第7話 一難去ってなんとやら
首を失い、事切れたコカトリスの身体が倒れた。
「ふー、終わったー!」
誠一は張り詰めていた糸が切れ、腰を地につけた。
着ている服はボロボロになったが、肉体改造されたせいか能力のせいか、肉体的疲労どころか目立った傷すらない。
しかし、平和な日本で暮らしていた誠一にとって、初めての戦いは心労がはんぱじゃなかった。
荒くなっていた息を整え、誠一はポケットから今回の『切り札』を取り出した。
右手に握られたスマホ。
スマホは電源が付いたままの状態で、見るとアプリが起動していた。
「しかし・・・案外使えたな、自宅警備印」
そう、誠一がコカトリスに対して使ったのは、アプリの【自宅警備印】。
羽を消したのも、コカトリスの動きを封じたのも、これのおかげである。
包丁で防いだ後、銀に輝くコカトリスの羽を見た誠一は、神様への供物に出来ないかと思いついたのだ。
土埃で相手に見えないうちに試したところ、拾った羽が消え成功した。
誠一は知らないが、コカトリスの羽には銀が含まれていた。
神道において、銀は毒を退ける力があるとされている。
よって、供物として奉納できたのだ。
まあ、不純物が含まれていたので価値が低く、大量に必要だったが。
誠一は一計を案じた。
向かってきた羽に対し、アプリが起動したままのスマホを持った右手を出し攻撃を無効にする。
そして、コカトリスの足元の土地を奉納で稼いだ分を全て使い契約し、コカトリスだけを出れないよう制限した。
あとは知っての通り、混乱している隙を突きトドメを刺した。
上手くいったが、実の所、これは奥の手としての策で、使わずに戦うつもりであった。
地味に高く売れそうだったから、全部打ち落として金にしようと思っていたのに。今、俺一文無しだし。だが、ハプニングなど多々あったため使ってしまった。
少し勿体無かったなあ。
しばらく戦いについて反省していたが、戦利品の肉を放置していたことを思い出した。
「やべっ!早く血を抜かないと」
慌てて異次元ポケットを起動し、コカトリスに近づく。
ついさっきまで死闘を繰り広げていたのに、料理を優先するのは、呆れを通り越して流石である。
先に血、次にコカトリスの肉だけをイメージし収納する。
血も使えるかもしれないので、捨てずにおく。
その場に残ったのはコカトリスの排泄物だけである。
実に楽である。
本来、鶏などの血抜きは、足をつるし首を切断し放置する。
その工程をものの数秒で終えてしまった。
ファンタジー万歳だ。心底、異世界に来てよかったと思う。
「・・・って感動してる場合じゃない」
本当はスグにでも腸を引っ張り出すなどの下処理をしたいが我慢する。
(あのお嬢ちゃんが大丈夫か確認しなければ)
辺りを見渡すと、木の後ろに隠れ、こちらを見ているのを発見した。
誠一は話をするべく少女に近づき、声をかけた。
「おーい、だいじょぶ―――」
「来ないでっ!」
しかし、返ってきた答えは拒絶であった。
そして、誠一は思い至る。
少女からしたら、自分は“化物”を超越する存在であるのだと。
「―――ッ」
誠一は頭をガツンと殴られたかのように衝撃が受ける。
コカトリスをあれほど恐れていたのだ。
俺を怖がるのは当然のことだ。
落ち込みながなも、少女を助けられただけでも良かったと思い、自分を励ます。
だが、少女は俺の表情を見て、慌てて否定をした。
「ち、違うの!その、そうじゃなくて・・・・・・」
「・・・・・・・?」
何だか、少女の反応がおかしい。
恐れているというより・・・・・恥ずかしがっている?
よく見ると顔が真っ赤になり、目に涙をためてプルプルしている。
何が何だか分からなかったが、誠一のもとに答えが運ばれてきた。
もともと誠一の鼻はよく効いた。
それが肉体改造で更に発達している。
まあ、現実逃避を止めて、説明しよう。
その人間離れした鼻が嗅ぎつけた匂いは、
―――アンモニア臭であった。
(あー・・・)
少女が自分を近寄らせたくない訳を理解した。
あまりの恐怖により漏らしたしまったのだろう。
・・・気まずい。
だが、誠一には生前での経験がある。
(話しかけると共に、ジョークを交えフォローする)
誠一はこの状況を打破すべく少女に声をかけた。
「大きい方じゃなくて良かったね」
「―――ッ!?う、うわあぁぁぁぁぁぁん!」
見事に失敗し、少女は声を上げて泣いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヒ、ヒック・・・ウウッ・・・」
「お嬢ちゃん、本当にごめんね・・・・・・」
やってもうた・・・・・
何とか泣き止んでくれたが、もうマジで・・・ごめんなさい。
「前は、これで場が和んだんだけどなあ」
「普通、和まないよ!てか、こんな状況を経験しているのに驚きだよ!」
「いや、近所の年寄りの梅さんが食事中に『あ、漏れてもうた』とか言ってさ。いや~、あの時はビビったなあ。オムツしてたから大丈夫だったけど」
「お兄ちゃんの周りには変人しかいないの!」
失敬な、ただ個性豊かだっただけだ。
右手に包帯を巻き眼帯をした田中君、彼氏と言っていつも違う男を連れてくる倉敷ちゃん、顔に傷があるサングラスに黒服の鮫島さん、他にも多くのお客さんが店を訪れた。
皆、元気にしてるかな?
