48話「ウィズグリフ」
サフィーは慎重に、二階への階段を上がる。左手は軽く手摺りに触れつつ、右手には剣を構えて慎重に上る。そして、金属の手摺りが終わったと同時に、サフィーは二階に足を踏み入れた。
――ミシミシ。
一階と変わらず、床が軋む音がする。こちらの居場所は足音でバレるだろう。しかし、逆に、相手が少しでも動けば、床の軋みで分かるということでもある。サフィーは耳を澄ましつつ、長い廊下を歩くことにした。
二階は、今歩いている長い廊下の両側に部屋が並んでいる構造になっているらしい。まず、一番手前の扉から入ることにする。
――ギギギ。
扉が音を立てて開く。ここから先は、誰がどんなタイミングで襲ってくるか分からない。警戒しながら、そろり、そろりと部屋の中へ入る。
「真っ暗だわ……」
部屋には窓が無く、ランタンも掲げられていない。真っ暗だ。サフィーが辺りを、特に真っ暗な部屋の中を注視しながら部屋の外へと引き返し、外の廊下に掲げられたランタンを持って、真っ暗な部屋に入り直した。
部屋に入ったサフィーは、ランタンで右側を照らした。そこには棚があり、棚には所狭しと妙なものが置かれている。
サフィーの目に一番最初に留まったのは、大きな瓶の中に入った黄色の液体と、更にそれに浸かっている、グロテスクな模様の蛇だった。
隣には、同じく黄色い液体に満たされた瓶があり、そこには何かの巨大な臓器が収納されている。
「薄気味悪い部屋ね」
サフィーは部屋のスペース一杯に置かれている棚と、その陰、そして部屋の隅をランタンで照らしながら、慎重に部屋を進んでいく。こんな真っ暗な部屋にこそ何が潜んでいるか分からない。
サフィーはふと、この館に入る直前の光景を思い浮かべた。ブラッディガーゴイルが現れた時、不幸にも爪の一撃を浴びてしまった人の事だ。召喚されたモンスターの一撃は強力だ。それは普段から体を鍛えているサフィーにとっても同じことだ。
サフィーは下半身には動き易さを重視して、丈の短いスカートを履いているが、上半身は軽装で固めている。そうすることで、動きやすさを維持しつつ、致命傷から身を守れるからだ。
しかし、ブラッディガーゴイルをはじめとする召喚モンスターの一撃は強力だ。それをまともに受けたりすれば、頑丈な軽装も役には立たない。不意打ちだけは避けるようにしないといけない。
暗闇の中から何が現れるかは分からない。後ろにも前にも、周囲全てに注意を向けつつ、サフィーは慎重に部屋を回っていった。
「単なる物置だったか……」
サフィーは残念に思ったが、同時に少し安心もした。閉所かつ暗闇で仕掛けられうような事があったら、サフィーはかなり不利な状況に陥るだろう。あんな所で誰かに襲われでもしたら、相手が誰かにもよるが、サフィーにとっては一番勝ち目の薄い戦いをしなければならなかっただろう。
「……あれ……? あれは……」
ふと、サフィーに廊下の奥の方の部屋が目に留まった。飽き放たれた扉がサフィーの目を引いたのだ。この直線的な廊下において、正面から見える扉はとても目立つ。
「……」
サフィーに緊張が走る。この廊下に一つだけ、扉の空いた部屋がある。一階ロビーの乱れ方からして、この屋敷の中に居る誰かは、かなり慌てていると思われる。しかし、外でブラッディガーゴイルに襲われた時は、ここに騎士団が来ることを予測していて、周到な罠を仕掛けてきたのかと思った。が、一階を見回った感触からして、慌てている可能性の方が大きいと考える方が自然だ。サフィーにはそう思えてきた。
「誰が居るの……?」
勿論、それ以外の可能性も否定できない。ロビーの様子と、あの開け放たれた扉からして、この館に誰も居ないという可能性は限りなく低くなった。しかし、相手が用意周到に準備しているのか、慌ててサフィー達騎士団を追い払おうとしているのか。可能性は絞りきれない。
どちらの可能性もある以上、より悪い状況を前提として動くのがセオリーだ。つまり、あの扉はサフィーを誘って罠にはめようとしているかもしれないと思って動かないといけない。
「……」
サフィーは周りを警戒し、剣を構えながら開け放たれた扉へと一歩、また一歩と近付いていく。何も遮るものの無い廊下だ。背後にも注意を払って、もしもの時は、咄嗟に近くにある扉の中へと駆け込めるようにしたい。無論、その扉の先に何があるかも分からない以上、無暗に扉には入れないので、本当に最後の手段になるが……。
「何も無かったわね……」
特に何もないまま扉のもとに辿り着いたサフィーは、扉の陰を利用して、そっと顔だけを出すようにして、中に誰か居ても気付かれないように部屋の中を見た。
「……ここも物置?」
城の実験棟にありそうなフラスコ、人体標本から始まって、何が入っているのかもわからない木箱、何着かの、そこそこ上等な洋服等、色々な物が雑多に置かれている。
「奥は……」
部屋の奥には、また別の部屋へと続く扉が見える。そこも、この部屋と同じように、扉が開けっ放しになっている。
「あれは……!」
サフィーは奥の部屋の中に人影を見た。目を凝らして、もっとよく見てみる。
「あいつ……!」
奥の部屋に居るのは、白髪の老人だ。老人と言っても腰は曲がっていないので、それなりに動けるだろう。油断は出来ない。
老人は、自らの指にナイフで傷をつけている。そこから流れるのは血だ。血はしずくとなって、ポタポタと、床へと垂れている。
「そういう……こと……」
サフィーはこの状況を理解した。あの老人は、やはり慌てていたのだ。そして、用意が周到なのは、マッドサモナーの方だ。最初からここには居ず、どこか遠くに居るであろうマッドサモナーが、この事態を引き起こした。
「くっ……!」
サフィーが唇を噛んだ。大小の差はあれど、この町の人もマッドサモナーから守れなかった。それがとても悔しい。マッドサモナーは、こんな事態の事は知らずに、涼しい顔をして、どこか遠くに居るのだろう。考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
老人が血を垂らしているのは、床だ。しかし、ただの床ではない。床にはウィズグリフが描かれている。魔法を付与する文字、ウィズグリフ。ウィズグリフが描かれているということは、床には何らかの魔法が付与されているということだ。サフィーには、ウィズグリフを完全には読むことは出来ないが、床に描かれている魔法は、この状況から、なんとなく分かる。ブラッディガーゴイルの召喚魔法だ。使用者がどれくらい限定されているかは読めないが、ウィズグリフの上に血を垂らすことで起動する方式のようだ。
「そういうこと……」
外のブラッディガーゴイルは、マッドサモナーが召喚したものではない。あのウィズグリフの作用で召喚されたものだったのだ。
そして、あのウィズグリフは、この館におびき寄せ、邪魔な存在を一網打尽にするための仕掛けではない。不審な人物が、この館に近付いた時に起動させ、身を守るための緊急用だったのだろう。
「まずは、あいつを捕まえる!」
この館には護身用のトラップしかない。そう結論付けたサフィーは、マッドサモナーの関係者であろう老人を捕らえるため、奥の部屋に向かって駆け出した。
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