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 だが残念なことに、ガッツたちの予想は外れていなかった。

 卒業生とはいえ、こんな時間に学校の敷地内に忍び込むなんて不法侵入で通報されてもおかしくないほど堂々と校舎裏の駐車場に踏み込んだ僕らが、そこでまず見たものは。


 隣り合わせできちんと停められた軽トラックと、ワゴン車。そして、まるで寸前でブレーキを踏んだかのように雑木林に頭を突っ込ませた。


 昨晩見た百合子の愛車だった。


 ガッツと垂瓦は一目散に走っていき、外から運転席を確認した。が、車内はもぬけの殻、百合子の姿はそこにはなかった。

 

みんな、強張った顔で暗い雑木林の先を見つめる。

 獣道の入り口には、赤い文字で『キケン! 立ち入りを禁ず!』と書かれた立て札が。

 生徒が勝手に立ち入らないようにするためだろうが、立て札の隅に描かれた熊と、蛇と、なんだかよくわからない黒い生き物の絵が嫌に気色悪く見えて、生徒でなくてもこの先に進むことを躊躇したくなってくる。


 普通の状態の人間ならばこの先に進むことはないのかもしれないが。空になった車、百合子が向かった先、この先でなければどこであるというのだ。

 これで僕たちは、引き返す理由を完全に失ってしまった。



◆◆◆


 スマホのライトを頼りに獣道を進んでいくと三つ又に裂けた別れ道に差し掛かる。左に進むとそのまま大回りで中学校の体育館裏に出るようになっており。真ん中に進むと細い川が流れる場所に出る。野鳥観察だとか、野草採取だとか、僕らの時代ではこの道はよく野外授業に使われていた。


 そして右に別れる道。

 左と、真ん中と、見比べるとその違いがよくわかるが、此処の道だけはやけに草木が生い茂り、行き止まりにぶち当たるまでの距離が長い。木や背の高い草たちが折り重なってできた入り口がぼうぼうに荒れ放題になって。それが、これから入っていく僕らを手招きしているみたいに見えてくる。


 確かに昔もこの道だけは昼間でも光が差さず暗かったが、夜となると別物だ。ライトの光ですら、先まで照らすことができない。


 だからと言って足を止めるわけにはいかず、四つの光を頼りにして進み、草木を掻き分け、進み、枝を押しのけ、進み、泥濘を飛び越え、進み続けると。やはり、その建物はその場所に、まるで落ちた城のように佇んでいた。

 トンネルのような道を抜け、久々に拝む月光。涸れた小川の上に架けられた、古めかしい石橋。


 その先に建つ、僕らの最大のトラウマ。

 旧校舎。とうとう此処に来てしまった。


 もう二度と来るまいと、あの日全員が胸を抉るようにそれを誓ったことだろう。

 それだというのに、再び此処を訪れてしまうなんて。

 たとえ偶然だったとしても。これは何かの因縁か、呪いかとでも思いたくなった。

 それほどまでに、のこのことこんな場所に来てしまった僕らは、救いようもない愚か者たちだ。

 雑草に埋め尽くされあちこちに散らばる壊れたプランターと、ガラスの破片。

 三階の窓が所々割れている。時折風にたなびく汚れたカーテンがそこから顔を出していた。


 木造の建物全体がびっしりと真緑の蔦や雑草に覆われて、至る所が崩れかけ、傷んでいるようだが、外観は五年前とそれほど変わらず、校舎としての原型を留めていて。それがまた不気味さを引き立てた。


 まるで、あの日に戻って来てしまった気にさせる。


 すっかり曇って、外から様子を見渡せない窓ガラス。門の横に建てられた、顔の部分だけが無惨に壊された二宮金次郎。壊れて止まったままの校舎時計。誘うように半開きにされた、昇降口の扉。なにもかも、あの時と同じだ。


 中学時代に図体のわりにビビリな面を見せてはいたが、今回ばかりは自分だけでもしっかりするべきだと率先して前へ進み続けていたガッツが、扉の前で立ち止まり振り向くと、僕たちは全てを察し、同時に息を飲んだ。


 後戻りできないことを、覚悟せよと。

 だが、そんなこと簡単にすませられる話ではなく。


 もう随分前から込み上げていたのだろう、黙り続けていた垂瓦がぐるりと体の向きを反転させ、倒れるようにしゃがみ込んだかと思えば。


 うぇえええ――と。次の瞬間には、豪快に草の上に嘔吐物をぶちまけていた。

 誰も驚いた顔はしなかった。むしろ今までよく堪えたと思った。


 垂瓦が胃の中にあるものを吐き続けるなか、北島 奏は彼女の頼りなく縮まった背中を懸命にさすり続けた。


「おい、大丈夫かよ!」


 そんなの答えは決まっている。大丈夫なわけがない。叫んだガッツの顔ですら酷い有様だ。


 頭痛も、悪寒も、おさまらない鳥肌も、眩暈も。吐くのも無理はない話だ。

 だって此処で、この中で人が死んでいる。死んでしまったのを僕らは知っている。しかも赤の他人なんかじゃない。


 僕は提案する。垂瓦と北島 奏を置いていくべきだと。


 もはや今更かもしれないが、この中に入ったとしても、きっと垂瓦はまともに歩けない、それは足手纏いになるという意味ではない。彼女にこれ以上の精神的負担を与えてはいけない、いくら五年の月日が経ったとはいえ、本心では望んでもいないのにこんな場所に連れてこられ挙句探索させられるなんて。


 これじゃあ、縫合されふさがりかけていた傷口に、指をねじ込み割り広げるようなもんだ。


 このままでは彼女も百合子のように精神を病んでしまう。

 それにはガッツも深く頷き。過呼吸を起こしかけそうな垂瓦にギブアップを促せば、彼女はそれでも彼の足元に縋りつき拒んだが、僕と、北島 奏のだめ押しとも言える説得により、最後の最後で恐怖に負け、北島 奏と共に外に残ることを決めた。


「ごめ、なさっ……い、わたし……っッう」


 鼻水まで垂らして謝る彼女だったが、それは賞賛にあたいする賢明な判断とも言えた。絶対に口には出さないが、僕らが恐れる一番最悪の事態を、彼女はこれで目にしなくて済むのであるから。


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