62話「決死」

「く……どうにかしなきゃ……」

 魔法を唱えるミーナの姿と、ミーナのセイントボルトによって崩れ落ちるストーンゴーレムの腕を見ながら、アークスは、満身創痍で手を操縦装置の球体に乗せ、リーゼの体を起こした。

 手は操縦装置の球体に乗っている。


「ミーナだけじゃ……」

 アークスがリーゼの様子を見ようと、リーゼの体を僅かに起こす。

「ぐぅっ……!」

 リーゼが動くだけで、体中に激痛が走る。傷は浅くは無いようだ。

「でも……」

 リーゼがまだ動くことは分かった。どこまで戦えるのかは分からないけど、このままでは二人共やられてしまう。最後まで戦わないといけない。


「こっから離れろぴょん! ……吹きすさぶ風よ、更に猛り狂い、うねりの塊となれ……トップインパクト!」


 ミーナが両手を前に掲げ、トップインパクトをフルキャスト詠唱した。

 ミーナの前に強風が渦巻くと、一瞬にして真球となり、未だに前に立ちふさがっているストーンゴーレムの方へと向かっていった。


 ――バキィッ!


 トップインパクトがストーンゴーレムに命中すると、ストーンゴーレムは弾き飛ばされ、その巨大な体躯が仰向けに地面に倒れる。位置は僅かに後ろへと弾き富んだだけだが、地面に倒れさせたことで、アークスの逃げる余裕は発生した。


「よっしゃ! ミーナちゃんを舐めるなぴょん!」

「ミーナ、横!」

 頭の無いストーンゴーレムが、いつの間にか間近に迫っていた。アークスはそれを見てミーナに叫んだが、アークスのリーゼもまた、ストーンゴーレムの一撃を受けたら、もう動けなくなるだろう。

「くっ!」

 全身に怪我をしているアークスだが、操縦装置の球体を掴む手には、自然と力が入った。

 この体勢と位置では、ストーンゴーレムの攻撃を防ぐことは無理だ。ミーナを庇うことさえ出来そうにない。


 ミーナは迫りくるストーンゴーレムの拳を前に、何も出来ずにしゃがみ込もうと思った。しかし、すぐに思いとどまった。

 まだ出来ることがある。可能性は僅か……いや、それどころか、無いかもしれない。しかし、これに頼るしかない。

「うっ……! だめ……いえ、暗黒を遮る聖なる辯疏べんそをここに……フィジカルディバインガーダー!」

 ミーナが一回も成功したことがなく、自分でも大の苦手だと思っている補助魔法。もしかすると逆効果にもなるかもしれない補助魔法を、ミーナは素早く使った。


「うわぁぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 ストーンゴーレムのパンチによって、フィジカルディバインガーダーは砕け散り、ミーナの体が、そしてリーゼと、それに乗るアークスが、衝撃で吹き飛んだ。


「う……あ……」

 体全体を地面に打ち付けた衝撃で、ミーナが呻き声を上げる。

「う……ミーナ……大丈夫かい……?」

「う……な、なんとか……」

 ミーナは体中に怪我をしてしまったが、幸いなことに致命傷になるような怪我は無さそうだった。


「でも、せ……成功したぴょん……」

「よ……良かったね、ミーナ……っ……」

 ストーンゴーレムの一撃を、何も無しに受けていれば、今頃ミーナは死んでいて、アークスもただでは済まなかっただろう。

 完全に防げずに砕け散ってしまったとはいえ、緩衝材の役割は十分に果たしていた。


「ア、アークス……! ちょっと、しっかりするぴょん!」

「いや……僕、もうだめかも……血もこんなに流れてるし、意識を保つのも……」

「アークス! 折角ミーナちゃんが補助魔法に成功したっていうのに、これじゃあ……!」


 ――ズシン。


「……!?」

 不意に響いた音に、ミーナは思わず振り向いた。

「あ……何……?」

 ミーナが見たのはストーンゴーレムだ。考えてみれば、吹き飛ばされてから今までストーンゴーレムの気配さえ感じられなかったのがおかしかったのだ。


「あれは……」

 奇妙なのは、ストーンゴーレムの体が徐々に現れているということだ。最初は足だけだったストーンゴーレムだが、徐々に後部の方も姿を現し――遂には全身が見えるようになった。頭だけ無いのは、アークスのリーゼによって頭だけ両断された個体だからだろう。

 続いて、後ろに新たなストーンゴーレムのものらしき足が、何もない空間から、にょきっと姿を現し、ズシンと地面を踏んだ。


「そ、そういうことかぴょん……」

 ミーナは理解した。そして、同時に危機感も再び襲って来た。


「に、逃げるぴょんよアークス! 任務は順調に進んでるぴょん!」

 ミーナが、地面に横たわったリーゼをよじ登ると、半開きになったコックピットを無理矢理こじ開けた。

「ぐ……はぁ……はぁ……」

 ミーナの息が切れる。さっき、地面に体を打ち付けながら激しく転がったせいで、体のあちこちが痛い。

「こなくそだぴょん。これしきのことでミーナちゃんは音を上げないぴょん」

 コックピットの中に、アークスは当然、居た。しかし、体中を血だらけ傷だらけにして、ぐったりとしている。

「ミーナ……ごめん、僕、もう目が良く見えない……」

 声は弱弱しく、顔には苦悶の表情を浮かべている。


「時空の歪みぴょん! 発見したんだぴょんよ!」

 ミーナが狭いコックピットの中に入り、アークスに這いよりながら言う。

「そう……なの……かい……ミーナ……だけでも……逃げて…………魔女……に……」

「アークス! アークスーーーーー!」


 ミーナは、気を失ったアークスに一瞬焦ったが、心臓の部分に顔を当ててみたら、まだ生きていることが分かった。とはいえ、鼓動は弱っているように感じた。近くに集落があればいいのだが……ミーナは思ったが、それより、今すぐストーンゴーレムから、少しでも遠ざからないといけない。集落があっても無くてもだ。


「アークス……冗談じゃないぴょん! アークスは生きるんだぴょん!」

 ミーナが、アークスの肩を掴んで、コックピットの外へと引きずり出すべく運んでいく。

「ミーナちゃんは、補助魔法もちゃんと成功したぴょん……お師匠様の依頼通り、時空の歪みもちゃんと見つかったんだぴょん……」

 自分の体も、どうやら右肩のあたりを負傷しているようで、上手く力が入れられないが、ミーナはどうにかアークスを、外の日の当たる場所まで引きずり出すことができた。


「見ろぴょん……これがお師匠様の言った、時空の歪みの先の世界だぴょん。アークスと、このミーナちゃんのおかげで、時空の歪みを発見するどころか、その先の世界にまでお邪魔しちゃったぴょんよ」

 空は快晴、太陽は燦々と輝いている。薄暗いリーゼの中とは大違いだ。

 太陽の光はアークスの目にも射しているが、アークスは目を開かない。


「く……目を覚ませぴょん。ミーナちゃんも生き絶え絶えなんだぴょんよ。重ーい体をか弱い女の子に運ばせるつもりかぴょん」

 ミーナが下を見る。リーゼは横になっているので、降りるのは簡単だ。しかし、アークスを運ぶとなると、少し骨が折れそうだ。


「……あっ!?」

 瞬間、ミーナとアークスを、不気味な影が包み込んだ。

 上を見上げたミーナは、その光景に絶望した。ストーンゴーレムの拳が、今まさに、二人に振り降ろされようとしている。

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