第42話 Magic

 何となく落ち着かないまま、その日の授業時間や休み時間のあれこれは過ぎて行き、放課後となった。

 十一夜君とタイミング的にかち合ってしまって、玄関まで一緒になった。彼は普段はわたしたちと同じく電車通学だそうだ。二度ほどバイクに乗せてもらっているけど、考えてみたら十一夜君はわたしと同い年なはずだよね。免許持ってるってことは実は年齢誤魔化してたりするの? 職業柄? と言っていいか分からないけど、彼ならそういうことも十分に考えられる。

 気になってタリーズまで向かう道中訊いてみたら、何と無免許だと平然と答えた。普段から様々な乗り物の運転は訓練しているから問題ないと、またいつもの調子でサラッと言われたが、そういう問題じゃない。詳しく聞くとボロボロと犯罪行為が出てきそうなので、それ以上突っ込んで訊くのはやめておいた。十一夜君は相当特種な業界の人だとは思うが、普通絶対やっちゃいけないことだぞ。

 店に着くと、いつも通り注文して受け取った物を持って席に着く。一番奥の隅っこの席に座って、各々飲み物を口にする。日中の気温も少し上がってきて、今日はスプラッシュ・ジンジャーと呼ばれるジンジャーエールを選んだ。


「丹代さんの家族だけど」


 訥々という感じで十一夜君が語り始める。


「う、うん。何か分かったの?」


「どうやら海外にいるらしい」


「そうだったんだぁ〜。無事でいるんだよね?」


 何より安否が心配だ。彼女は、ご家族は無事なのだろうか。


「詳しくは分からないけど、父親はニューヨークのホールの監督をしているだろう? 母親は製紙工業会社にいて、やはりその貿易関係で海外赴任ということらしい。だから一見何の問題もない海外赴任による転校ってことになるな」


「ふぅ〜、何だ、そうだったんだぁ……」


 丹代さんの転校が別に怪しいものではなかったことに安堵して、大きく息を吐いた。あれ、でも十一夜君、今『一見何の問題もない』って言ったよね。


「……はぁ。ところがそれが問題なんだ……」


 やっぱり問題があったのか。十一夜君の言いようからすると不吉な予感しかしないんだけど……。


「……何が?」


「あぁ、どうも丹代花澄だけは海外へ渡った様子がない」


「えぇ? じゃあどうして丹代さん、転校したの?」


「さあな。それはこれから調べるつもり」


 十一夜君は突慳貪つっけんどんにそう言うと、アイスコーヒーをストローでちゅーちゅー吸っている。丹代さんのことは心配なのに、いつもクールでぶっきらぼうな十一夜君のそんな様子が可笑しくて、思わず頬が緩んでしまう。


「これから丹代さんの家に行ってみるつもり」


「え? 丹代さんの家って、彼女が今いる場所分かるの?」


「いや、そうじゃないよ。今まで住んでいた丹代家に行ってみる」


「でも、丹代さんはそこにいる可能性あるの?」


 元の家にまだそのまま丹代さんが住んでいるのなら、何も転校なんてする必要は無さそうだ。しかもあんなに急に。


「可能性は低いね。でも何か手がかりが残っているかもしれない」


 ん? 若しかしてこれ、家宅侵入する気じゃないだろうな。なんかそんな気配がプンプンしてくるのだけれど? 緩んでいた頬が今度は十一夜君の突飛な発言に引き攣りそうだ。十一夜君って、いつもそんなことして調べてるんだろうか……。危険なことばかりしてるんじゃないだろうなぁ、心配になるよ。


「はいっ。わたしも連れて行ってもらえないかな」


「華名咲さんを? お勧めはできないな」


 あっさり言われる。だが、ここは簡単に引き下がれない。十一夜君に任せっきりにしていると、きっと法に触れるようなことも割り合いに平気で仕出かしそうだ。それはなるべく阻止したいところだ。


