第4話 「人生プランを練り直そうな」

図々しくも少女(の体型をしたカメレオン)は空になった湯飲みを差し出してきた。「おかわり」

サトウは断固として拒否する。「帰れ!」

肩の動きだけで、少女は見事に悲しみを表現してみせた。「うう……初恋の人からそう言われるのは悲しいです……乙女の純情がズタズタです」

「カメレオンの頭をかぶったオンナを乙女とは言わん! いいから帰っ……いや待て、色々明らかにしていけ!」

「スリーサイズとか性癖とか?」

「求めとらんわァーーー!!」


バァン! と床を叩けば、カメレオンはテヘペロッ☆と自分の頭を小突いてみせる。

サトウの胸の内にどす黒い感情が湧いた。


……落ち着こう。

向こうのペースにはまってはいけない。


自分に言い聞かせ、サトウはさりげなく部屋の出口を自分の体で塞いだ。

カメレオンと向かい合う形で相対する。


「じゃあ、まず……名前は?」

「サトウ」

「!?」

「になる予定です。近日中に」

「ウン、それがもし俺との入籍を意味しているならその可能性は万に1つもないから人生プランを練り直そうな。現時点での本名は?」

「……」何か考えるような間があった。「じゃあ、トホで」


完全に偽名である。


が、ここで躓いていては話が進まない。色々言いたいことがあるのをぐっと飲みくだして、サトウは先を進めた。


「その、ふざけた格好は、なんだ?」

「私の」

「頭ですっつーのはナシな」

「先手を打たれた……」

「で、 実際のところは?」

「初恋の人の前で真っ赤になって照れる様子を見られたくない恋する乙女の微妙な感情のゆらぎといいましょうか」

「要は素顔を見られたくないワケだ」

「そうとも言いますナ」

「俺のことが好きだとかいう戯言はもういい。本当の狙いはなんだ? こう見えてFBI捜査官ですとかそんなんだろ。ああ?」

「ひっどぉぉぉい!! こんなに愛してるのにまだ私の愛を疑うんですか!? まだ愛し方が足りませんか!? 上等だぁ!」

「違う! 分かってる! お前の愛は骨身に沁みてる! もうやめてぇ!」


と、本気でビビってからハッと我に帰るサトウ。


「じゃねーやそうだ一番聞きたいのがお前の愛情表現!? 愛情表現っつーのコレ!? このストーキング行為はどうやってやってんの!? 情報網はどこだ!」

「あら、安心してください。よそに漏らすようなことは絶対しませんから。わたし、サトウさんを守りこそすれ危害を加えることはしません。愛ゆえに」

「愛ゆえにか」鬼気迫る笑みを漏らすサトウ。「信用ならねぇ……!」


カメレオンはころころと鈴を転がすような声で笑った。


「好きな人のことは何だって知りたくなるのが恋する乙女というもの。たとえそれがどんなに入手不可能な情報だとしても!」


グッ! と拳を握るカメレオン。

彼女をげんなり見つめるサトウ。


「……俺の好物は?」

「塩! というよりは塩気のある食べ物を好むといいましょうか、食に対するこだわりは皆無に等しいけど統計的に甘いものよりしょっぱいものを好む傾向にあるよね!」

「俺の愛読書は?」

「漫画以外唯一読む活字の本は絵本『100万回生きたねこ』。私も好きですよ!」

「俺のパソコンのパスワードは?」

「あら、ロックなんかかけてないじゃないですかぁ。玄関ロックの声紋解除コードが『ひらけごま』なところからして、ちょっとセキュリティに対する意識が低くて心配です」

「うう」

「? なんで泣いてるんですか?」


コワイから……。


ぽん、とカメレオンのトホが自分の手を打った。「あ、そだそだ。わたし、今サトウさんが何を考えているかも分かりますよ」

「ハァ」読心術まで使いやがるのか、もはやどうにでもしてくれという心境でサトウはヤケクソの相槌をうった。「さいで」

カメレオンは最高にカワイイ角度で小首をかしげてみせた。「サトウさん、私のこと殺そうと思ってるよね」



部屋の空気がぴり、と張り詰める。



「……ま、ここまで知られてちゃな」

「そりゃそうですよね。私がサトウさんなら同じことを考えます」


トホは湯飲みを持ち上げ、中身が空になっていることを思い出す。残念そうに机へ戻した。


「でも私、死ぬ気はさらさら、ないんです」

「は?」


トホはぐう、と伸びをした。


「とりあえずこの家の刃物は全て隠しちゃいましたし、銃器の類も同じく隠しちゃいました。私を殺す手段として残るのは単純にあなたの腕力に訴える、という……」


最後まで聞くまでもなく、サトウは動いていた。

話し続けるカメレオンに向け、

前のめりに、


「……方法があるんですけどまあ、ソレも今となっては不可能ですねぇ」


倒れこんだサトウを見下ろして、カメレオンが手の中の湯飲みを弄ぶ。

間違いない。着ぐるみの中の顔は笑っている。


「体が動きませんか? そうでしょうそうでしょう、実はこの湯飲みの中の液体は常温で気化して室内に拡散し、吸い込んだ生物を意識があるまま行動不可能にするのですよ。大丈夫、死にゃしませんしすぐ動けるようになりますからね〜。あ、私は問題ありません。このカメレオンヘッド、防毒マスクなんで。カワイイでしょ? っと、じゃあまあファーストコンタクトという名のご挨拶は終わったので、私は退室させていただきます。ホントはサトウさんのお部屋にお邪魔して好きなだけはっふはっふのたうち回りたかったんですけど今後のお楽しみに置いときますね。あまり人のプライバシーに踏み込むのもなんですしね!」


何が一番辛いって、動けないことよりこのツッコミどころ満載のセリフに何一つ突っ込めないことが最も辛い。不本意である。

サトウは心の中で盛大に歯ぎしりした。


「私本当にあなたを愛してるんです……恋してる。人を殺すあなたを見てすごく動悸が激しくなったの。冷たい汗が出たの。あんな衝撃は初めてだった。これが……」


それは恋じゃなくて恐怖だと思うぞ! と叫びたいサトウだったが、声が出ない。


「……これが恋なんだって思った!」


ホント救いようのないバカ!!! と叫びたかったが、声が出ない。

そんな彼の心中は無視してトホはうっとりと続ける。


「特に悔しさに歪む顔が大好き。私からの手紙に顔をしかめてくれる、私からのメールを内容も見ずに消去する、私からの接触のたびに最高にイヤそうにしてるその姿、すっっっごくキュンキュンくるの! こんな気持ちはじめて! 毎度ごちそうさまです!!」


こいつ本当に俺が好きなのかな?

やっぱり身内の仇とかですっげぇ憎まれてるんじゃないのかな!? と激しく疑うサトウ。だが声が出ない。

なすすべなく横たわるサトウの前で、トホが立ち上がった。


「徒歩で来たので、徒歩で帰りますね。明日は自転車で来るので、チャリと呼んでくださいな」


……呼び名統一してくれないかな……


すい、とサトウの隣を横切って玄関に向かうトホ。

微動だにせず見送るしかないサトウは、




「ああ。

そういえば私、知ってますよ。


なぜ人は五体満足のまま死ぬのか」





かたん、と玄関のドアが閉まる音を、息を詰めて聞いていた。

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