第30話 最終決戦の幕開け

 外へ飛び出したみかは再びジョーのUFOの上へと降り立った。

 大師の機身アルティメットジャッカルはまだUFOを掴んだままでいる。長く伸びるアームの向こうの機械の化け物の姿をみかは冷めた視線で睨み付けた。

 赤いレンズの瞳が動き、アルティメットジャッカルが声をかけてくる。


『やあ、みかちゃん。君の方から出てきてくれるなんて光栄だね』

「シャリュウ!! 姿を見せろ!!」


 相手の言葉を一顧だにすることもせずみかは素早くどなりつける。ジャッカルはおかしそうに含み笑いしてから言った。


『変なことを言うね、君は。君も僕も唯一にして絶対なる御方の意思とつながっている。いわば大師様の一部だというのに。それが分からない君じゃないだろう? ええ? 大師様お気に入りの平口みか君』


 小馬鹿にするかのようなジャッカルの言葉にみかは毅然と言い返した。今までにあったいろいろなこと、助けてくれたいろいろな人達の想いがみかの気持ちを後押ししてくれる。


「確かにそう思っていた時期もあった。でも、今は違う。わたしと大師の意思は絶対に違う! いつまでもお前の遊びには付き合わないよ。さっさと出てこないとこのオンボロをスクラップにしちゃうよ!」