「十一夜君、不法侵入とかする気じゃないの?」


 あ、十一夜君があからさまに目を逸らした。ここは畳み掛けるところか。


「やっぱりその気でしょ。わたしが見張り役するから役に立つよ。だから連れて行って」


 って、犯罪に加担してどうする。しまったな、付いて行きたい一心で何言ってるんだよ。


「はぁ、仕方ないな。華名咲さんの身は僕が責任持って守るけど、無茶はしないでね」


「へ?」


 意外にもあっさりと受け入れられて拍子抜けする。役に立つと主張したのに、身を守ると言われてしまった。何だか調子が狂うな。恥ずかしさに赤面している気がする。


「そうと決まったら早速行こう。駐車場からバイク持ってくるから店の前で待ってて。ロッカーにデイパック預けてあるからそれも取ってくる。その間に家に連絡入れときなよ」


「うん」


 って、えぇ? また無免許バイク? てことはわたし後ろに乗るの? うわぁ、なんか本末転倒なことになってきたなぁ……。

 そんなことを思いつつ、結局また十一夜君のバイクに乗せてもらって、丹代さんの家へと向かうわたしなのであった。

 これって、よいこのみんなはまねしちゃダメだぞっていうパターンのやつだよね。テレビ番組ならBPOからお叱りを受けるかもしれない。

 丹代さんの家は、学校の最寄りの駅からバイクで二十分ほど走った場所にあった。十一夜君はバイクを家の裏側に停めた。そこから歩いて表に回る。なかなか豪奢な造りの一軒家で、りっぱな門構えだ。十一夜君が確認した所、門扉は施錠されており、入れないようだ。これなら十一夜君も無理矢理入ったりしないだろうけど、手がかりとなるような情報も得られないだろう。

 十一夜君は何をしたのか、門扉の前で何やらゴソゴソ始めたと思ったら、あっという間に解錠してしまった。あぁ、犯罪者だ。もうこの人平気でこういうことするんだな、やっぱり。


「さ、入ろう」


 そう言って十一夜君はとっとと敷地に入って行ってしまう。遅れを取るまいとわたしも慌てて付いて入る。


「さあ入ろうってね、十一夜君。ちょっと待ってってばぁ、もぉ」


 玄関まではコンクリートに石がはめ込まれ舗装されている。

 玄関に着く前に十一夜君は立ち止まり、ほら、とドアを指さしてわたしの視線を誘導する。十一夜君が指した場所は、ドアの右上部分。そこに見つけたのは警備会社のステッカーだった。そう、わたしを拉致しようとした謎の男たちが勤めているあの警備会社のステッカーだった。単なる偶然なのかもしれないが、緊張で手が汗ばむ。

 十一夜君はそのまま玄関へは向かわずに迂回しながら別の入口を探しているようだ。


「マグネットセンサーが付いているようだ」


 十一夜君はそう言ってわたしにそのマグネット何とやらについて説明してくれる。


「扉の枠側に小さなリレースイッチが付いていて、ドアに付けてあるマグネットが離れるときに磁力でリレースイッチが反応して警備会社に通報する仕組みなんだよ」


「へぇ〜」


 まぁ、何となくだが仕組みは分かった。要は磁力でスイッチが反応するってわけだね。

 勝手口と思われる扉の前に来て、十一夜君はまたデイパックをゴソゴソやって何やら取り出した。


「これ、電池式の超強力マグネット。こいつを枠に取り付けると、裏側のスイッチはこっちの磁力の強いマグネットに干渉されることになる」


 そんなことを言いながら、また粛々と勝手口の鍵をピッキングしてあっという間に開けてしまった。


「ちょ、十一夜君。それはマズイよ。犯罪行為じゃん」


「今更それ言うの? 無免許だって言ったよね、僕。その後ろに平気で乗ってきたのは誰だっけ? 敷地内に入った時点で不法侵入。華名咲さんも僕と同罪だよ」


 それを言われたらぐうの音も出ないのだ。


「えぇ〜〜。十一夜君、確信犯だなぁ」


「じゃ、見てて」


 そう言って十一夜君はさっきの電池式という磁石をドアの枠に取り付け、ゆっくりと扉を開いた。十一夜君の言う通り、マグネットセンサーは反応しなかったようで、特に警報が鳴ったりするような異常はなかった。ドアを開いて中の様子を十一夜君が窺っている。やはりここが勝手口だったようで、ドアの向こうはキッチンだ。