・・・・・・あの面子なら間違いなく元気だろうな。
意図とは違うが、少女はツッコミできるぐらい立ち直ってくれた。
でも、女の子が服が濡れたまんまじゃダメだしな。
(・・・しょうがない)
そして、おもむろに誠一は自分のズボンを脱いだ。
誠一の突然の行動にアンは慌てる。
「ちょ、お兄ちゃん!いきなり何してんの!?」
「別に変な事しようってわけじゃないからな。ほい、ちょっと大きいがこれを穿はきな、お嬢ちゃん」
そう言い、驚く少女に脱いだズボンを渡す誠一。
風通りがよくなった下は破れてしまった上着を使い、腰巻のように巻いて隠す。
これで、大丈夫だな。
ふと、少女から何も聞こえないのを疑問に思い、視線を前に向けると、こちらをジッと見ていた。
まさか、ムサい男のズボンなど穿きたくないと思っているのか?
それだと、マジでショックだな。
自己嫌悪に陥りそうになっている誠一に少女は口を開いた。
「・・・アン」
「え?」
「私の名前はアン、お嬢ちゃんじゃない」
「・・・・・・ハハハッ、これは悪かったねアンちゃん。改めてだが、俺は沢辺 誠一。好きに呼んでくれ」
「ん、よろしくね、セーイチお兄ちゃん」
自己紹介をし、アンは手を誠一にさし出した。
その小さな手を握り、二人は笑った。
「・・・・・・とりあえず、穿こうか」
「そ、そうだね」
アンは慌てて木陰こかげに隠れた。
やはり、最後は締まらない誠一である。
~数分後~
「穿けたか?」
「うーん、何とか。ちょっと動くと脱げそうになるけど」
着替えが終わり、歩きにくそうなアン。
体のサイズに合わないズボンに慣れず、拙い歩きのアン。
とりあえず、問題は解決した。
まずは、アンちゃんを家に送るのが先決だな。
そう思い、誠一は行動に移ろうとし、
それは唐突に起きた。
最初は気づかないほど微弱な揺れ。
だがそれは徐々に大きくなっていく。
「地震か?」
「な、何!?ってキャン!」
「大丈夫か?・・・ッ!」
アンちゃんから短い悲鳴が聞こえ、誠一は振り向くと、思わず固まってしまった
揺れに驚いて、ズレ落ちたズボンを踏んでしまったのか、アンちゃんは転んで鼻を打っていた。
そして、ズボンが脱げ、アンちゃんの小振りなお尻が見えてしまっている。
だが、誠一を驚愕させたのは、その事ではない。
そのお尻から生えていたのだ、フサフサの尻尾が。
人間には無い筈の部位。
誠一がその尻尾に関して問おうとすると、
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
不意に山に響く獣のような太い声。
敵かと思い
すると木々の間から飛び出る一つの大きな影。
「大丈夫かあああああ、アァァァァァァァン!!」
影の正体は一人の男。
作業着を着て、丸太のように太い腕に斧を持っている。
吊り上った目に、
だが、最も目が行ったのは頭の上にある、
―――犬の耳。
男は死に物狂いの表情をし、冷静さを失っている。
その男性を見て、アンちゃんが、
「お、お父さん!」
「お父さんっ!?」
マジで!あれが!?
アンちゃんのお父さん、言っちゃ悪いがアンちゃんに全然似てない。
あ、こっち気付いた・・・あれ、なんか俺を見た瞬間に、理性失ったように見えるんだが?
・・・やっぱり、気のせいじゃないや。
だって、めっちゃ俺に殺気放ってるもん、理解不能な怨嗟えんさの声上げてるもん!
まったく恨みを買った理由がわからない。
そこで誠一は原因を考えるべく、他人から見た今の状況をイメージする。
パンツ丸出しで倒れているアンちゃん。
目には涙をためている。
対して、アンちゃんのそばに立つ、ほぼ裸の俺。
知らない人間である。
その光景を見るアンちゃんの父。
改めて現状を理解し、誠一は一言。
「あ、終わった(社会的に)」
その言葉を口火に、アンちゃんのお父さんが斧を振りかぶり、誠一に襲い掛かった。
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