聖連ちゃんとの息の合ったコンビネーションといい、人を担いで移動する体力やスタミナといい、怪しい場所を的確に見つける判断力といい、一般人から見るともう超人としか思えない。


「まぁ、子供の頃からの鍛え方が違うからね。聖連でも同じくらいはやれるよ」


「うそ!」


 更にびっくりして聖連ちゃんの方を窺うと、にっこりと天使のような微笑みが返ってきた。

 こえぇ〜よ。


「さてと……取り敢えず連れ出したけど……進藤君をこれからどうするかな……」


「正体明かすのは不味くない?」


 聖連ちゃんの意見に十一夜君も頷いて同意している。

 連れ帰ってまさか家でずっと目出し帽で過ごすわけにも行かないだろうしなぁ……。


 進藤君を助け出して欲しいと思ったけど、あそこから連れ出しただけではホント救出にはならなかったんだ。

 わたしは考えなしにただあそこから救い出して欲しいと願ったけど、進藤君のことをちゃんと考えていたわけでは無かったんだな。

 我ながら無責任だったということに今更ながら気付いた。とんだ自己満人間だ。


「やはりセーフハウスに匿うか……でもなぁ、進藤君の家族のことがあるからな……この事件に義妹さんが関わっていて、お母さんはそのことを知らない。義妹さんは進藤君のことをどうするつもりだったんだろうか……」


 運転席でステアリングを握った十一夜君が珍しく迷っている。


「圭ちゃん、進藤先輩の義妹さんって中等部よね。わたしが探ってみるわ。どの道、お母さんには今晩のことだけ誤魔化して、行方不明とでもするつもりだったんじゃないかなぁ」


「うん。聖連が言うようなつもりだとしたら、随分杜撰な計画だよね。進藤君が行方不明ということになれば、当然お母さんは警察に連絡するよね。そうしたらどうするつもりだったんだろう」


 なるほど、十一夜君の言う通りだ。どうするつもりだったんだろう、進藤君の義妹さん……。


「母親がいるからな。さらうのも不味いか」


 相変わらず怖いことをサラッと言うな、十一夜君よ。


「どうする?」


「明日には進藤君が監禁場所からいなくなっていることが義妹さんにバレるよな。よし、事情聴取するか。聖連、明日中に義妹さんに接触できるか?」


「うん、やれる」


「場所は僕が用意する。放課後連れ出して欲しい」


「車がいるね」


「進藤君の体のこともある。恭平さんに加わってもらうか」


「あぁ、いいんじゃない。恭平さん、どうせ暇でしょ」


 ……恭平さんって誰だが知らんが暇なのか。そうは言っても十一夜家の人ならまたきっと凄いんだろうな、どうせ。


「恭平さんっていうのは僕らの叔父さんでね。本来医者なんだけど、定職には付かずに闇医者みたいなことして稼いでる変わった人なんだ」


 十一夜家の人はみんな変わってるんじゃないのかなって気がするんだけど、気にしたら負けか。多分負けなんだろうな、うん。


「進藤先輩監禁して、学校への連絡どうするつもりだったのかな」


 確かに。

 この事件はかなり短絡的というか、感情に任せたものなんじゃないのかな。そんな気がしてきた。

 学校の防犯カメラの映像でも、何か言い合いしていたように見えた。


「学校から連絡行くなぁ、お義母さんに……」


 おぉ、確かに十一夜君の言う通りだ。そりゃ普通学校から連絡行くよなぁ。どうするつもりだったんだろう。


「恭平さんにお義母さんのフリして連絡してもらうか?」


「そうだね」


 あれれれ? 恭平さんって名前男性っぽいんだけど違うのか?


「あの……その恭平さんって男性?」


「ん、そうですけど?」


 聖連ちゃんの言いようはさも当たり前と言わんばかりだ。


「男性なのに、お義母さんのフリできるんだ?」


「ええまぁ、恭平さんですから……ね、圭ちゃん?」


「あぁ、そうだな。恭平さんだから」


 二人共口を揃えて恭平さんだからと言う。恭平さんだからって理由になってない気がするんだけど、それが理由になってしまうってどういう人なんだろうな。


 もう夜もかなり深いのだが、それから十一夜君はその恭平さんに電話を掛けて事情を話しながら、協力の要請をしている。


 明日の作戦にはわたしは参加させてもらえないそうだ。

 それから十一夜邸にそのまま帰って、進藤君を地下二階にある部屋に連れて行った。

 深く眠っているような状態なのだろうか、進藤君の意識は相変わらず戻らない。


 程なくして、例の恭平さんがやってきた。

 わたしのような十一夜家以外の人間がいることに驚かれたが、それ以上にわたしの方が驚いた。

 恭平さん、どこからどう見ても女性にしか見えないんだもん。


 十一夜君がわたしのことを恭平さんに紹介してくれて、恭平さんも自己紹介してくれる。


 十一夜君のお父さんの一番下の弟さんだそうだ。

 歌舞伎界に女形おやまという存在があるのは男だけで演じられる世界においては必要だからであろうが、忍術界にもそういうのあるの?