 みかは手に出現させた杖をアルティメットジャッカルに向かって鋭く突きつける。強気に出られてもジャッカルの態度は変わらなかった。


『ふふん、たいそう大きくでたけどそれは無理だね。何故なら元々の装甲強度もさることながらこの僕にはこのパーフェクトシールドがついているからさ!』


 機械の体の一部の部分が回り、せり出し、変形していき、エネルギーの傘を開いて盾の形を成していく。

 自らの前方を大きくカバーする完成した円形の盾をみかの目前に見せ付けながらジャッカルは自信たっぷりに物知らずな子供にでも言い聞かせるかのような口ぶりで言ってくる。


『パーフェクトという意味が分かるかい? 完璧ということさ。この盾はどんな攻撃だって防いじゃうんだ。だから、君が何をやっても無駄なんだよ』

「それじゃあ、無駄かどうか思い知ると良いよ」


 みかは光の杖を強く握り締め、振り上げた。願いをこめて呪文を呟く。


「これがわたし達魔道士みんなの力! ミカマジカルフラッシュ!!」


 みかの持つ杖からまばゆい光がほとばしり、盾を照らし溶かしていく。

 祖先である魔道士達から子孫であるみかへと受け継がれた魔道士達みんなの想いの結集、必殺の光撃。その威力はジャッカルのシールドの性能をも上回ったのだ。

 平静だったジャッカルの態度が驚愕に揺れた。


『な、なんだこれは、完璧の盾が溶けていく。完璧じゃないだろ、こら。名前に偽りありだあ!!』


 悲鳴を上げてジャッカルは役立たずとなった盾を振り捨て引き下がった。アームが離れ、掴まれていたジョーのUFOも解放される。


『くそう、みかー! みかめー!』


 怒りをこめて広げられる六本のアーム。ジャッカルの砲塔がみかに向けられていく。


「させるか! ミサイル発射!」


 それより早く狙いを定めたジョーの発射したミサイルがジャッカルに炸裂した。


『無駄だ、そんな物が通用する、か!?』


 だが、その言葉とは裏腹にみかを攻撃しようとしたジャッカルの砲塔は爆発した。


『な、何故だ!? こんなへなちょろいミサイルにどうして僕の装甲が破られる!?』

「署長さん達の攻撃は無駄じゃなかったのよ。あの攻撃が少なからず、でも確実にあいつにダメージを与えていたのよ」

『そんな馬鹿な! ええい、武器はまだあるぞ!』


 状況を分析するみかの母の言葉。ジャッカルの巨大なアームが再びみかに向けられる。


「させないって言ってるだろ!」

『ええい、邪魔をするな!』


 ジョーの発射したミサイルが炸裂する。だが、今度は砕けなかった。慌てていたジャッカルの声に少しばかりの冷静さが戻った。


『どうやら神は僕に味方しているようだね。所詮君達ごときゴミムシが僕に勝とうなんて百年早いんだよ。くらえ、究極の雷!』


 だが、その言葉が不意に止められた。ジャッカルのレンズの瞳が何かを求めて左右に揺れ動く。


『あれ? みかちゃんはどこに?』

「ここだよ」


 それはいつの間にか消えていたみかの姿だった。

 場違いなまでの冷静さを感じさせる声とともにみかはジャッカルの頭上になんなく着地した。


『み、みか……』


 さすがのジャッカルが声を呑み込んでしまう。


「これで終わりだよ。シャリュウ!」


 振り上げるみかの杖が光をまとう。ジャッカルは慌てた。


『ま、待て、みかちゃん! 僕たちはともに大師様に認められたもの同士じゃないか! だから一緒に』


 聞くこともなくみかは杖を力いっぱいジャッカルの頭部に突き立てた。光がほとばしり、魔法のエネルギーがジャッカルの内部へと伝達し破壊していく。ジャッカルの断末魔の悲鳴が轟いた。


『ぴぎゃあああああああああああああ!!』


 装甲を内部から突き破り、みかも巻き込んで爆風が広がっていく。みんなは唖然としてそれを見守った。


「みかが大師に勝った……」

「凄い……」

「みかは大丈夫なの?」


 爆風を抜け出して、みかが戻ってきた。みんなは安堵に胸をなでおろした。


「みかちゃん、良かった。今度こそ本当に終わったの?」

「みんな、心配かけてごめん。でも、本当の勝負はこれからだよ」

「え!?」


 みかの言葉にみんなが再び驚きと緊張に目を見張る。みかの母が呟く。


「感じるわ。とんでもない魔力が膨らんでいくのが」


 ゆうなもその力を感じているようだ。


「これがシャリュウ大師の力」

「やっと自分で相手をする気になったんだね」


 みかもおそらくその力を感じるであろう方向へ振り返る。

 魔術に縁の無いけいことジョーには分からなかったけれど、それでも確かなことはある。


「まだ頑張らなきゃいけないってことだよね」

「最後まで付き合うぜ」


 みかは感じる。魔力が上昇していくのを。黒い風が爆風を包み込み、吹き散らす。

 漆黒の球状のバリアを解き、夜空の空域に現れたのはさきほどの少女の姿だった。

 星空の明かりにその姿を浮かべながら、シャリュウ大師は赤い瞳を静かに開き、その顔に優しげともとれる微笑をたたえた。


「さすがですわ、みかさん。あなたの力はやはり素晴らしい。わたくしのアルティメットジャッカルがまさかこうも容易く葬り去られるとは。最もまだ生きているようですが」

『大師様……。大師……サマ……』


 彼女の手には機械の塊が載せられている。ジャッカルの中枢とも言えるコンピューター。


「このデータはまだ有用かもしれませんわね。しまっておきなさい」


 シャリュウはそれをただ無造作に上空に放り投げた。何かの影がそれをキャッチしてシャリュウの背後へと飛翔する。それは再び現れた魔獣デアモートだった。セラベイクもその隣に飛んでいる。

 デアモートはジャッカルのコンピューターを一息に飲み込んでしまう。あまりにもあわれな機械の最期だった。

 二体の魔獣を従え、シャリュウは何事もないような口ぶりで話を続けた。


「わたくしはあなたにはまだ伸びる可能性があると思っていますわ。さあ、みかさん。あなたの力をもっとわたくしに見せて御覧なさい。このシャリュウ大師がじきじきに可愛い弟子の指導をしてあげますわ」

「シャリュウ……」


 みかは震える拳を強く握った。その態度にシャリュウはわずかに小首を傾げた。

 何かを思いついたのか軽く手を合わせて言う。


「みかさん、もしかして緊張してらっしゃるのですか? 遠慮することはありませんわ。あなたに魔法を伝えた魔道士達は言わばこのわたくしの弟子のような物。弟子の弟子とも言えるあなたの面倒を見るのもこの大師の務めとこころえております。さあかかってきなさい」


