第5話 恐怖

「何故にスマホ?」


疑問に思いつつも、とりあえず電源を入れることにした。

手掛かりもこれといって他にないわけだし。

しばらく電源を押し待っていると、画面が明るくなり文字が表示された。


『Welcome to Gopple!』


「・・・・・・・・」


おい、怒られるぞコレ。

そもそも、リンゴからパクったのか、⚪ーグルからパクったのかわかんねえよ。

声に出して無性にツッコミたくなったが、それだと何か負けなような気がしてならない。

喉のそこまで出かかっていた言葉を飲みこみ、スマホを調べることにした。

見たところアプリが5つしか入っておらず、とてめ簡素だ。


「なになに・・・【ガルテアの歩き方】に【God先生】、【自宅警備印】と【異次元ポケット】で【メール】?最後のは普通だな」


とりあえず【メール】を見たが、普通の携帯と内容は変わらず、中身は空であった。

気になる他のアプリの内容を確認するべく、アプリを開く。

すると、中には取説があった。


簡単に始めの4つをまとめてみると、こんな感じだ。


・ガルテアの歩き方

ガルテアの世界地図が表示される。

拡大すれば建物の細部まで見え、タッチすると建物 の名前 から歴史まで教えてくれる優れもの。

また、キーワードを入力することで探したい場所を特定出来る。


・God先生

調べたい事を思い浮かべると地球、ガルテア関係なく歴史や知識、偉人に学門、果てにはテーブルマナーからことわざなど何から何まで表示される。


自宅警備印じたくけいびいん

土地の広さに相応しい、金・供物を神界に奉納することでその土地の管理者になれる。

管理者はその土地に足を踏み入れる者の出入りを制限できる。

この機能により、泥棒などから自宅警備などに使える。

但し、これは神界との契約のため、ガルテアの政治には適用されていないので、社会から購入した土地の管理者になることを勧める。


・異次元ポケット

物にスマホをかざすことで、異次元に収納出来る。

限りがなく無限に収納でき、中の時間は止まってるため食べ物を入れても腐ることはない。

取り出す際は取り出したい物をイメージすることで、取り出せる。

但し、生きている物は収納出来ない。



「流石は神様が作ったものだな」


凄いとしか言葉が出ない。

こんなに至れり尽くせりで良いのだろうか。

・・・言っておくが、ネーミングについてはツッコまない。

神のフリーダムさ加減に呆れながらも、誠一はアプリについて考える。


「しかし・・・これは今後の料理関連に役立てられるな」


【ガルテアの歩き方】は食べ歩きに、【God先生】は異世界の食べ物の特徴・毒性を調べるのに、【自宅警備印】は店の防犯・食い逃げ防止、【異次元ポケット】は食材の鮮度を保つのになど。

このアプリで料理をより向上できる。

少しだが神様に感謝し、見直すことにした。


その後、更に自分の趣味に活用できないか黙考する。


アプリを使い悪巧みや大金を稼ぐなど考えずに、真っ先に料理について考える誠一。

これはこの男の残念な点であり、愛嬌あいきょうであろう。


そんなスマホもどきをいじっていると、誠一の耳にある音を拾う。


「うッ・・・・・・」


「―――ッ!?」


何かの音、いや誰かの声が一瞬だが確かに聞こえた。

誠一は慌ててスマホから目を離し、辺りを見渡す。

すると、少し離れたところに少女が倒れているのが目に入った。


「おい、大丈夫か!?」


誠一はすぐさま少女に駆け寄り、安否を確認する。


倒れていたのは麦わらの帽子をかぶった中学生ほどの少女。

帽子からこぼれたボブカットの栗色の髪が見える。

ボーイッシュでどこか活発そうなイメージがあるが、今は全身が土ボコリで汚れて気絶している。


安全を確かめるべく声をかけ続けていると、少女の意識が戻ったのか、まぶたが開いた。


「う、う〜ん?・・・・・お兄ちゃん、だれ?」


「気づいたか!俺は誠一。お嬢ちゃん、一体何があったんだ?」


何故、彼女は意識を失ったのか。

もしかしたら、異世界のモンスターに襲われでもしたのか。


心配になりつつ、少女の回答を待った。

少女はまだ完全に意識がはっきりしてないのか、ポツポツと思い出しながら誠一の疑問に応じた。


「・・・と・・」


「と?」


「と、突然、空から何かが落ちてきて・・・それでスゴイ音がした後に飛ばされちゃって・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」


犯人、俺じゃねえかッ!

