57話「魔女の脅威」

「こんなのをまともに喰らったら……っ!」

 魔女の魔法によって、大きく抉れた地肌を見て、サフィーは戦慄した。

 接近戦でさえ勝ち目が薄い。それでいて、これ以上離れたら、魔女は更に強力な魔法がノンキャストで、しかも、僅かな動きだけで使用できるようになるだろう。そうなれば、サフィーにはいよいよ、万に一つの勝ち目さえ無くなってしまう。


 魔女が再びサフィーに手の平を向けた。

「……!」

 逃げられない。この狭い洞穴は、そのためにあったのだと、サフィーは直感した。一発目を外したとしても、着地したばかりのこの体勢で、再び壁の無い反対側まで跳躍するのには無理がある。二発目が避けきれない。

「終わりだな」


 魔女の見下したような眼差しを見て、サフィーは戦慄した。魔女はもう、勝ちを確信しているのだ。そして、サフィーもまた、負けを確信している。打つ手がもう、なにも見当たらない。

 この体勢では、どこかに大きく跳躍することも不可能だし、剣による一撃を考えたところで、剣を振るより先に、魔女の魔法がサフィーに当たるだろう。何かで防ぐこともできない。硬い地肌を難無く抉れる魔女の魔法には、鎧も、生半可な防御呪文も無力だ。

 せめて、命だけは、なんとかならないか。という考えも、意味が無いだろう。どう避けたとしても、魔女の魔法の範囲からは逃れられず、サフィーは致命傷を負ってしまう。手や足を犠牲にすることも考えたが、それでも無理な話だ。


 もうだめだ。サフィーが魔女の手をじっと見る。この手に、この魔女の手にやられる。思いつく限り、一番嫌な奴の手にかかって、私は死ぬ。口惜しいような、どこか安堵するような、良く分からない感覚がサフィーを襲う。

 魔女は嫌な奴には違いないが、全くの見ず知らずの人物というわけでもない。この場所だって、これでもかというほどに陰湿で、近付く度に心がざわつくような、住人の魔女に負けず劣らず嫌な場所だ。……しかし、知っている人、知っている場所で、ホーレ事件という重大な事件を解決するという任務中に死ねるのは、むしろ幸運ではないか。騎士の称号に恥じない死に方が出来たのではないか。そんな充実感さえ、心のどこかにあるようだ。ただ、出来れば……もう少し長く生きたかった。まだ色々な事をやってみたかった。そう思う。

 この状態を見れば、何も言わなくてもブリーツは逃げるだろう。後は、魔女がマッドサモナーだった。いや、その関係者の可能性もあるが、とにかく、マッドサモナーの手掛かりを、更に増やすことができる。ブリーツは何としても逃げ切って、城にこの情報を……。


 その刹那、サフィーの目の前で強烈な光が輝いた。

「ち……もう一人居たかい」

 憤りの感情を帯びた魔女の声が聞こえたと思ったら、魔女の手は、サフィーの眼前から逸れていった。

 魔女の矛先は、サフィーから少しずれた、後ろに向かっている。後ろに誰が居るのかは察しが付く。この状況において、魔女でもサフィーでもないもう一人の人物だ。

 魔女の手の方向は、一瞬にしてブリーツへと向かうことになったのだ。対してブリーツは、狼狽えた様子で二、散歩後ずさるだけだ。魔法を放つ前後のタイミングは、魔法使いにとって、隙が一番大きくなる時だ。魔女のように化け物じみた魔法使いは例外だろうが、そんな魔法使いは例外中の例外だ。

 それに加えてブリーツの反射神経では、魔女の魔法を避けることなど不可能だろう。


「ブリーツ!」


 サフィーが叫んだのと殆ど同時に、魔女の手の平から魔法が放たれ、サフィーの後ろの人影に直撃した。

「ブリーツ……」

 ブリーツがやられた。ならば、逃げて城へと情報を伝えるのはサフィーの役目になる。サフィーは頭をフル回転させ、魔女から逃げ切るための考えを思考する。

 しかし、そんな思考を遮ったのは、魔女の焦燥の叫び声だった。


「!? ……ダミーだと!」

 魔女は狼狽しながらきょろきょろと辺りを見回し、ブリーツの居所を探った。

「……ぐぅっ! あぁぁぁっ!」

 次に聞こえてきたのも魔女の声だ。魔女は、体全体を襲い、纏わりつく炎からくる熱さと痛さに悶えながら悲鳴を上げた。

「あぐ……あぁぁ……!」

 魔女はたまらず、体をくねらせながら地面に倒れ込んだ。


「……今!」

 チャンスだ。サフィーは呆然とした意識を振り払い、すかさず魔女に追撃の斬撃を放った。

 ――ガキッ!

 魔女を捕らえたかと思った斬撃は、その下の地面に当たった。魔女は、すんでのところでサフィーの斬撃を避けたのだ。


 魔女は一歩程度離れた所で、腕を押さえながら立っている。魔女はサフィーの斬撃を完全にはかわせず、腕に傷を負ったのだ。

 それに加えて、元々のヨレヨレだったバトルドレスが、更にボロボロになっていて、全身の至る所からは灰色の煙が噴き出している。短めなスカートや半袖から覗かせる肌にも火傷の跡が見受けられる。ブリーツの魔法は効果てき面だったらしい。


 この状態の魔女ならば、距離さえ詰めれば勝機はある。そう確信したサフィーが地面を蹴り、魔女との距離を詰める。

「く……くそ……覚えておけよ……!」

 サフィーの一閃が、魔女の体を捕らえようとした瞬間、魔女の体は一瞬にして消え去った。


「はぁ……はぁ……い……生きてる……?」

「どうやら、そうらしいな……」

「でも、逃がした!」

「命があっただけでも儲けもんだぜ、おい」


「そうね……」

 サフィーは、まだガクガクして、どうやっても抑えることのできない全身の震えを感じながら、どの方向へ言うでもなく、大きな声で叫ぶ。

「魔女も大したことなかったわね!」

 魔女が聞いているわけもないだろうが、サフィーにとって、魔女に一泡吹かせたのは痛快だ。


「……とにかく、目ぼしいものを探すわよ。あの様子じゃ、物を持ち出す余裕は無かったでしょう」

「そうだな。性格はアレだがべっぴんさんなのは間違いないからな」

 ブリーツがいやらしい笑みを浮かべだした。


「あのね、ちゃんとリビングデッド事件の手掛かりになるものを探すのよ?」

 困ったものだと思いながら、ブリーツに釘を刺す。


「分かってるって、冗談だよ、冗談」

 これ以上サフィーと対面していると、また要らんことで怒られそうだ。ブリーツはさっさと、魔女が保有していた数少ない収納場所を探ることにした。

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