第4話 巨人
無数に駆け巡る首の無い虎のような生き物の群れを見た。
虎もどきは凄まじい速度で荒地を一目散に駆けており、その背後から装甲と機関銃で武装した四輪自動車が猛烈な勢いで追跡をしていた。
操縦席に腰掛けているものと言い、後部座席の機関銃を握るものと言い、格好が軍人崩れに放浪者の要素を混ぜたような格好をしていた。重厚なアーマープレートを身につけヘルメットを被り顔を布のマスクで隠していたのだ。
人物はようやく人間を見つけてほっとしたのか声を張り上げて呼ぶべきだろうかと思った。
「西部劇だってあんなひでぇことしないぞ……あ、西部劇は見たことがあるのか私は」
しかしどうにもやめた。
四輪自動車の後ろにぼろ雑巾と見間違うような人間の死体がくくりつけられていたのだ。
じっと観察していると車両に乗った二人組みのうち、機関銃座に立つ男が背後に向かってロケット砲をぶっ放した。ロケットモーターに点火したそれは宙を飛翔していき、車両の背後に迫っていた別の車両の操縦席もろとも粉々に爆破してしまった。
まさか軍人が撃ちあっているでもあるまい。民間人同士が殺しあっているようにしか見えない。
おまけに虎のようで虎ではない謎の生き物が平然と闊歩しているなど、一体全体自分が寝ている間に何が起こったのだろうと首を捻る。
「下手に出歩くと殺される予感がぷんぷんしやがるぜ」
手を振らなくて良かったと胸を撫で下ろした人物は、自分の影をも隠す別の陰が地面に生まれたことに首を捻りなおした。
「は?」
振り返った。
全高3mはあろうかという鉄の巨人が二つのレンズの付いた顔で覗き込んできていた。
兎を思わせる独特な形状の脚部。横に張り出した肩。二本の腕は別々の銃を握っていた。黒いツヤ消し塗装には無数の焼け焦げたような痕跡が刻み込まれていた。
巨人は、つい今しがた撃ち放ったロケットランチャーの主であった。衝撃で地下室が揺れた原因は巨人だったのだ。
人物の顔面目掛け巨人が右腕に握られた収束銃身を突き出す。口径にして30mm。胴体に喰らえば人間以上の強度を持つ義体といえど鉄くずにされるだろう。着弾衝撃で発生する破片だけでも関節ごとばらばらに分解されてしまうだろう。
「あ……」
カラカラと回転する銃身を見て人物はか細い声を上げることしかできなかった。
巨人の横合いから青白い電流を纏った人の形状をした何かが体当たりをぶちかまさなければ今頃はスクラップにされていただろう。
巨人が紙くずか何かのように転がっていき、隣の敷地の建物の柱を数本纏めてへし折りつつ室内へと消えた。建物の耐久限界がきたらしい。建物が轟音を上げて崩落していく。埃が舞い上がり何も見えなくなった。
「無事?」
「あ、あぁ………そっかぁ超能力もあるんだな」
さすが核戦争だなんでもありなんだなとすぐに理解したあたり人物の状況把握能力は高いらしい。
ジーザスとぼやく人物の前ですらりとした長身の少女が儚げに笑った。
背丈は精々ハイティーン平均程度だろうか。白い髪の毛に病的なまでに白い肌。赤一色の瞳。顔立ちは整っており、身にまとう拘束具らしき装束の異様さを打ち消すだけの美しさがあった。全身に青白い雷を纏っていなければ普通に見えただろう。普通の程度が振り切れているのはこの際気にしないと人物は思った。
少女は人物を見つめていた。手を伸ばすと顔に触り、髪に触り、夏場にレモネードでも買うような気楽さで胸を触った。
人物は手を引き剥がした。
「いい度胸してるな。助けてもらったのは感謝するが胸触るなよ」
「………」
人物の髪の毛は現在黒一色であった。時折不安定になるのだが、法則性が無かった。
人物の髪の毛が複雑な虹色を描き出す。エラー表示のログにまた一行追加された。
少女は不思議そうに人物を見つめていた。
「安心する………」
「ン? いやわかるよ。核爆弾かなにかが地上を吹っ飛ばした後でまともな人間に会えたからな。とりあえずお前さんの名前と世界について教えて欲しい」
どうやら少女は敵意を持っていないどころか友好的なようで。ならば説明を求めてもいいだろうと思ったのだ。
少女が人物の肩を引っつかむと地面に押し倒す。
「おいこら」
「伏せて」
崩落した建物からドラゴンの嘶きが響き渡った。
30mm機関砲が放つ猛烈な弾列が少女へと襲い掛かった。青白い電流が弾丸を別の方角へと逸らし、命中を許さない。
なんという強さ。鉄製の巨人とまともに張り合っている少女という絵に人物は唖然とするしかなかった。
巨人がロケットランチャーを発射。
少女が両手を突き出し防御せんとした。
「ッ あっ……」
ロケット弾が空中で炸裂する。移動目標及び障害物に隠れた相手を殺傷するべく信管作動をあらかじめ設定していたのだろう。衝撃を殺しきれず少女が吹き飛ばされる。それでも破片全てがあらぬ方角へ逸れていたのは賞賛するべきであろう。
巨人が建物から姿を現した。煙を縫い30mm機関砲を撃ちまくる。
人物は咄嗟に伏せた。
「糞っ……何か武器、武器、なんでもいい」
ネイルガンを取り出し構えてみる。通用するわけが無い。
地面を這ってあたりを捜索する。別の建物に駆け込むと、それがあった。
全高3m。細い肢体を供えた錆と埃を被った人型の機械が。華奢な胴体。三ツ目。人でありながら人ではない異形の機械が片膝をついて待っていたのだ。
「TU(トレーサー・ユニット)か? TU? TUってなん……なんでもいい。使えればいい」
なぜ知っているのだろうと疑問符を浮かべそうになったが、諦めた。
駆け寄っていくと背面部から機体に入り込み電源を入れた。
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