50話「合流するサフィー」

 ゴロゴロと、まるで石像が転がるような音を立てながら床に伏したマイティガーゴイルを目にしながらも、サフィーが気を抜くことは許されない。


「はぁ……はぁ……さ、さあ、おとなしく城へ……!」

 まるで太い鉄を斬ったかのような感覚で、手が痺れる。しかし、サフィーはそんな感覚も無視して、間髪入れずに、更に血を垂らそうとしている老人に突進した。


「うおぉっ!」

 老人は驚きのあまりに口から声を発した。

「く……!」

 体当たりによって、自分と一緒に老人も倒そうとしたサフィーだったが、それは失敗に終わった。老人はよろめいたものの、すぐに体勢を立て直したが、サフィーの方は、今にも倒れそうなくらいバランスを崩していた。

「うぅっ……」

「うおぉぉぉぉぉ!」

 勝機を感じた老人は、逆にサフィーへ体当たりを試みた。


「ぐ……舐めないでほしいわね」

 サフィーはそのことを幸いに思いながらも、身を翻して老人の体当たりを軽々とかわし、自分の右腕を老人の首に巻き付けた。

「ぐ……ぐええ……!」

「手負いだからって、甘く見たのかしら? ……ぐ……!」

 サフィーは体中に激痛を感じながらも、安堵した。

「これでこれ以上、ウィズグリフは発動されない、後は……」


 これで老人は何も出来ない。ひとまず危機的な状況は脱したので、サフィーは今の状況を頭の中で整理しだした。


 サフィーの脇腹の傷は、少し深めかもしれない。相変わらず出血しているので、放っておいたら出血多量で意識を失い、しまいには死んでしまうだろう。内臓の方にもダメージがありそうだ。体のそこかしこが、鈍く痛む。


 外にはブリーツ達が居るはずだ。ブラッディガーゴイルがあの程度の数で襲ってきたところで、負けることは無いと思う。この館の外まで、この老人を連れていけば、味方の魔法使いが二人も待っているのだ。サフィーを治療することは容易だろう。


 ここまでの状況になった以上、この老人は、死んでも館の外へと連れていかなければならない。モンスター召喚の強力なウィズグリフや、その狡猾なやり口は、いかにもマッドサモナーらしいやり口だ。この老人がどれだけの事を知っているのかは分からないが、ホーレ事件解決の役には大いに立つだろう。


「館の……外へ……」

 サフィーの意識は混濁していて、いつ倒れてもおかしくないが、老人の首を挟んだ腕には、相変わらず強い力が加えられている。

「ううぅ!ううぅ!」

 男が首を激しく振り、手足もジタバタとさせた。


「ち……ここまで来たら、どうせ逃れられないんだから、おとなしくしてなさいよ!」

「どうかな? その様子では、長くは持たないだろう」

「貴方をこの館から引きずり出すだけでいいのよ。外には仲間がいるかんだから!」

「果たしてそれまで持つかな?」

「……」

 老人の考えは、サフィーにとって、果たして図星なのだろうか。それはサフィー自身にも分からない。しかし、そんなことは関係無い。サフィーは傷つきながらも、激しくもがき続ける男を、一心不乱に引きずり続けた――。






 ――持ったわよ。思ったより手こずらせてくれたじゃない。サフィーは男を見ながら、心のなかで呟いた。

 老人は相変わらずじたばたしているが、傷が治ったサフィーにとって、老人の力を抑え込むことは容易だった。老人が何度もがこうとも、サフィーはもう、ふらつくことはない。

 とはいえ、サフィーの傷はそこそこ深かったので、城に帰って、ちゃんとした医者に見せる必要はあるだろう。


「さんざ、面倒をかけて……でも、こいつ……?」

 サフィーは、ふと、違和感を覚えた。それが何かは分からないが……サフィーは老人を、じっと観察する。何かがおかしい気がする……。


「サフィーさん! ブリーツさん! 縄!ありました!」

 ドドが片手に持った縄を、サフィーやブリーツに分かるように、高く掲げた。ポチもドドの隣で、ドドと一緒に走っている。


「おおっ、よっしゃ!」

 ブリーツの方も、ドドに駆け寄っていき、ドドから縄を受け取った。

「じゃあ早速……」

 ブリーツは、サフィーのもとに駆け寄ると縄をほぐしてサフィーの方へと向き直った。


「……私じゃなくて、こいつを……ね……?」

 サフィーが冷たい視線でブリーツを見つめる。ブリーツには、サフィーが何を言いたいかが、はっきりと分かる。このひっ迫した状況でボケてないで、さっさとこの人を縛りなさいと言いたいのだ。