罪悪感ハンパないよ、マジで!

何がモンスターだよ、穴があったら入って消えてしまいたい。

誠一が罪悪感に苛さいなまれている間に、少女は完全に覚醒したようだ。


「そうだ、私は薬草を取りに来て、それで・・・・・・ッ!」


「ど、どうした?」


少女はいきなり身を起こし、俺の方を青ざめた顔で見た。

突然の少女の反応に誠一は慌てた。

誠一は声をかけたが、少女は誠一の声に反応しない。


まさか、空から落ちてきたのが俺だと分かり、不気味に思ったのか。

いや、それにしては大袈裟おおげさすぎる。

尋常じんじょうではないほどに恐怖した表情と大量の汗を流し、俺の方を見ている。





グルルルルルル・・・





―――――違う。この子は俺を見ているのではない。

俺の後ろにあるものから目が離せないでいるのだ。


錆び付いたブリキ人形のようにギギギと首を回し、後ろを振くと、




「ゴゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!!」




巨大な鳥が地面にめり込んでいた体を起こし、怒髪天どはつてんの形相で俺を睨んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



本当にボケたなと思い、自分が嫌になる。


確かに、俺は死にかけたり、異世界に来て浮かれていてた。

“アイツ”がさっきまで気絶し、動いていなかったのもあろう。


だが、だがだ、百歩譲っても―――



「ゴゲゲゲゲッ!」



こんなにも近くにいる“化物”に気付かなかったのは、マヌケすぎるだろ。


コカトリスの赤い瞳は怒りに満ち、誠一だけを映している。

コカトリスから放たれる殺意。

誠一は向けられた殺意に、体が震え、心が絶望に染まりかける。

思わず逃げたくなる。


「あ、ああ・・・ッ!」


ふと誠一は自分の隣で怯える少女に目に入った。

今さっき出会ったばっかのまったく知らない子。

まだ幼く、これから楽しい人生が待っているのだろう。


気づけば、誠一体の震えは消えていた。

誠一は意を決し、怯える少女に小声で指示を送る。


「逃げろ、お嬢ちゃん」


「え?な、なにを」


誠一は少女の返答を待たず、全力で走り出した、


―――コカトリスに向かって。



「―――ッ!だ、ダメ!」


少女は誠一のしようとしていることに気づき、制止の言葉をかける。


だが、男は止まらない。

化物へと進める足を止めない。


恐らく落下の際、この鳥は下敷きになったのだろうと誠一は推測する。

だから、怒りの矛先を俺に向けている。

奴は俺にしか意識が向いていない。

だからこそ、今なら俺が囮になり、少女を逃がすことが出来る。


「こっちだ、チキン野郎!」


声を大きく張り上げ、威勢をはる。


元々、二度目の人生だ。

儲物もうけもんで貰い物だ。

対して、少女の人生は一回のみ。


なら、ここで体張るのは大人として当たり前だ。


料理ができないのは残念だが、しょうがない。

空高くから落ちても無事であった頑丈な体だ。

負けるだろうが、逃げる時間ぐらいなら稼げるだろう。


こんなことなら、護衛のためにでも攻撃の能力を願えば良かったなと後悔し、苦笑する。


逃げ出したい感情を押し殺し、コカトリスめがけて全力で踏み込み、体ごと飛び込んだ。


「ウオオオオオオオオオオオオオ!」


「グケケケケケケケケケケケケケッ」


捨て身の攻撃。

コカトリスは非力な俺の行動を見て嘲笑あざわらうかのように鳴いた。

そして邪魔な虫を払おうと、鋼鉄の如ごとき羽を振り下ろす。

唸りをあげて振り下ろされる命を断つ死神の鎌。

地から足を離した誠一に避けるすべはない。


現実は無慈悲である。

誰かを護らんとするが為に戦っても、弱ければ負ける。


負けて、潰され、そして死ぬ。


弱者が物語のように英雄になれるわけがない。

【弱者】が【強者】には絶対に勝てはしない、これが必然であり、常識だ。














ドゴンッ!!


「ゴビュラフッ!!?」


「「・・・・・・へ?」」



故に“強者”である誠一に負ける理由はない。



異世界ガルテアに現れたイレギュラー、沢辺誠一は振り下ろされた翼を撥はね返し、コカトリスを吹っ飛ばした。


周りにあった木々がへし折れ、コカトリスが飛ばされた跡ができている。

先程起きた出来事を、未だに受け止められず呆然とする誠一。


そして、何度も残された跡を何度も見て、やっと理解する。



「うえええええええっ!?ちょ、なんで!?」


今、何が起こった!?


