第三回戦(準決勝)高木道弘VS高山マコ

 ■小結■ 【極竜山きょくりゅうざん小五郎】


 江戸時代の力士であり、強烈な寄りと変幻自在の投げで活躍した。

 天保4年の大飢饉において流行り病にかかり病死。

 生涯戦績47勝2敗6分勝負預かり2、横綱免許を得ることも期待されていたが、今の世においてはその名を知るものは極めて少ない……。


 そんな江戸時代の力士がどういうわけか普通の女子高生に取り憑いているのだ。

 相撲になど全く興味のない高山マコは、極竜山が自分に取り憑いたことで大変な不便を強いられている。

 正義感が強く、どこにでも首を突っ込みたがる極竜山。

 制服を着ているってのにすぐに四股を踏みたがる極竜山。

 苛立つとすぐに電信柱に鉄砲を繰り出す極竜山。

 1日に何度もちゃんこを食おうとする極竜山。

 取り憑かれてから半年になるが、取り憑かれている側の高山マコはうんざりであった。体重も3キロ増えた。つけたくもない筋肉も太ももにつき始めている。


 そんな時だった。超人格闘大会のチラシを見つけたのは。

「強い者に、わしは会いたいのじゃ」

「ちょうどいい! 超人格闘大会に出て優勝してよ! そしたらあなたを除霊してもらうんだからっ」


 二人の思惑は一致した。

 平穏な日常を取り戻すため、おっさん力士を体から追い出すため、マコは優勝しなくてはならないのだ。

 行け!女子高生力士! 戦え!女子高生力士!



 ◯ ◯ ◯



 俺は控え室で天使の佐々木さんに例のヘンテコな魔法で体の怪我を癒してもらった。

「今回はこっぴどくやられましたねー」

 確かに。

 先ほどの戦いで、奥歯は折れ、瞼は晴れ上がり、肋骨にヒビが入っていた。

「まぁ、私の魔法にかかれば一撃ですけどね!」

 彼女の治癒魔法は天使魔法『小ラッパ豪烈治癒撃打』と言って、可愛げなラッパで患部をぶん殴る、というものだ。怪我を治すのではく、怪我を殺す、という逆転の発想の魔法なのだ。

 鬼のような形相でラッパを振りかぶる佐々木さんはとても天使には見えないが、効能は確かだ。

「ああ、素直にお礼を言うよ。ありがとう」

 水色の髪を揺らし、にっこり微笑む佐々木さん。魔法を使わないときの佐々木さんの笑顔は本当に天使の様だ。

「それが私の仕事ですから!」


『……続きまして準決勝を行います』


 会場のアナウンスが控え室まで聞こえてくる。

「げ、もう時間なの?」

「あんたの組、最悪な組だからね。連戦よ、頑張って。で、次の対戦相手は江戸時代の力士の霊がとりついている高山マコ。うーん、なんとか勝つ手はないかしらねー」

 あの野球拳法家の一文字を秒殺KOしたんだ。まともに戦って勝てるわけないんだよ。

「極竜山とか言ってたっけ? あの亡霊。はぁ、霊なんだから、成仏してくれたらいいんだけどなぁ」

 何気なく呟いた俺の手をガシッと掴み、真衣は目を見開いた。

「それよ!!」


 ◇ ◇ ◇


「ただいまより、準決勝を行います! 東より 女子高生力士、高山マコ! 西より、超人的凡人、高木道弘!」

 騒めく場内。視線は俺に集中していた。

『さぁ第三回戦、事実上の準決勝です。しかし解説の柳原さん。高木選手のこの格好はなんなんでしょうか? ふざけているようにしか見えません」

『さすが超人的凡人の高木選手です。発想が凡庸すぎて逆に新鮮ですね』

 うるさい、言いたい放題言いやがって。

 俺は実況席の二人を無視し、袈裟の袖から両手を出して胸の前で合わせる。おててのシワとシワを合わせてやる。

『お坊さん、のコスプレですかね?』

『そうでしょうね。これは……、面白い』

 珍しく柳原さんが笑いをこらえている。


『ラウンドワン! ファイト!!』

 レフェリー、鮫島会長の合図と共に俺は大声を張り上げた。


何妙法蓮華経ナンミョウホウレンゲキョウ何妙法蓮華経ナンミョウホウレンゲキョウ何妙ナンミョウっ!!法蓮華ホウレンゲっ!キョーーッッ!!」

 別に俺は仏門の徒ではない。が、古来より幽霊対策といったら、まずこれだろう。


『ああっと!高木選手まさかというか予想通りというか、ともかく、お経だー! 高山選手に霊がとりついているからといって、何という安直な思考なんでしょうか! 幽霊見たら、まずお経! まさに昭和の発想です!』

 だからうるさいってんだよ。凡人には凡人の戦い方があるんだよ!