「も、勿論……」

 ブリーツが、縄を握りしめて。男の方へ向き直す。

「ふう、これで一件落着ってとこね。マッドサモナーはまだ野放しだから、ホーレ事件はまだまだだけど」

 サフィーは少しだけ老人を前に押しやり、老人との距離を離した。ブリーツが縄で縛り易くするためだ。


「……!」

 サフィーはがっちりと老人を掴んでいたつもりだし、力を抜いたつもりも無い。が、老人とサフィーの間に僅かな隙が出来た事で、老人が上着のポケットに手を入れるチャンスを与えてしまった。

「今、何を……!」

 サフィーが気付いた。サフィーがたった今感じた違和感は、老人の力の入れ方が変わったことから感じていたのだということに。

「おぉぉぉぉ!」

 老人が、枯れたような叫びを上げながらポケットから取り出したのは、一つの小さな瓶だった。

 サフィーはその瓶の中に、小さな二匹の虫を見た。

 一瞬の事なので、少し茶色いのと虫だという事しか分からないが、サフィーはその虫を見て、嫌な感じを直感した。その怪しげで不吉な瓶を見るなり、老人の手から奪わないといけないと、サフィーは考え、瓶に片手を伸ばした。しかし、老人を取り押さえながら、瓶にまで手を伸ばさないといけないので、動きづらい。

 それでもサフィーは、片手を老人の瓶に伸ばしたが、老人が手首をスナップさせ、瓶を地面に叩きつける方が早かった。


「くっ!」

 サフィーは老人が瓶を地面に打ち付ける間、瓶から目を離さなかった。そして、瓶が割れた瞬間に、老人から両手を離し、老人を押しのけて、片手で剣を抜いた。


 このタイミングで老人は咄嗟に瓶をポケットから取り出し、地面に叩きつけた。この虫はマッドサモナーの手掛かりになるだろう。しかし、瓶から出た、この二匹の虫が、これから何をするのかは全く予想が出来ない。だから、この虫は、老人を捕まえるよりも先に、今すぐに叩き斬っておかなければならない。


「はっ!」

 サフィーの一閃が、正確に虫の中心を捉える。サフィーの剣が命中した虫は途端に粉々に散った。サフィーはもう一匹の虫に注意を向け、視線を移したが、次の瞬間には、もう一匹の虫はポチの口の中へと消えていった。


「あいつは……!」

 虫を片付けたサフィーが、すぐに老人の方へと頭を切り替える。

「……やるじゃないの」

 老人の様子を見て、サフィーがぼそりと言う。老人には、透明な風のうねりが纏わりついている様子だ。老人にはブリーズクリンキングの効果が発揮されているようだ。


「へへへー、まあな」

 ブリーツが自慢げに、サフィーに向かって仁王立ちして胸を張った。

「……後は、その縄であいつを縛ってれば完璧だったわね」

「ああ、そうだな」

「もっと言えば、あいつは、今みたいに油断ならない奴よ。ボーっとしてないで、さっさと捕まえるのよ。ああいうのは、隙を見せれば何をやるか分からないんだから。今回はドドが見張ってるからいいけど、もし二人だったら完全にフリーになってんのよ? もうちょっと……」

「ああ、分かった分かった、分かったから……」

 ブリーツがすごすごと老人に近寄ると、老人の体を縄にくぐらせ、縛り始めた。


「おのれ……私の……! 私の可愛い……!」

 老人が力無く、虫が居たであろう場所に手を伸ばす。もうジタバタともがく様子は無さそうだ。

「これが最後の抵抗だったってわけね……ブリーツ、早く」

「お、おう、分かってるよ」

 さきほどまでとは打って変わって、すっかり生気の無くなった老人は、容易にブリーツに縄で縛り上げられた。


「ふう……色々あったけど、ひとまず決着ね。ドド、それにポチも、ありがとう」

「いえ、こちらこそ、色々勉強になりました。ありがとうございました」


 ドド、そしてポチは、馬車で、住んでいる所の近くの町まで送り届けたが、馬車の中での会話は、分かれるまで途切れることはなかった。

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