97話「一件落着?」

「……つまり、改造バエは呪いの力で人々を……」

 サフィーは、エミナが狂暴化した時の事をミズキから聞いて、驚いた。

「それだけじゃない。僕、見たんです。その改造バエで自分を刺したマッドサモナーから、凄い……黒くて燃えてるようなオーラが……多分、魔力だと思うんですけど、出てたのを」

「魔力の供給……呪いの力で……」


「おお……おおおお……!」

 喉の奥から絞り出されるような、苦しそうな声を聞いて、一同は、マッドサモナーの方を見た。今度はマッドサモナーが悶え苦しんでいる。


「なんなの、今度は……!」

「ど……どういうこと?」

 サフィーは苛立ち、ミズキは戸惑っている。


「さあな、ところでサフィー、マッドサモナーを捕まえるチャンスじゃないか? アークス達も来てるし」

「貴方達……」

 ブリーツに言われたサフィーは、アークスとミーナがこの場にいる事に気付いた。全員が、マッドサモナーを目視できる位置に居ると言っていい。ならば、馬車の守りは……。


「あ……」

 サフィーは気付いた。既に馬車への守りなど、気にしなくてもいい事に。あれだけ大勢居たモンスター達は、すっかり少なくなっていた。今やモンスターはマッドサモナーの周りを囲んでいるのみになっていたのだ。


「サフィーが戦線を押し上げてくれたからだよ。ある時から、モンスターの勢いは、急に無くなってきたんだ。だから一気に押し込めた」

 アークスが言う。しかし、サフィーは、それだけが要因ではない事を知っている。様々な要因が、マッドサモナーに不利になるように働いたからだ。


「おおぉぉぉぉ! おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 サフィーは未だに悶え苦しんでいるマッドサモナーを横目に見た。

 あの時、サフィーとブリーツ、そしてアークスの三人だけでは完全に勝ち目が無かった。マッドサモナーの罠にかかり、全滅していただろう。しかし、ミズキとエミナ、そしてミーナが合流したことにより、僅かではあったが起死回生の機会が生まれることとなった。


 そして、その機会はドドの登場によって活かされ、その時からマッドサモナーは徐々に不利になっていくことになる。その後もマッドサモナーは引かず、モンスターを自分の周りに集中させることによって延命を図った。ホーレの時とは違い、姿をくらまさなかったのだ。それは、町を全滅させるのが目的ではなかったからだろう。自分を追う人物を一網打尽にするために違いない。その証拠に、ホーレの時には無かったウィズグリフによる罠が、この草原にはたっぷりと張り巡らされていた。


 しかし、その準備も全て無駄となった。モンスターを盾とした延命のためにだ。マッドサモナー自身を守るためには、そうせざるを得なかっただろう。サフィーが常に、目を光らせてマッドサモナーを狙っていたからだ。しかし、それは裏目に出た。モンスターを守りに徹させたばかりに、これまで保ってきたモンスターの勢いは削がれ、結果的に、サポートに徹していたブリーツやクー、ドドと、馬車を守るアークス、ミーナには相当な余裕が生まれた。これにより、戦線を一気に押し上げるという行為も実現可能になった。


 その後、魔女は最後の抵抗として、自らの体に、改造バエを介して大量の魔力を補充するはずだった。しかし、それも阻止された。ミズキが何かのきっかけによって、改造バエがマッドサモナーに魔力を供給していることを知っていたので、傷を押してここまで来て、ディスペルカースによって改造バエの呪いを消したのだ。


 そう。それはマッドサモナーの不運が、そして、みんなの幸運によって起こった起死回生ではない。みんなの力によって切り開かれた希望だ。その希望を無駄にするわけにはいかない。


「ブリーツ、マッドサモナーは生け捕りにするわよ」

「ええ?」

「この状況、見れば分かるでしょ。今ならマッドサモナーを生きて捕らえることができる」

「お、おう。分かったから、そんなに睨むなよ……天に仇なす者に手枷てかせを、地に逆らうものに……」

 ブリーツが、プラズマバインドを唱えようとした時、マッドサモナーは縄でクルクルと巻かれている最中だった。


「ナイス! クー!」

 ドドがクーを褒める。

「む……アバオアクーとかいうわけのわからん奴に仕事を取られてしまったか」

「いいじゃないの。元から碌にやる気の無い人より、ああやって気の回るクーにしてもらった方がいいわ」

「サフィーはいつも貶す方向に持ってくのな」

「嫌だったら、今のクーみたいに素早く動くことね」

「へいへい……」


「マッドサモナーは私が運ぶのが一番効率が良さそうよね。どのみち治療のために、負傷者と私と、一緒に馬車に戻らなくちゃいけないし。残りの人で残りのモンスターの相手をするかたちになるけど、それでいいかしら?」

 エミナがサフィーに聞いた。

「それが一番最適でしょうね。私が直々に、城まで引きずっていきたいところだけどね。……それじゃあ怪我の酷いミズキと……アークスも、動ける体じゃないはずだから、エミナに付いていってちょうだい」

「……私の見た感じだと、サフィーもそうじゃない?」

 エミナが加えてサフィーに聞く。

「……私?」

 サフィーの胸と肩には、まだ治療しきれていない深い傷がある。戦えるからだとはいえない。

「いえ、私は……」

「この数なら僕とポチ、それにブラウリッターが居れば十分ですよ。あ、それからクーもね。サフィーさんもアークスさんも休んでください」

 ドドがポチの頭を撫でながら言った。

「ミーナちゃんだって居るぴょんよ! あとブリーツも!」

「え……俺、魔力がもう無いんだが……」

「素手ぴょん! 素手!」

「いやいや無茶言うなよ」

「ふふふ……でも、確かにこの戦力なら、私が抜けたところで問題は無さそうね。じゃあ、そうさせてもらおうかしら」

 サフィーは魔女の方をちらりと見た。あの状態では、もう新たにモンスターも呼べないだろう。


「おおおおぉぉぉ! おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

「……!? 何をしようとしてるの!」


 サフィーはマッドサモナーが、もがきながらも最後の抵抗をしようとしているのを感じ取った。


「クー! 縄をもっときつくして! 他の人も、マッドサモナーを……」

 マッドサモナーの動きには、もがき苦しむ動作に混じって、何か明確な目的を感じる。サフィーはクー、そして他の全員にも、マッドサモナーの動きを、もっときつく封じねば危険だと伝えつつ、自分自身もマッドサモナーに駆け寄ろうとした。そのさなか、マッドサモナーの下、生い茂る草の隙間から、かなりの大きさのウィズグリフが光り輝いた。


「しまった! これが目的……!」

 マッドサモナーは、己の唇を噛んでウィズグリフにつけた。そうすることで、自分の血をウィズグリフに供給し、ウィズグリフを発動させた。


「凄い……なんて巨大なウィズグリフ……!」

 エミナが驚嘆する。


 一同は、一瞬にして巨大な影に包まれた。その影を作り出しているのは、一同の周りに現れた巨大な存在だ。


「ま、また召喚……? ゴーレムなの……!?」

「違う! あれはリーゼだよ! こんなに沢山のリーゼ……!」

 ミズキ、そしてアークスも狼狽する。周りを囲むのは、夥しい数のリーゼ達だ。どれくらいの数なのかは見当もつかない。リーゼが一同をすっかり取り囲んでいるからだ。遠くの景色が全く見えない事からも察せるように、周りにたむろする巨大なリーゼによって視界は塞がれ、一体どれくらいのリーゼが居るのかすら分からない状態だ。


 自分達を囲む巨大な存在に、一同は驚きを隠せなかった。

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