『ですが、見てください! 高山選手の様子を』

 解説の柳原さんの言うように、確かに高山の表情が変わった。

「聞いてるわよ! 道弘! 次の手よ!」

 真衣に頷く。脇から袋を取り出す。

「あ、悪霊!たいさーん!!」

『何とー!高木選手、今度は塩だー!塩を高山選手に投げつけたーっ」

 清めと言ったら塩だろう。

『あーっと効いてます! まさかの展開です!高山選手苦しんでます! 見てください! 極竜山が憑依している時にできる眉間のシワが無くなっていきます!』

 高山マコの体を淡い光が包み始める。

 その光が消えたとき、立っていたのは普通の女子高生だった。


「はっ、私は一体……」

 高山が目が覚めたようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 やった!やったぞ!


『何ということでしょうか!!高木選手、高山選手に取り憑いていた江戸力士、極竜山をいとも簡単に除霊してしまいましたーー!!』

『これは高山選手、ピンチです! 極竜山の力を借りなければただの女子高生です。いくら高木選手が超人的凡人だと言っても高校生の男子ですから、本気で戦えばどちらが勝つかは明白です』

 そりゃそうだ、解説の柳原さん。まさか本当に極竜山を除霊できるとは思っていなかったが、こうなりゃこっちのもんだ!


「さぁ! 高山さん! こうなったら君に勝ち目はないぞ! おとなしく降参するんだ!」

 相手がただの女子生徒に戻ったので、急に強気になる俺。

「嘘、本当に? 本当に? 極竜山……! 極竜山っ! ……本当だ。本当に私の体から消えている」

「ね? ね? そうでしょ!だから棄権するよね? だって高山さんは優勝して極竜山の呪縛から解き放たれたかったんだよね? よかったじゃん! これで君は自由だよ!」


『素晴らしい!高木選手、超人的凡人のくせに、除霊をやってのけました! これで次の試合はまさかの凡人対元凡人という超人感の全く皆無な決勝になってしまいます!」


 実況め、やかましいってんだ。勝ちは勝ちだ。超人格闘大会なのに、全然「格闘」してない気はするが、それは仕方ない。俺の戦い方はこうなんだから。


 思い返せば、魔族がいた。魔法少女もいた。格闘ロボも、拳法家も剣士もいた。宇宙人だっていた。その中で俺が勝ち残り、ついに次は決勝なのだ! 

 あの憎き異世界転生勇者チート野郎と戦うことができるのだ。

 拳を突き上げ雄たけびをあげる。

「俺がファイナリストだ!!」


「待って!」

 へ? 

「待ってよ。なんで君が決勝に行くって決めてるの?」

 目の前の女子生徒がキッと俺を睨んでいる。

「あ、いや、だって高山さんはもう極竜山がいないんだからこの戦いを続ける意味なんてないでしょ?」

「……極竜山は私に股割りを教えてくれた」

「は?」

「トラックに轢かれかけた時に、うっちゃりでトラックを投げ飛ばして命拾いしたのも、間宮先輩との初デートで不良に絡まれた時に、櫓投げで撃退したのも、全部極竜山がいたおかげだった!」

