55話「ホーレの木の墓」

「あの時の木の墓か……」

 ホーレの木の墓。それを目の当たりにしたブリーツも、あまり機嫌のいい顔はしていない。


「ああ。この墓、ホーレにあった墓、そのものなんだけど、これについても、ずっと調べてたんだ」

 ルニョーの方は、どこか満足げに木の墓を見ている。

「それは知ってるけど、結果、出てたのね」

「ああ。突然こんなのが現れたんだからね、そりゃ驚くし、興味も持つよ。それにホーレ事件に関係するとあっては、調べないわけにはいかないし、これも結構優先的に調べてたんだ」

「それで、この虫とリビングデッドと、あの墓がどう関係してるの?」

 サフィーだけじゃなく、騎士団が気になっているのはそこだ。それが分かっているのなら、更に核心に近付けるだろう。


「ああ。この木の材質についても調べてみんだけどね」

「材質……」

 サフィーの目線が、自然と木の墓へと向かっていく。


「そう。時間が経つと、ああなるんだ。急激に体を腐らせてリビングデッドに出来るものの、その後も腐敗が進むからなんだろうね。どんどん体は腐り、乾燥して……しまいには、リビングデッドにとっても耐え難い苦痛が体中を襲う。そして、その苦痛から逃れようとする時、個人差はあれ、大体がああやって、手を大きく広げる傾向にある」

「つまり……あれはお墓じゃないのね。苦痛で手を広げた人間が、干からびた姿……」

 サフィーが身震いをした。凶暴になって、リビングデッドになって、挙句の果ては、激痛の末に腐敗が進んで干からびてしまう。その人は、一体どういう気持ちになるのだろう。

「結果的に、あんなお墓のような状態になるってわけだなぁ」

 ブリーツも、腕組みをしてかぶりを振った。


「狙ったように不気味だけど、ああなるのはマッドサモナーにとっては不都合なんでしょうね。マッドサモナーとしては、リビングデッドや、その前段階の狂暴な状態を維持してほしいと思うはずよ」

「ああ。君のメモによると、それも想定内だという振る舞い方をしていたようだけどね。それは恐らく、こちらに負い目を見せないためのものだろう」

「そういうことでしょうね……くっ! どこまでも卑怯な奴!」

 サフィーが拳を握り締める。人の気持ちを利用する姑息な心理戦をしかけるマッドサモナー。そのやり口が実に苛立たしい。


「ほら、だから俺が日頃から、嘘を見抜けるように鍛えるためにだな……」

「それは本当にやめて。心から」

 サフィーがブリーツに、ぴしゃりと言い放つ。

「はい……」


「でも、そのことは、同時に相手のウィークポイントの顕現でもあるようだね」

「ウィークポイント?」

 サフィーがルニョーに目線を戻す。


「ああ。そんな嘘をつかないといけないってことは、この欠陥はすぐには改良できないってことさ。ざっと見た限り、構造的にもそうなんだ。ところどころに無理が生じている」

「そうなんだ……」

 リビングデッドに寿命があることは分かった。被害は思ったよりも多くないのかもしれない。だが、しかし……。


「でも、自体が好転してるとは言い難いわね。状況はそんなに変わってない。あの虫一匹だって、一つの集落を潰すくらいの力があるわ」

「そうかな……? じゃあ、良い報告があと一つだけ」

「え……? 何?」

「これ、恐らくそんなに数は居ないよ。洗練されてないんだよね、これ。こんな大袈裟で複雑なもの、大量に作れるはずがない。まだ完全に分かったわけじゃないけど、この改造バエ自体も寿命で死ぬだろうしね」

「寿命が短いってこと?」

「ああ。常識的に考えればね。無理が祟れば祟るほど、改造バエの寿命は短くなるだろう。そう考えると、この改造バエは、些か無理矢理に作り過ぎているからね」


「そうなんだ……」

 サフィーはようやく、気持ちが少し軽くなった気がした。このまま被害が加速度的に拡散し続ければ、フレアグリット王国全体が壊滅状態になりかねない。しかし、ここまで事態が明るみになったのだ。この蝿の数が少ないのであれば、あとは徐々に被害は減っていくだろう。

「良かった……」

「でも、くれぐれも油断は禁物だよ。こいつ一匹だけで、場合によっては町一つが壊滅してしまうんだからね」

「ええ。それは分かってる。あと、これは研究員に聞く話じゃないと思うんだけど……」

「何だい?」

「あいつ……白い館で捕まえた老人は、どの程度、この改造バエの開発に関わってたのかって思って……あの老人の情報って、この改造バエを解明するにあたって、どの程度有効だったの?」

「どの程度か……どの程度っていうなら、限りなくゼロに近いんじゃないかな」

「ゼロ……?」

「そ。だって、我々は老人その人からの情報は何一つ手に入れてないからね。老人は今も、黙秘を続けているらしいし」

「ええ。というより……」

「何だい?」

「私、何回もあの老人の様子を伺ってたけど、あいつはあのまま、牢獄の中で死ぬでしょうね」

 今、老人を取り調べているのはサフィーではないが、サフィーは白い館での出来事の後も、老人の事が気になって、何回か老人が囚われている牢屋へ行っていた。


「最後まで何も話さないってことかい?」

「ええ……意思が強いからじゃなくて……多分、喋る気力が無いんだと思う。もう何も……一言言葉を発することすらも、やりたくない。そんな気持ちになってる様子だったし……目にも、なんかこう……深い悲しみが浮かんでる。そんな感じがする」

「そういうことかい……それは、ちょっとかわいそうかもね……」

「私はかわいそうだとは思わないわ。同情もしない。どんな過去があったって、どんなに世間に恨みを持っていたって、罪の無いホーレの人達を全滅させたことには変わりないし、何も考えないで危ない生き物を作って自己満足してるような能無しなら、軽蔑するわ」

「そうかい? でも、そういうことなら彼の協力を仰ぐことは絶望的だなぁ。まあ、彼の白い館から見つかったのだけでも、だいぶ色々な事が分かったけどね」

 老人の館から見つかった、数々の生物。生きているもの、死んでいるもの、剥製……色々な生き物が、老人の館にあった。老人が個人的に、生物についての様々な研究をしていたのだろう。


「それで、これだけ急に解析が進んだのね」

「実物があるのは実に助かるね。逆に、手探りで真実を探求する楽しみは減ってしまったけどねぇ」

「それは贅沢な悩みね。こっちはマッドサモナーのために右往左往して、体にも怪我してるってのに……あ、そうそう。でも、マッドサモナーはまだ捕まってないし、どこに居るかも分からないのよね。まだまだホーレ事件は解決してないわ」

「そうだねぇ。改造バエを作っているのが、果たしてあの老人だけなのか……老人だけだとして、残りの改造バエがどれだけ居るのかは分からないよね」

「ええ。だから、いよいよ確認しないといけないわ。この騎士団と関係のある人物……」

「あー……やっぱりやるのか? 他の奴に任せればいいと思うけどなぁ……ちょっと苦手なんだよな、あの人と絡むのは」

「そうも言ってられないでしょ。何よりね、私の気が収まらないのよ」

「そっかー、まあ、サフィーがそこまで言うのなら止められないからなぁ……ルニョー、俺らが死んだら、骨は拾ってくれよ」

「ああ、喜んで調べさせてもらうよ」

「あはは……笑えない冗談だな……」


 サフィーが気になる人物。ブリーツは、その人物の元へと渋々向かうことになった。

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