95話「追い詰めたわよ! マッドサモナー!」

「追い詰めたわよ! マッドサモナー!」

 サフィーがマッドサモナーに向かって叫んだ。この戦いの中で、サフィーだけはドドの所には戻らずに、ずっと最前線で戦い続けている。

 クーは、アバオアクーの特性上、透明で目立たないので不明だが、ポチとブラウリッターは、モンスターによって、時に深く傷付けられ、ドドの所へ戻ってトリートで治療をしてもらっている。


「ふいー……いや、厳しいな、こんな大量のモンスターを相手に、範囲魔法をボカボカ打つなんて、中々無いぜ」

「ふふ、お疲れ様です」

 ブリーツは、枯渇した魔力の補給のために、何度かドドの所へ戻り魔力の受け渡しをされている。今もまさにその最中だ。


「あー、ドド、無理しなくてもいいんだぞ。お前の魔力まで枯渇しそうになったら、一旦退こうって、サフィーも言ってるからな」

「ええ、分かってますよ。でも大丈夫です。まだまだ魔力はたっぷりとありますから」

「そうかい? いやー、なるべく節約しようとはしてるんだがなー、ストーンゴーレムの方も、なかなか減らないみたいだし。まったく、給料日前の気分だぜ」

「そうですか。お金の方も、普段から節約して貯金した方がいいですよ」

「お、おう、そうだな……じゃあ、また言ってくるぜ」

「はい」

 ドドの理性的なツッコミを貰いつつ、ブリーツは再び戦場へと駆けていく。


「マッドサモナァァァァァ!」

 サフィーが猛りながら、マッドサモナーの周りに群れるモンスターを、次々と倒していく。といっても、サフィーは我を忘れているわけではない。至極、冷静に戦況を読んだ結果の行動だ。当然、周りも良く見て、無茶をして一人モンスターの群れの中に取り残されないように気を付けている。

 マッドサモナーの周りには、次から次へと絶え間なくモンスターが供給されているが、それが何を意味しているのか、サフィーには読めていた。

 マッドサモナーは、自分の身を守りたいのだ。そして、そのためには召喚モンスターを自分の周りに集める必要があった。これまで、マッドサモナー側は優勢だったが、今は違う。こちらも互角以上にやり合えている。つまり、マッドサモナーは、今までのように、常にモンスター群の厚い壁に守られているわけではなくなったのだ。


「おやおや……そんなに声を荒らげて、よほど余裕が無いんですね」

 サフィーの耳に、いつぞやのように耳障りな声が聞こえてくる。しかし、サフィーには既に分かっている。余裕が無いのはマッドサモナーの方だと。だからこそ、自分の方は余裕だと思わせるような言葉を発したのだ。本当は逆だ。マッドサモナーは、いよいよ余裕が無くなってきている。


 モンスターを自分の盾にするということは、それだけモンスターの勢いを削ぐことになる。攻撃に回すべきモンスター達を、自らの盾のように使って消費していくからだ。そうしている限り、モンスターの消費量。元を辿れば魔力の量を無駄に消費し続けることになるだろう。

 逆に、こちらには、極端に優勢になるきっかけが残されている。ミズキの治療が終わった時。つまりは馬車が自由に動けるようになった時だ。

 馬車を守るために、こちらは直線的な力比べをしてきた。しかし、馬車が自由に動けるようになれば、戦略の幅はたちまち広がる。そして、当然ながら、手負いとはいえミズキも復帰することになるだろう。


「マッドサモナー……」

 サフィーは思考を巡らせたが、この様子なら、ミズキの回復を待たずともマッドサモナーを直接仕留められる機会は十分に得られるだろうとも踏んでいる。だから、こうしてマッドサモナーを覆うモンスター群に隙が生じないかと、安定してモンスターを相手に出来るぎりぎりの距離を保っているのだ。それに、ここならマッドサモナーの微妙な表情の変化も窺える。


「はぁっ!」

 サフィーが両手の剣を振るい、続けざまに周囲のブラッディゴーレムを四匹斬り倒した。慣れも手伝ってか、殲滅の速度は速くなっている。サフィーの肩や胸の傷が痛んでも、逆に、傷の痛みによる不利をを帳消しにするくらいだ。

 また、それはサフィー以外も同じだと、サフィー自身も感じる。ポチやブラウリッター、そしてブリーツも、前線から離脱する頻度は徐々に減っていっている。


「……!」

 サフィーに寒気が走る。マッドサモナーが、ローブの内側から小さな瓶を取り出したからだ。その瓶の中身は、サフィーには容易に想像できた。勿論、違うかもしれないが……こういった時は、最悪の場合を考えて備えておきたい。


「おおおおぉぉ……神様が私達に力を与えてくれます。この時こそ、その力を振るわねば……」

 マッドサモナーは、大袈裟に両手を上げ空を仰いだ後、瓶の蓋を、やはり大袈裟に掴み、開けた。


「くっ……!」

 サフィーが二、三歩後ずさりしてモンスターとの距離をとり、マッドサモナーが開けた瓶を凝視する。モンスターの殲滅も重要だが、たった今、もっと重要な事が出来た。マッドサモナーが開けた瓶の中から飛び出る改造バエの姿を確認するべく、サフィーは、十分に改造バエを見る余裕のある距離にまで引いたのだ。この混戦状態では、虫を捉え、切り裂くことは難しいかもしれないが、それでもやらなければ、この中の誰かがリビングデッドになってしまうだろう。

 しかし、その後のマッドサモナーの行動は、サフィーが思っていたそれとは違っていた。マッドサモナーは、改造バエが瓶から出る前に、その口を塞いだのだ。自らの腕で。


「何を……!?」

 サフィーは呆気に取られた。マッドサモナーが今やっている行為は、自殺にも等しい行為だ。遂に気が狂ったということなのか。それとも、我を忘れて狂暴化しリビングデッドとなれば、死の苦痛から逃れられると思っているのか……いずれにしろ、理性を失えば魔法など使えるわけもない。これでもうマッドサモナーは……。


「穢れしその身に解呪のげんを……ディスペルカース!」

 突然、サフィーの背後で声がしたと思ったら、サフィーのすぐ横を白い閃光が横切った。その閃光は、マッドサモナーの方へと直線状に伸びていき――マッドサモナーの持っている、最悪な場合には改造バエが入っているかもしれない瓶に直撃する。


「何……? 瓶を……」

 サフィーには、その閃光がマッドサモナーを狙ったのではなく、マッドサモナーの持っている瓶を、ピンポイントで狙いすましたのだと感じられた。ディスペルカースの軌道から、それを放った魔法使いの明確な意思を感じたのだ。


「……」

 ディスペルカースが命中したことによって、改造バエに何が起こるのかは分からないが、放っておけば自滅の道を歩むように見えたマッドサモナーに、わざわざ、それも針の意図を縫うように困難なことをしてみせた意図は何なのか。サフィーには全く分からなかった。


「や……やった、当たった!」

 後ろから歓喜の声がする。

 サフィーが振り向くと、そこに居たのはほっとした表情を見せるミズキと、ミズキに微笑みかけているエミナの姿だった。

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