 軽い調子で向かって来いと言わんばかりにちょいちょいと手を振ってみせる大師。

 みかは覚悟を決めて目の前の少女を強く睨みつけた。その鋭い気迫は余裕ぶっている大師をわずかほども揺るがせない。

 みかは杖を構えて突撃する。


「シャリュウ!!」

「はい」


 緊迫するみかの声にどこか間の抜けたシャリュウの声。

 正直みかにとって大師の話などどうでも良かったのだ。自分やみんなを利用し苦しめてきた敵が目の前にいる。みかにとってはそれだけのことだった。

 絶対負けられない。絶対勝たなければいけない。絶対の勝負。みんなの想いがこの決戦にはかけられているのだ。

 みかの光をまとった杖の打撃をシャリュウは片手で受け止めた。ただ素手で止めたのではない。その掌にはシャリュウの魔力がこめられた一枚のカードがある。

 そこからあふれ出てくる強さをみかは感じたが、なんとか押し切ろうと渾身の力と魔力で杖を振るう。だが、シャリュウの魔力は揺るがない。続く二撃三撃も同様に受け止められた。


「なかなか良い気迫ですわ」

「くっ」


 通用しないと見てとるや離れて呪文を唱えるみか。杖が光を強く放つ。ジャッカルを軽く凌駕したあの攻撃だ。


「ミカマジカルフラッシュ!!」


 その光の衝撃をシャリュウは片手で払いのける。みかはあせっていた。だが、あせったからと言ってどうなるものでもない。

 海の上を白い衝撃が走り、地平の彼方を明るく染めた。

 その戦いを見て、ジョーは驚きに声を震わせた。


「どうして機械の化け物を倒したみかの攻撃があんな小娘に通用しないんだよ」

「大師の魔法力が強すぎるのよ。物理的な威力なんて関係ないんだわ」

「みかちゃん……」

「くっ!」


 苦渋に顔を歪ませるみか。シャリュウの態度は変わらず今度は両手を広げて遊びでも誘っているかのような気楽な調子で声をかけてきた。


「どうしましたみかさん。遠慮なさらずにどんどんかかってきなさい。何事も経験ですわよ」

「言われなくても! ミカマジカルフラッシュ!」


 だが、その技は通用しない。シャリュウは軽く片手を持ち上げ、その指先にある一枚のカードを自分の前方の空間に投げ放った。みかの必殺の攻撃はたったそれ一枚に全て吸収されてしまった。そのまま自分の前にカードを浮かべながらシャリュウは改めて話しかけてきた。


「それだけが技ではないでしょう、みかさん。もっと別の物も見せてごらんなさい」

「別の物? お前を倒すのに別の物なんて必要ない!!」

「……こちらからも行きましょうか」


 空中に浮かぶカードを見えない力で引き寄せて取り、シャリュウの右手が静かに振り上げられる。言い知れぬ不穏な空気にみかは緊張の息を呑む。

 シャリュウの上げられた右手と下げられたままの左手の間の空間に、手品のように数枚のカードが広げられる。みかの母は嫌な予感がした。


「シャリュウ、何をするつもりなの? やめて!」

「くっ、まだまだ。ミカマジカルフラッシュ!」


 みかの放つ攻撃は今度はシャリュウが手元で並べるカードの列を乱すこともなく弾き上げられる。天空が白い光に包まれる下でシャリュウはゆっくり手を下げ、胸元にカードの束を集めて構えた。


「その技はもうよろしいですわ。今度はこのわたくしの技をご覧にいれましょう。それによって得るものも何かあることでしょう。さあ、今からこのカードに乗せる魔法があなたを襲いますわよ。あなたが魔道士ならばなんとか処してみせなさい」


 みかに向かって投げつけられる数枚のカードが途中で軌道を代え、みかの周りを包囲するように回転していき速度を増していく。


「魔爆風!」


 シャリュウが指先で十字の印を切るとともに、それらが一斉に赤く光りを放ち始める。


「!!」


 どうしようもなかった。次々と魔力による爆発を上げていくカード。炎の海に呑まれ、みかはなすすべもなく墜落した。

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