「よし、マグネットセンサーだけみたいだ。入ろう」


 十一夜君はデイパックからウェスを取り出して靴の裏を綺麗に拭いている。靴のままお勝手口からキッチンに上がり込むと、こちらを向いて座り「靴拭くから足出して」と言ってきた。

 パンツが見えるかとちょっと躊躇したが、考えたら十一夜君は中身が女子だった。まぁ、グズグズしているのもよくないかと思い直して片足を十一夜君に差し出した。どうせ紺パン履いてるしね。反対の靴の裏も拭いてもらって準備完了だ。


「お邪魔します……と」


 雰囲気からして誰もいないだろうが、恐る恐る挨拶をしてキッチンに上がった。丹代さんの突然の失踪——十一夜君が当初そう言っていたので、一応それに準じてそう呼ぶことにする——からすれば、恐らく急な引っ越しであったと思われるが、思いの外室内は綺麗に片付いており、塵一つ落ちていないような印象だ。十一夜君は入ってきた扉をしっかり閉めてから部屋を確認していく。

 さすがに広い家で、部屋も幾つもある。一階にはキッチン、ダイニング、リビング、そして和室が二部屋、洋室が一部屋ある。それら一部屋一部屋を、十一夜君は丹念に見て回る。

 正直何を見ているのかよく分からないのだが、どの部屋にも荷物らしい荷物は残されていない様子だ。十一夜君は今度はノートを取り出して、間取りを書き始めた。書き終えると、今度は暫くそれを眺めながら顎に手をやり黙考している様子だ。


「この間取りからすると、風呂場と洋室の間に不自然なスペースがあるな」


「え、そうだっけ?」


 十一夜君はそう言うが、わたしにはさっぱり分からなかった。

 洋室へと移動すると、十一夜君はそんなわたしに構わず、何やらシルバーの小物を取り出した。 見た目は丁度口紅を太くしたような円筒状のもので、口紅を出す時のような要領で捻ると、白い煙が出てきた。

 何をしているのか分からず、黙って様子を眺めていると、十一夜君はそれを壁際の床に置いてから説明してくれた。


「この煙は、いわゆる電子タバコと一緒で水蒸気なんだ。無害だし無味無臭だよ。怪しいスペースがあるから、空気の流れを確認してみようと思ったわけ」


 そう言われて煙の行方を目で追うと、壁に掛けられた大鏡の下の壁と床の合わせ目に煙が吸い込まれて行くのが分かる。


「煙が吸い込まれて行くね」


 わたしがそう呟くと、十一夜君は更に補足するように説明をしてくれる。


「あぁ、さっき家に入るとき、僕はドアを元通りに閉めたろう? だから本来空気の流れは止まっているんだ。こうして空気が吸い込まれて行くっていうことは、どこかで換気されているわけだけど、普通こんなところから空気が吸い込まれて行くなんて考え難いね。どこかに繋がっていると考えた方がよさそうだ」


 言うなり十一夜君はさっきの煙が出る不思議な装置を仕舞い込み、デイパックを背負い直すと、大鏡の掛かった壁の端をぐっと押した。

 まったく予想していなかったのだが、恐らく十一夜君にとっては予想通りだったのだろう。見事に忍者屋敷のように壁が半回転し、その向こうには細い階段が地下へと続いていた。十一夜君がまたとっとと階段を降りて行くので、一人残されては恐いと思ったわたしも、慌てて彼の後を追う。

 ドンと音がして振り返ると、半回転した壁が元に戻り、鏡が掛けられていたところはマジックミラーとなっていて、その向こうには唇の片端を吊り上げて嫌な顔で笑う男が立っていた。

 十一夜君も既に気付いて振り返っており、苦々しい顔でマジックミラーの向こう側を睨みつけていた。

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