第51話 Night Troop

「ちょ、ちょっと! 華名咲さん、取り敢えず服着て来て!」


「あ、あぁ、そうね。うん。ごめんごめん。聖連ちゃんもお風呂で鼻血出しちゃったもんだから……これ、使って」


 タオルを巻き直してから十一夜君用にごそっとティッシュを箱から抜いて渡し、わたしは漸く脱衣所に引き返した。十一夜君はわたしが女子化した元男子だとは知らないからあんなに動揺したのだろう。

 それはさておき一先ず服を着て、持ってきた新聞紙で聖連ちゃんを仰ぎつつ、ティッシュで顔を拭ってあげる。鼻血が止まったところで、十一夜君の様子を見ようと脱衣所から出ると、彼はもういなくなっていた。

 聖連ちゃんが漸く落ち着いてきたところで、服を着るように促すと、もう大丈夫だからもう一回仕切り直しだと言って風呂に入った。わたしもまだ体すら洗っていなかったので、もう一度服を脱いで風呂に入ることにした。

 進藤君のことを考えるとのんびり温泉を楽しんでいる場合でもないので、さっさと切り上げて風呂から出て、一応軽くメイクをし直した。素っ裸も素っぴんも見られた今となっては、今更何をという感も無きにしも非ずだが、先程のことは無かったことにした方がお互いの為のような気がする。

 リビングに戻ると既に十一夜君がスタンバイしていた。先程の事故のことなど素知らぬ顔といった風情でソファに腰掛けている。が、リビングに姿を現したわたしの顔を見た途端に顔を赤らめて目を逸らした。やっぱり気にはしているのだな。ここは気付かぬ振りを決め込むか。


「聖連、準備はいい?」


「いつでも出られるよ、圭ちゃん」


 二人は準備万端のようだ。準備というのは勿論、例の警備会社の捜査のための準備だ。

 わたしもいよいよ気持ちを引き締めて、緊張感のためにゴクリと唾を飲んだ。


「今回はあくまで進藤君の安否の確認と、警備会社と組織の繋がりについての調査だ。基本的に進藤君の救出自体は警察に任せるけど、警察が入ると僕らの調査がやりにくくなるかも知れないので、今晩勝負をかける」


「十一夜君、警察に通報した場合、進藤君の義妹さんはどうなっちゃうの?」


 進藤君は義妹さんとの関係を気にしてかなり気を遣っている様子だった。もし今回のことが警察沙汰になるとすると、家庭にかなりのヒビが入る事になるんじゃないだろうか。おまけにお父さんの会社での立場にも影響するだろう。場合によっては会社にいられるかどうかも分からない。


「まぁ、未成年だからね。それに彼女がどの程度この事件に深く関わっているのかも分からないしなぁ。どれくらいの罪になるのかは僕には分からないな。華名咲さんは、今回も警察に通報するのに反対?」


 今回も、と言われたことで、また反対する気なのかと言外に批判された気がして、二の句が継げなかった。


「圭ちゃん、警備会社っていうのは、警察OBの天下り先ってこと忘れてない?」


「ん?」


 それまで黙っていた聖連ちゃんが唐突に述べた意見に、十一夜君はピンときていないといった様子で、何を言わんとしているのか窺うようにして聖連ちゃんを凝視している。


「分からないかな。つまり警察へのパイプを持っているっていうことでしょ。もし、警察にも組織に繋がっている人間がいて、その人がある程度力を持っていたり、或いはたくさんの人間が関わっていたりしたら、潰されるかもしれないってことじゃない?」


 な、なるほど。何か本当にスパイ映画を見ているようだな。聖連ちゃんの言うことも尤もな気がするけど、十一夜君はどう思うんだろう?


「う〜ん……」


 聖連ちゃんの意見に、十一夜君が考え込んでしまった。瞑目して考え込む十一夜君を他所に、聖連ちゃんがこちらの方を見て眼鏡越しにウィンクを放ってきた。睫毛が長いので、バチンと音でも立ちそうなウィンクだ。この顔はハッキングしている悪い聖連ちゃんの時にいつもしてるのと同じ顔だ。黒聖連だ。こういうときの聖連ちゃんは無双だからな。味方でいる限りは心強いというのは十一夜君と同じだ。


「分かったよ。じゃあ作戦変更だ。任務のプライオリティについては、進藤君の救出を第一とする。それでいいかい?」


「了解、圭ちゃん。うふ」


「はぁ〜、まったく。敵わないなぁ、聖連には……」


「あはは、圭ちゃんだって華名咲先輩の願いはできるだけ叶えてあげたいでしょ、ホントは?」


「……仕方ないな。さあ、そろそろ行こうか」


 十一夜君はボソリと呟き、立ち上がった。

 それに続くようにして聖連ちゃんも立ち上がったので、わたしも釣られて立ち上がった。

 ガレージには何台も車があり、我が家と違うのは趣味に基づいたコレクションではなくて、すべて実用性を重視したものなのだろうなという点だ。聖連ちゃんが通信車両と呼んでいたのは、見た目は移動カフェのようなワンボックスカーだ。

 今日は運転は十一夜君がするようだ。わたしと聖連ちゃんは観音開きになっているリアゲートから乗り込む。後部座席を潰して、その代わり何だか凄い機械がたくさん設置されていて、車の中にいるというより何かのオペレータールームという雰囲気だ。

 訓練していると言うだけあって、十一夜君の運転は非常にスムーズだった。現場——つまりくだんの警備会社——に到着すると、そこで停止せずに周囲をぐるりと回った。何でも周囲の状況の偵察、いざという時の逃走経路の確認、そして電線や電話線を確認しているのだそうだ。