「だ、だから……?」

「いなくなって初めて気づいた。私、極竜山がいてくれて少しだけ積極的になれた。極竜山がいなかったら、私内気な子のまま終わってた」

「で、でも力士だよ? 恥ずかしいじゃん四股踏むんだよ?」

「それでも! 彼は私に相撲を教えてくれた! 私は全然やりたくなかったけど、それでも、そのおかげで私はここまでこれたの!」

 知らんがな。と思いつつも、なんだか熱くなっている高山に気圧されて口を閉じる。

「私、棄権しません! この試合、極竜山に捧げる! 彼のために私、あなたと相撲を取るわ!!」

「うわぁ……まじかよ、こんな展開望んでないんだけど……」

 どしん、どしん、と見事な四股を踏む高山。しっかりと軸足に体重を乗せて振り上げる足は天高く、地を踏みしめる足裏は力強い。

「さぁ! 仕切り直しよ!」

 高山マコは本気だ。こいつ馬鹿だよ。

 高山マコは蹲踞そんきょの姿勢に入る。要するに取り組みが始まる前のうんこ座りみたいなアレだ。


 パン、パン、と手を叩くマコ。いわゆる塵手水ちりちょうずで、手を清めたのだ。

 完全に力士の動きだよ、それ。しかもベテランの迫力がある。ひきつった顔で見てる俺を睨み上げ、左手の拳を地につける。タイミングを計っているようだ。

 俺も仕方なく、足を開き、腕を上げ戦闘態勢に入る。とは言っても格闘技の心得などないのでテレビゲームのキャラの真似だ。


「行くよ!!」


 勢いよく飛び出したマコ。

 低い姿勢で俺に向かって突撃してくる。

 体重40キロそこらの体重なのに、やたら重く感じるぶちかましだ。


「ぐおっ!」

 なんとか耐える。高山マコは俺の制服のベルトを掴む。上手を取られた。

 だが、俺だって女子と組み合って力負けするほど、軟弱ではない。

高山マコは上手投げを仕掛けてくるが、極竜山がいなければただの非力な女子高生だ。


「どりゃー!!」


 逆に力任せに投げ飛ばしてやった。

 なんとか残そうと耐えた高山マコだったが、力及ばず地に体をつけた。


「どうだ!コンチクショー!」


 両手を上げて咆哮する。

 女の子を投げ飛ばして大喜びってのも、普通に考えたらかっこ悪いんだけど。


「……負けね、私の。完敗だよ……」


 ポロポロと涙をこぼす元女子高生力士。


「私の中から極竜山はいなくなっちゃった。でも、相撲取りの魂は私の胸に宿ってる。私、相撲なんて嫌いだけど、彼の信念を受け継ごうと思うよ。うん、決めた」


 晴れやかな表情の高山マコ。

「私、相撲部を作る。極竜山が好きだった相撲の火を消さないために!」

「高山さん……」

 雰囲気に流され、なんとなく神妙な面持ちになってしまったが、冷静に考えれば、心底どうでもいい。勝手にやってくれ。

「降参、ということでよろしいですか?」

 レフェリーの鮫島会長が優しく高山マコの背中を撫でる。

「はい……」

ゆっくりと高山マコが頷いた。

 やった! 勝ったぞ! 今回はようやく多少格闘っぽいことをしたぞ!でも実際は女の子投げ飛ばしただけだけど!そんなことを思いながらも拳を上げた瞬間だった。


 どーん!!!


 突然の雷。曇ってもいないのに雷刃が武道場を直撃した。

 辺りが暗くなる。ブレーカーが落ちたのか?会場の照明がすべて消えた。


(フォッフォッフォ、マコや、そんなにわしがいなくなるのが寂しいのかの)

 暗闇から声が聞こえる! なんだ!どこから聞こえるんだ!?

「極竜山!? まさか極竜山なの!?」

 一人芝居のように高山マコが辺りを見渡す。

(そうじゃ、お前さんのわしと相撲に対する熱い思いがわしの魂を再び現世に呼び戻したのじゃ)

 姿は見えない。だが確実に声が聞こえる。会場中の人間に声は聞こえているようでどよめきつつも皆一様に首を動かし声の位置を探している。

「そんな、そんなことって……、じゃあこれからも一緒に居られるの?」

「ああ。まだ地獄には行けんわい。わしが本当に成仏するには、わし同様にどこかの女子高生に取り憑いてるわしのライバル雲龍丸うんりゅうまる土風六どぶろくを倒さねばならん」


 あ、そういう設定があったのね。知らんけど。

「それまで、一つよろしく頼むぞ、マコや」

「うん、ありがとう極竜山! でも、ちゃんこは二日に一回だからね」

「な、何を言う!飯を食うのも力士の仕事じゃ!」

「いやよ!3キロも太っちゃったんだから、ご飯はダメ!」

「こ、この小娘め、優しくすればつけあがりおって!」

「何よ!この腐れ幽霊! 欲望に負けて食べてばっかだから独身のまま死んじゃったのよ」

「そ、それは今は関係ないであろう!」

「ふん! しーらないっ!」


「あの、とりあえず、試合は高木選手の勝利で幕を下ろしてるんで、後でやってもらっていいかい?」

 鮫島会長が割って入る。そうでもしなきゃずっと罵り合いをしていそうな剣幕だった。


「あ。ごめんなさい」

 礼儀正しく頭を下げて、女子高生力士は身を引く。


「ごほん、では改めて……。勝者、高木道弘!!」


 よっしゃー!!

 俺が決勝なんて!

 まさかここまでこれるとは思わなかったぜ!




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