十章 ⑩『死闘』
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あたしは弾丸をよけた。
よけると同時に血の空間が一瞬で流れ落ち、世界は元の色と音に満ちあふれた。
「さつきぃぃぃ!」
若君の声が響いた。
拳銃の火薬が爆発する音が遠くで響いた。
「ぅぅぅぅ…やぁっ!」
あたし自身の変なうめき声が聞こえ、ヒュンと耳元を弾丸がかすめ、背後でバキッっと壁に当たった。
それから若君がベンチを飛び越え、真っ黒い影のようにあたしを包み込んだ。すごく大きな体。それがあたしの全身を包み込む。あたしはそれだけで身体が溶けそうになった。ものすごく安心したのだ。
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「無事か?」
「えと、平気です」
そうは言ったけど、あたしの首はゴムが切れたみたいに傾いていた。なんか戻せないのだ。若君が身体を引きはがし、あたしの顔と全身をくまなくみつめた。それからため息とともに笑顔を浮かべた。
「そのようじゃな」
その笑顔を見つめて、あたしは幸せな気持ちになる。若君があたしのことを大事に思っていることが分かったから。
だが、戦いのさなか、幸せに浸る時間はなかった。
戦いはまだ続いていた。
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「あんたならそうすると思ったぜ。われながら完璧な作戦だったよ」
藤原君の声が若君のすぐ背後で聞こえた。
「ヒントをくれたのはアンタだよ、若君」
若君はあたしをかばったまま、藤原君に背を向けている。でもあたしからは藤原君が見えていた。
藤原君は銃を持ち変えていた。拳銃の代わりに持っていたのは、派手な色のライフル銃だった。ピンクと紫のケバケバしい色合いのそれは、なんとも柔らかそうなプラスチックで出来ていた。それは偶然にも、あたしとマーちゃんが吸血鬼退治に持参した、あの水鉄砲と同じだった。
「あんた言ったよな。ヤカタを燃やせって。つまりあんたも炎で殺せるってわけだ」
藤原君は水鉄砲の引き金を引いた。オレンジ色の液体が発射され、若君の背中に振りかけられた。
「まさか、それ……」
急に目が痛み、吐き気がしてきた。これは、この匂いは、ガソリンだ!
「派手に燃えてくれ……」
藤原君は水鉄砲をその場に落とし、ポケットからライターを取り出した。父さんと同じ銀色のライター……カキンと蓋を開け、ボッと火をともす。
「これが正しい吸血鬼の殺し方だ」
ライターをパッと離した。炎を揺らめかせ、ゆっくりとライターが地面に落ちて行く。それは地面にバウンドし、気化したガソリンに引火した。
「若君!逃げて!」
あたしは絶叫した。
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若君はいきなりあたしを後ろに突き飛ばした。そしてクルリと背を向けると、その全身が炎に包まれた。炎が轟々と音を立て、何百匹もの蛇が絡みつくように、若君の体をメラメラと這いあがってゆく。
「若君!」
だがあたしの言葉はもう若君には届かない。身にまとう炎よりも激しい殺気が全身を包んでいた。
「貴様だけは逃がさん!」
若君は刀を握りしめると、ダッと走り出した。走りながら刀を抜き、鞘を投げ捨てた。藤原君はすでに逃走を開始している。中央の廊下を、正面扉に向かって逃げようとしている。その差がぐんぐんと縮まっていく。そして若君が刀を両手で持ち、その切っ先をまっすぐに藤原君に向けた。
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藤原君はそこでわずかに振り返った。扉まではあと三歩の距離。扉を抜ければ逃げきれる、そう思ったのだろう、口元に微笑を広げた。
「そのまま燃えちまえっ!」
「貴様の血で償ってもらうぞ!」
若君の刀が青白く輝き、その先端がまっすぐに突き出される。
藤原君は外に飛び出した。そしてもう一度若君を振りかえり……
「もう遅いぜ!」
その胸に静かに日本刀がすべりこんだ。その刃はちょうど心臓のあたりに吸い込まれ、簡単に背中に突き抜けた。
ドン、と若君が踏み込むと、藤原君が血を吐き、二人の動きはぴたりと止まった。炎に包まれた若君の姿、背中から日本刀をはやした藤原君の姿。
あたしはそれをじっと見ていた。
泣きそうになりながらじっと見ていた。
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