 聖連ちゃん曰く、仕事というのは段取り八分なのだそうだ。つまり段取りが仕事の八割を占めるのだとか。気が合うな。わたしもまったく同じ考えだ。

 車ーを目立たない通りに停めると、十一夜君は電柱に登って何やら細工をしているようだ。聖連ちゃんは車の中で機械を弄っている。十一夜君が戻ってきて無線機を配る。


「チャンネルは11CHに合わせようか。警備システムの方はどう? 入れそう?」


「うん、一次側はOKみたい。あとは圭ちゃんが中に入ってからこれをコンセントに取り付けて」


 そう言って聖連ちゃんは十一夜君に、コンセントに挿すタコ足みたいな物を手渡した。


「了解。これ、挿すだけでいいの?」


「うん、それだけでいいよ。あとはそれが自動的にサーチしてこっちにネットワーク情報送ってくるから。その情報使ってハッキングするの。うふふ」


 うわ、怖い怖い。また聖連ちゃんが黒バージョンになってる。


「分かったよ。あと必要な情報はタブレットの方にも随時送ってもらえるかな」


「OK、任せて」


「よし、じゃあ無線の確認」


 十一夜君は自分の無線機をハンズフリーイヤフォンマイクに繋いでテストを始めた。


 わたしのトランシーバーも、聖連ちゃんがチャンネルを合わせてくれて、通話テストをした。専ら聞く一方で話すことは無いだろうと思うのだが、一応トランシーバー越しの会話の仕方を教えてもらった。

 こちらから話し掛ける時にはボタンを押しながら話さないといけないようだが、タイムラグがあるとかで、ボタンを押してから一、二秒程度待って話し始めないと頭切れするそうだ。

 十一夜君は焦茶色の薄手のタートルネックシャツにネイビーのパラシュートパンツにデイパックという出で立ちだ。聞けば黒は闇夜では却って目立つので、プロは藍色や茶色などを纏うのだそうだ。被っているニットキャップは現場に髪の毛を落とさない為のものなんだとか。徹底している。

 この人達は本当に専門家なんだなと、ここまでの一連の流れで改めて思い知らされた。

今更ながら凄いぞ、十一夜家!


「じゃ、行ってくるね」


 例の如く十一夜君は近所のコンビニに出掛けて来るくらいの気軽さで警備会社の方へと駆けて行った。おわっ、壁飛び越えた。お、建物から建物に飛び移ったよ。


「あ、圭ちゃんのあれはパルクールみたいなもんですよ。実際には忍術なんですけど」


「パルクール……?」


 スマホで検索してみるとすぐ出てきた。動画もたくさんあるんだな。感心している間にも、聖連ちゃんはモニターを三画面使って各々に違うソフトを立ち上げている。


「お、来た来た。圭ちゃん中に入りましたね」


「え、もう? 随分簡単に入れちゃうんだね」


 聖連ちゃんはパソコンをカチャカチャやり始めて、次々に三面並んでいるモニターに色んな情報が表示されていく。真ん中のモニターに中の防犯カメラ映像と思われるものが映し出された。少し遅れて左のモニターに建物の平面図が映し出されて、その上に恐らく十一夜君の位置を示す青い円が点滅している。


『聖連、防犯カメラに映っちゃうんだけど、対策できる?』


「ちょっと待って」


 聖連ちゃんが色々やってるが、何をやってるのかはさっぱり分からないので、邪魔しないように見守るばかりだ。


「はい、今圭ちゃんの位置とカメラを特定した。合図出すから、そこから三秒で通過して」


『了解』


「圭ちゃん、行くよ。三、二、一、はいっ」


 モニターのカメラ映像に注目していたが、どのカメラにも十一夜君は映っていなかった。三秒経過後、やはりモニター映像に何の変わりもない。直後、『通過』という音声が無線を介してイヤフォンから聞こえた。


「ふ〜」


 聖連ちゃんもそれなりに緊張していたようで、大きく息を吐いた。同じようなやり取りを何度か繰り返しながら、十一夜君は社屋内を縦横無尽に移動しているようだ。


『隠し扉発見。聖連、図面はタブレットに送ってくれたのだけ?』


「そうだけど?」


『地下二階出てないよね?』


「無いよ」


『了解。今から地下二階に潜る。完全に隔離されていると考えられるので、カメラは多分無いだろう。その代わり人がいるかもしれないからここから先連絡はSMSで送るけど、そっちは無線でいいよ』


「了解。気を付けてね」


 聖連ちゃんは、十一夜君の無線を受けて、自分のスマホ画像がモニターに映し出されるように接続した。暫くして、画面に十一夜君からのメッセージが表示される。

 『例の祭壇のある部屋を発見』というメッセージと共に、部屋の画像が添付されている。丹代さんが監禁されていたあの部屋にそっくりだ。その後は暫く十一夜君からの連絡が途絶える。

 暫くして唐突にSMSが送付されてきて、ライブ映像を送るので必要になったらそちらの判断で支援を頼むとのことだ。一気に緊張感が高まる。

 少ししてライブ映像が送られてきた。廊下が映し出されている。どうやら十一夜君の頭部に小型のカメラを取り付けていて、その映像が送られてきているらしいが、マイクは内蔵されていないようで、音声は来ない。廊下の突き当りで、直角に左に通路が折れているようだ。十一夜君は立ち止まり、慎重に左側を窺う。

 緊張が漲る中、唐突に画面が暗くなり、映像が途絶えてしまった。ん? 回線の問題?


「圭ちゃん、圭ちゃん?」


 聖連ちゃんが呼び掛けるが、待っても十一夜君からのリターンは何もない。十一夜君に呼び掛ける聖連ちゃんの声が上擦る。


「何が起こっているの……」


 車内が不吉な予感に覆われる。次の瞬間、映像が復活し、そこに進藤君を拉致したあのタンクトップの男が映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る