神様のくれた能力のおかげか?

だが、自分は料理関係の希望しか書いてない。

一体、俺の身体に何が起きているんだ。


確かに落下の衝撃に耐えられた時点でおかしいとは思っていたが、明らかにこれは異常だ。


「・・・だけど、今はそんな事はどうでもいい」


理由は全く分からない。だが、勝機が見えた。

このまま行けば、生き残れるかも知れない。


この勝負には負けられない。

少女を護るため、自分の身を守るため、そして、


「そもそも生き返ってからまだ一度も料理せずに死ねるか!料理を作るためにもお前を倒す!」


料理の為にも勝たなければならない!


なんとも残念な宣言と共に、立ち上がったコカトリスに向かって駆ける誠一。

完全に油断をして防御をしなかったため、モロに攻撃を食らったコカトリス。

誠一は相手が立て直す前に倒さんと、ダメージを食らった今が好機とばかりに攻めに転じた。


コカトリスは翼を使い避けようとするが、受けたダメージが抜けきっておらず、回避するのに時間がかかった。

誠一はそこを見逃さない。


「オラァッ!」


「ブゲロッ?!!」


大きく踏み込み、ガラ空きの腹めがけて全力でアッパーを放つ。

踏み込んだ地面に亀裂が走り、振り抜かれた拳は唸りをあげる。

小さな体からは想像できないほどの威力を込めて放たれた拳は、コカトリスの巨体を浮かした。


(いける!)


攻撃に手応えを感じ、誠一は勝利を確信し始めた。


そして、その確信が、心に自信を生み、慢心へと転じる。


かつて人間から様々な忌名いみなを頂き、災厄として恐れられた魔物コカトリス。

その化物は一方的にやられるだけでは終わらない、終わらせるはずがない。

コカトリスは誠一の心の緩みから生まれたスキを突き、受けた力に抗わず身を任せ後方へ飛び、一瞬の内に誠一から距離をとった。

流れるような動きに誠一は付いていけず、


「やばッ!」


「グゲーーーーー!」


誠一の攻撃は頑丈な身体を利用し凄まじい威力があるが、それは接近戦でしか発揮されない。

異世界には魔法が在るが、元地球人である誠一は魔法の使い方どころか、どんな魔法があるのかすら知らない。

つまりこの瞬間、攻撃は相手のターンに変わってしまったのである。


慌てて接近しようとするが、今度はコカトリスが許さなかった。

コカトリスの銀色の羽が逆立ったかと思うと、幾千もの羽が一斉にこちらに向かって飛んできた。

放たれた羽は銀の矢の如く一直線に誠一に向かい、軌道上の木々や岩を粉砕し止まることなく進む。


(あの羽、金属ででも出来てるのかよ!?)


どんなに誠一の身体が頑丈といえど、あの攻撃を受け続ければ無傷ではすまないかも知れない。


(畜生!包丁でも何でもいいから、せめて武器になる何かがあれば!)



そんな嘆きなどお構い無しに、銀の光を放つ雨が誠一に降り注いだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



【石の悪魔】


コカトリスの忌名の一つである。


コカトリスは肉の他に、好んで鉱物を食べる。

その食事により形成された羽には炭素と銀が含まれている。

この羽に包まれた体は剣を、矢を、魔法を、あらゆる衝撃を受け付けない。


この鉄壁により、コカトリスは強者とし頂点にいた。

だが、目の前にいる“虫”の拳は自慢の装甲を貫いた。

コカトリスは虫に対して、怒りとは別の感情が現れたが、この感情が何か分からない。

分からぬまま、早く潰さなければと思い、本気を出した。

防護性は低くなるが、トドメを刺すために己の羽を放った。


誠一に降り注そいだ死の雨。


虫から外れた羽が至るところに着弾し土をえぐり、その威力を物語っている。

コカトリスは歓喜した。

己の心から怒りが消え、喜びの感情が現れた。



だが謎の感情は消えない、むしろ増える一方だ。



舞っていた徐々に土煙つちけむりが晴れ、コカトリスは虫の有様を確認しようと紅の瞳を向ける。

そこには、削られボロボロになった大地に、



輝きを放つ一本の大きな包丁を片手にたずさえ、無傷でたたずむ誠一。



瞬間、コカトリスを名も知らぬ感情が支配する。

感情の正体は弱者ならばすぐに理解できていたであろう―――




その感情が『怖れ』であると。

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