第233話 自分の生命をつかむこと

 洛陽より遠い東の地にて。

 曹操は城楼じょうろう(=城に作られた物見やぐら)の上から夜空を仰いでいた。


「天も地も、目には見えないが刻々と大きく動いている。」


「・・・偉大だ。誠に偉大である。」


「この天と地の間に男として生まれたる者、生き甲斐のある生命いのちをつかまなくてどうする。」


「私もあの群星の中の一つであるのだから・・・。」


 まだ寒さの残る夜。

 口から吐く息は白く、寒さで身がかすかに震える夜であったが、曹操の天を見る目は熱かった。

 銀河は輝き、星夜の天は眩いばかりに美しかった。


 曹操も、今や一青年ではない。

 二十万の兵を養い、配下に多くの謀士勇将を従える一国の長である。

 これから大事を行うのに不足する要素はない。

 彼の眼には『未来』が映っていた。


「これからだ!」


 彼は自分に言い聞かせる。


「曹操が曹操の生命を真につかむのはこれからだ!」


 曹操は『小』を得て喜ぶ男ではない。

 曹操は『大』を得てようやく甘んじる男である。


 今いる城を寝床にして、のほほんと余生を楽しむ曹孟徳ではない。


 彼の思い描く『未来』は、詩人のむらの歌う『幻想世界ファンタジー』より夢物語なのかもしれない。

 しかし、彼の想いは詩人の意思のようには弱くはない。


 曹操が星天を眺めていると、彼の最も信頼する家臣の一人である『夏侯惇かこうとん』が彼に声をかけた。


「・・・将軍。こんな所においででしたか。宴席より急にいなくなられたので、皆心配しておりましたぞ。」


「ああ・・・いや、すまぬな。少し酒に酔ったので、酔いを醒ましに此処に来ていたのだ。・・・それよりも見ろ、この星天を。」


 曹操は右手を天に向け、夏侯惇に夜空を眺めるよう促した。


「これは見事ですな。宴の晩に相応しい夜空です。」


 この夏候惇の呟きに、曹操は覇気を持って答える。


「私はこの程度では満足しない。」


 彼の答えに、夏候惇は心中を察して返答する。


「・・・しかし、皆は満足しております。」


「・・・小さい人々だ。お前も一般ピーポーと同じ考えか?」


 曹操のこの問いに、夏候惇は苦笑いをして無言で首を振った。

 付き合いの長い彼だから許される行為。

 それを見た曹操は笑みを浮かべ、彼に向けて言葉を吐いた。


「ならばよし。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る