 好奇心から疑問は湧いたが、聞いたら失礼になるのかもしれないと思うと、口には出せなかった。


「あ、こいつらの父親の弟って説明で分かったと思うけど、俺、こう見えて男なんだ。中身も性的嗜好も完全に男としてノーマル。この見た目は単純に趣味だから。いわゆる女装家。よろしくね、夏葉ちゃん」


 そういう恭平さんだが、声も女性そのものだ。

 口に出して訊くまでもなく、自分から説明してくれた。趣味の女装なのか。わたしは趣味じゃないのに女になってしまったのだが。


 恭平さんはウェリントンタイプの黒縁眼鏡に白いタイトなブラウスとタイトスカートという、OLさんか美人家庭教師か、将又はたまた女医さんか、といった雰囲気の出で立ちで、その上から白衣を羽織ると颯爽と地下の進藤君のいる部屋に降りて行った。


「先輩、ああ見えて恭平さんは腕は確かなんで安心してください。学校への連絡の方も卒なくやってくれるはずです」


 ま、そりゃそうだろうな。見た目だけじゃなく声まで女性だ。見た感じ三十歳には届いていない感じだけど、あの感じなら母親のふりして電話するなんてわけないだろう。

 そうこうしている内に、眠気も限界になって、聖連ちゃんとの女子トークもそこそこに眠りこけてしまった。


 朝起きると、聖連ちゃんはいつの間にやら自分のベッドを抜け出してわたしにしがみついており、そっと引き剥がしてリビングに行くと、テーブルの上に置き手紙があった。


 どうやら十一夜君と恭平さんは既に出払った後のようだ。

 置き手紙によれば進藤君の身柄は恭平さんに預け、十一夜君は進藤君の義妹さんから事情聴取するための準備だとかで早出するとのことだ。


 そういうことで今日のわたしは出番がない。

 取り敢えず十一夜家名物の源泉掛け流し温泉を堪能することにした。


 風呂から上がって、取り敢えずできることをと思い、わたしは朝食の準備をすることにした。

 朝食の支度をしていると、漸く聖連ちゃんが起きてきた。


「せ、先輩! あわわわ、すみません! 先輩に、そそ、そんなことをさせてしまうなんて、わ、わたし……」


「あ、おはよう、聖連ちゃん。昨夜はお疲れ様。ぐっすり眠れた?」


 昨日は大車輪の活躍だった聖連ちゃんを労うが、聖連ちゃんはあたふたしている。


「はい、あの、いえ、えっと、あ、て、手伝います!」


「そう? じゃ、これ運んでくれる?」


「は、はい!」


 聖連ちゃんに朝食を運んでもらい、二人で食卓を囲む。


「いやぁ、昨夜の二人の活躍は凄かったね〜。そう言えば昨夜気になったことがあるんだけど」


 わたしの言葉に、聖連ちゃんは愛らしく首を傾げている。


「十一夜君が昨夜、一発で進藤君がいる部屋を引き当てたじゃない。あれ何で分かったんだろう……?」


 そのことが昨夜から疑問だったのだ。十一夜君は他のドアには見向きもせず、あそこのドアにだけ反応した。


「あぁ、そうですね。監禁されているなら見張りがいるか、若しくは特別頑丈な扉のある部屋だと見当を付けていたんでしょうね」


「あ〜、なるほどぉ。そういうことか。前に丹代さんが監禁されていたのも特別頑丈な扉の部屋だった」


「あ、きっとそこから予想していたんでしょうね」


「そういうことかぁ。あ、そう言えば聖連ちゃんはどうやって進藤君の義妹さんに接触するの?」


 そう問い掛けると、聖連ちゃんはにやりとしながら計画を話してくれた。


「昨夜、学校のデータベースに入って生徒名簿を調べました。進藤先輩の義妹さんの名前は進藤杏奈。三年E組です。そこまで分かれば十分です。手紙で放課後呼び出して、後はどうとでもなります」


 どうとでもなるって、また不穏な雰囲気なんですけど……?


「何か危険なこととかしないよね?」


「あは、大丈夫ですよ。薬物使ったり暴力的な手段を取ったりはしませんから。忍術には色々あるんですよ」


 超現代的なスパイっぽい十一夜家の人達だが、根本は忍者なので、ハイテクツール以外の秘伝的な技術もたくさん持っているらしい。


 忍者漫画に出てくるような幻術や妖術的な術は、実は高度な催眠術を駆使したものだそうだ。聞けばその類の術も何と心得ているそうで、相手に自分の姿を知覚させないようにしたり、記憶を操作したりといったことも可能だと言う。


 友だちでいる分には実に頼もしい限りだとは言え、客観的に見たら本気で恐ろしい人達なのだなと、改めて認識させられる。

 十一夜家は表でも立派にやっている家だけど、裏社会での暗躍も凄いのだろうな。具体的なことはなるべく知らない方がいいとわたしの勘が告げている。


「結果についてはLINEでお知らせしますから安心してください」


「あ、助かる。物凄く気になると思うから」


「任せてください。わたしたちの業界では常に失敗が許されませんからね」


「か、過酷なのね」


 思わず朝から背筋が寒くなる。サラッと言うけど怖い。


「失敗するときは命がなくなる時というのがわたしたちにとっての当たり前なんで」


 こ、怖いからそれ以上言わないでくれ。お〜こわ。


 それから今日は聖連ちゃんと二人仲良く登校したのだった。

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