89話「低等級ポーション」

「はぁぁぁぁっ!」

 痛み止めを飲んだとはいえ、ソードオブエビルを一振りする度に、腹部の傷が痛む。

「はぁっ……はぁっ……」

 ミズキは痛みを堪えてソードオブエビルを振るうが、当然、痛みを完全に無視することはできない。痛みによって体力の消耗は激しく、動きも鈍くなっている。魔力の方も、消耗が激しい。


「はぁぁぁぁっ!」

 ミズキのソードオブエビルでは、ストーンゴーレムを倒すことは困難だ。しかし、他の二種、ブラッディガーゴイルとリビングデッドを倒すには十分な威力を発揮している。


「たぁっ!」

 ミズキがリビングデッドに一太刀を浴びせ、斬り伏す。


「はぁ……はぁ……リビングデッドは一撃か。なら、ソードオブエビルのままでいいよね……」

 リビングデッドは、とりわけ光属性魔法に弱いが、他の魔法でも普通程度には効果がある。ミズキはふと、光属性魔法のソードオブシャインにしておけばいいかと思ったが、ソードオブエビルによる一撃で十分なら、無理に変える必要も無いだろうとも思い、引き続きソードオブエビルを使うことにした。


「はぁ……はぁ……」

「おーい! 疲れたんだったら無理しなくていいぞー! こっちに来て休めよー!」

「は、はい……!」

 背後のブリーツの声に、ミズキが答える。


「ほっとするホットケーキが作ってあるからなー! いや、そんなのはないかー!」

「?」

「おお、その代わりにこんなんがあるぞ。カビが生えてるが……」

 ブリーツが胸ポケットから取り出したのは、一つの小瓶だ。その中身はブリーツ以外には判別不能だが、カビの生えたジャムが入っている。


「あはは……え、遠慮しときます」

 肉眼では、ブリーツ持っているカビジャムは見えないが、ミズキはなんとなく嫌な予感がしたので、そう返した。


「ミズキは頑張ってるぴょんが……聖なる雷土いかづちの力を以て、よこしまなる者へ裁きを! セイントボルト!」

 ミーナは目の前の光景に絶望している。敵の目の前に居るミズキには、かえって分かり辛いのでミズキは違うかもしれないが、ブリーツも同じことを思っているに違いない。

 敵は、減らないどころか増え続けている。二人のシャイニングビームによってモンスターは削れたが、草原の土に刻まれたウィズグリフは、一、二個しか消えていない。マッドサモナーの強力な力もあるだろうし、ウィズグリフの生産力にも限界があると思ってモンスターを倒し続けてきたが、ウィズグリフからのモンスター生成は今も続いている。

 どのウィズグリフから、どのモンスターが召喚されるのかは、ウィズグリフ自体が草の下に隠れていてはっきりと見えないため判別はできないが、草原に刻まれているウィズグリフ全体から考えても、モンスターが増える速度は、殆ど衰えていない。つまり、ウィズグリフは、まだ、全部、生きていると考察できる。


「くぅー……っ……! 聖なる雷土いかづちの力を以て、よこしまなる者へ裁きを! セイントボルト!」

 それでもミーナはセイントボルトを打ち続ける。ブリーツもミズキも抵抗をやめない。魔力が尽きるまで抵抗を続けて、治療の時間を稼がないといけない。この状況では、モンスター群の最奥にあるウィズグリフには近づけないからだ。

 ミズキは、エミナの方が魔法の威力があり、それに伴ってモンスターの殲滅力も上だということを知っているし、ブリーツも、サフィーの二刀流による殲滅力の凄まじさを知っている。このモンスターの勢いを削ぐには、二人の回復を待つしかないのだ。


 ――三人の健闘により、戦況がまだ辛うじて膠着状態になっている中、一人の悲鳴が草原に響いた。

「……うあっ!」

 その悲鳴はミズキのものだった。

 モンスター群の突出した部分を叩き、一旦距離を取り、再び、突出した部分に攻撃を仕掛ける。そういった繰り返しの中で一瞬の隙を突かれ、ミズキは脇腹に、ブラッディガーゴイルの爪撃を受けることになった。


「あ……ぐぅ……」

 ミズキは、赤く染まった脇腹を押さえながら、すぐに体を反転させて、走って逃げた。


「ぐ……はぁ……はぁ……」

「お疲れさん。傷に障ったみたいだな、これを飲むといい」

「それはいいです! 傷つきし闘士に癒しの光を……トリート!」」

 ブリーツがカビの生えたジャムを差し出したが、ミズキはきっぱりと断って、トリートを傷口に当てた。


「深くはないみたいだぴょんが、元の傷にかかってるぴょんね」

「うん……でも、まだどうにかやってみるよ。魔力が尽きない限りは、こうしていれば対抗できる」

「魔力が尽きない限りがって条件が、もう俺には無理みたいだが……? エクスプロージョンは、打ててあと数発ってところじゃないか、こりゃ」

 ブリーツも、エクスプロージョンを放つ手とは逆方向の手で頭を押さえて、ため息をついた。


「治療はまだぴょんか?」

「そうかんたんに治るはずないよ。二人共、酷い怪我だから」

「まだ時間は、そんなに経ってないぞ。ものすごーく長く感じるのは確かだが。もう三回くらい転生してるんじゃないかってくらいだが……紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」

 ブリーツの手から、エクスプロージョンが飛ぶ。なけなしの魔力を消費し、あと何発撃てるかも分からない状況に、ブリーツもまた絶望している。


「やばいぞ、魔力がもうスカスカだぞ……うん?」

 ふと、ブリーツは自分の近くに、僅かに湧き出る魔力を感じた。体内に、微小な魔力が入った感覚だ。こんな不思議な事が、何故、起こるのか。ブリーツは疑問に思って、自分の体を見下ろしてみた。


「……お?」

 ブリーツは、自分の顔のすぐ下に、青白く輝く液体を見た。その液体は、瓶に入ってゆらゆらと波打っている。

「ポーション……」

 それは、空中に浮いている以外はいたって普通のポーションだった。


 魔力回復のための薬であるポーションは、密度によって魔力の回復量が変わるため、等級によって品質が区分けされている。このポーションは、色からすると、低い等級のものだろう。

 ポーションは、自然の中で時間をかけて、じっくりと精霊力を染み込ませた密度の高いものから、井戸水に魔力を注ぎ込んだだけの、密度の低いものまで様々で、密度が高い方が品質が高く、高級とされている。当然、密度の高い、高級なポーションの方が、魔力の回復量は多い。

 目の前のポーションは等級こそ低いが、瓶にいっぱいのポーションは、今のブリーツには有り難い。


「飲んでいいのか? 頂きまーす!」

 ブリーツが、ポーションを掴んで、一気に口へと運ぶ。そして、ごくごくとポーションを飲み干そう。そう思った時、ふっと瓶がブリーツの前から姿を消した。いや……瓶はまだ存在しているが、空中をふわふわと漂って、ミーナの方へと向かっていった。


「な、なんじゃありゃ。幽霊でも見てるのか、俺は……」

 あまりにも不可解なポーションの瓶に、ブリーツは目をゴシゴシと擦って改めて凝視したが、相変わらず、ポーションは宙をふらふらと漂っている。


「良かった! やっぱり、ここだったな! 結構ピンチみたいですね! 助太刀しますよ!」

 ブリーツの背後から、どこかで聞き慣れた声が聞こえた。

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