7月20日の空

桜井今日子

前半

 ある年のあの暑かった夏


 某運動公園サッカー場

 気温 33度

 人工芝のピッチ上の体感温度 40度以上

 高温注意報発令中


 空はどこまでも青く

 浮かんだ雲は果てなく遠く

 ときおり吹き渡る風さえも熱を帯び

 太陽は彼らの情熱を集めたかと思うほどに

 熱く

 熱く

 容赦なく

 その場にいる人々すべてにその熱を浴びせ続けました


 彼らの夏が終わりました

 彼らは1日も長くサッカーが続けられるように力を尽くしましたが

 無情にも試合終了のホイッスルが鳴ってしまいました


 学校単位や年齢で出場が限られる大会で

 最後の大会で負けるということは

 最上級生にとってそのチームの引退を意味します


 その試合に出場がかなわなかった彼は

 ベンチで立ち尽くし、涙を流していました

 それはぬぐっても

 ぬぐっても

 とめどなく溢れ


 見ている私は

 かける言葉も探し出せず

 近寄ることもできず


 こちらの涙もとまりませんでした



 仲間同士で抱き合って泣く子

 ピッチに突っ伏して泣く子

 ひとりでは歩けないほどに泣く子


 次の試合のためになんとかベンチを空け

 仲間同士よりかかりながら

 ピッチを出てきた彼らは

 隣接する芝生エリアで

 それぞれの方法で感情を吐き出しました


 身体自体は親を追い越すくらいに成長した男の子が、しかも集団で、身体を震わせて、立っていられないほどに泣いているのです


「泣く」という言葉では足りません

く」「く」といった表現でしょうか


 顧問の先生方は3年生をしばらくそっとしておいて

 1,2年生に片づけを指示し、簡単なミーティングをして帰宅させました


 30分ほどは経ったでしょうか

 先生が3年生を集めました

 さすがに涙のおさまっている子もいますが

 まだ泣き続けている子もいました


 彼の所属するサッカー部は大所帯です

 サッカーは11人で行う競技

 ベンチ入りできる人数はこの大会では20人

 3年生でもユニフォームをもらえない子もいます


 試合に出た子

 ユニフォームは着ているが試合に出られなかった子

 ユニフォームをもらえなかった子


 どの子も泣きました

 泣いたのは試合に出た子だけじゃない

 負けたのは試合に出た子だけじゃない

 一丸となったチームが負けたのです


 今日まで一所懸命に努力してきた子全員に涙を流す特権はあるのです

 逆に言うと、たとえ試合に出たとしてもそこまでの思い込みのない子にはこの涙は流せない


 先生はミーティングを始めました

 ひとりひとり前に出てスピーチをしろと言います

 こうして長い長いミーティングが始まりました


 どの子も自分を責めます

 決して他人を責めたりはしない


 もっと練習していれば

 もっと頑張ればよかった

 あそこで俺が決めていたら

 あのとき僕が抜かれなかったら


「”たら・れば”はない」

 先生がよくおっしゃったことです

 そう、だから練習を頑張らないといけない

 後悔先に立たず


 それでも今日のミーティングは”たら・れば”の大洪水です


 もっとこのメンバーでサッカーをしたかった

 今日の試合に出たかった

 ユニフォームが欲しかった


 素直な本音です

 だけどそれには自分の努力が足らなかったとまた責めます


 話しながらも涙はとまりません

 嗚咽で話が中断することもありました

 その仲間の姿に見ている子たちもまた泣きます

 それぞれの想いにリンクしているのかもしれません

 しっかりしろ! 頑張れ! と声をかける子もいます


 自分のスピーチを終えると次の子を指名します

 そこにはレギュラーも控えも何も関係ない

 先生が指示することもない

 彼らの中で見事にバトンは最後のひとりまで渡されました


 多くの子がこう言ってスピーチを締めました


 このサッカー部に入ってよかった


 このメンバーと出会えてよかった


 いつまでもこのことは忘れない


 最後に先生がお話をされます

 そのころになるとあれほどまでに泣き叫んでいた子たちが

 落ち着きを取り戻し始めていました


 あのスピーチで想いのすべてを出し切ったのだと思います


 最後に記念写真を撮る段には

 ふざけあい

 からかいあう

 普段の彼らに戻っていました



 あのピッチで流した汗も

 おそらくこれほどまで大量に流したことのなかった涙も

 何にともなく発した叫び声も


 みんなあの日の空が吸い上げていきました

 彼らの汗と涙と叫びを吸い上げた青い青い空は

 やや赤っぽい色へと

 化学反応をおこしました





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