3
「――お、映画部ぅ、集まってるな」
グラスを持った誰かがこちらに近づいてきた。
「ひさびさだもんなぁ~。そりゃ感傷にも浸りたくなるのもわかるけどさぁ、あんま暗くすんなよ、せっかくの飲みの席なんだから、ぱぁーっとやんなきゃさァ」
明らかに出来上がった顔でケタケタ笑うそいつに、ガッツは無闇に絡んでくるなと煙たがる。
「いーやぁ、だってよォ。はたから見たらお通夜みたいな雰囲気だぜ」
その言葉に反応して百合子が顔を俯かせる。敏感に彼女の変化を感じ取ったガッツが、声のトーンを僅かに下げた。
「お前、もう向こういけよ」
「いやガッツなに怒ってんの。オレただテンション上げに来ただけだしィ」
「余計なお世話だっつの」
酒が入ると絡みがめんどくさいタイプなのか、いくら追い払おうとしてもそいつは立ち去ろうとしない。
なんだかまずい空気だと感じて、どちらのフォローに回るべきかと考えていたら。
ろくにろれつの回らなくなった口で、そいつはただなんとなしというように、ぽそりと呟いた。
「ほんと、南野もここにいれば良かったのになぁ」
…………。
………………。
時間が、数瞬止まったようだった。
ガッツの目の色が変わり。そして、膝上で拳を握りしめていた目の前の百合子の顔が。
危うさを感じさせていた彼女の表情の奥の何かが、一気に音を立てて崩壊した。
「ま、事故だったんだもんな、仕方ねえよないくら考えて――」
も。
と言う前に、ガッツがそいつを正面からぶん殴ったのが先か、百合子が小動物が死ぬ寸前に発する惨憺たる悲鳴を上げたのが先だったか。
もはや同時と言うべきなのかもしれないが。どんちゃん騒ぎさえも凍てつかせる、酷い大惨事がこの空間を埋め尽くしたことだけは事実だった。
目の前で髪をかき乱し、狂ったように叫び、がたがた震えて、とにかく叫び、叫び、悲鳴を上げる、叫びまくる百合子。
痛みとかそういうものじゃない。彼女の中のストッパーともいうべき大切な何かが完全に壊れてしまったように見えた。
なんの予兆もない彼女の崩壊っぷりに、お座敷の中心で一升瓶を振り回していた奴も、それに手を叩いて大笑いしていた奴らも、呆れ顔で宴会の御開きを待っていた飲み屋の店主も、瓶を片付けに来た若いスタッフも。
みんながみんな、彼女に視線を向け。そして、理解しがたいという表情を浮かべた。
それ程までに今現在の彼女は奇怪で狂気に満ちていた。
「てんめえッ‼︎」
ガッツがそいつの鼻っ柱をもう一発殴る。
どちゃん――と食器が跳ね上がり、テーブルが大きく傾く。殴られたそいつの両の鼻の穴から血がとろっと流れ出て、女の子らが悲鳴を上げた。
数人の男が立ち上がり、何があったんだと血相変えて走ってくる。
「おいガッツ! やめろ! なにしてんだよ!」
「ざけんなてめえッ! いくら酔ってるからって、言って悪いことの区別もつかねえのか! このクソ野郎!」
怒り心頭のガッツは、もう一発殴ってやろうと拳を振り上げるが五人掛かりで止められてしまう。
百合子は女の子数人に囲まれ、しきりに呼びかけられるも、滝のように両目から涙を流し、頭部をぐちゃぐちゃに掻きむしり、いまだ狂い続けている。
「クッソ!」
体を捩らせ数人の腕から逃れたガッツが、そこで発狂し続ける百合子の腕を乱暴に掴んで立ち上がらせたかと思えば、
「ちょっと西川くん――!」
呼び止められても振り返ることなく、彼女を雑に抱えながら飲み屋の扉を開け放ち外に飛び出して行く。
僕も一拍遅れて立ち上がり、ウーロン茶しか飲んでいなかったけど適当に紙幣をテーブルに散らし、百合子のヒールを持って放たれるように飲み屋を出た。
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