鬼も内.11

「この作品の銘はご存知ですか?」

 私のその言葉に彼女は意外そうな顔をした。

「銘……?」

「銘なんてあったの? こんな名もない人のものに?」

「奥様のお父上はきっとたくさんの……色々な想い。それは焦りだったり口惜しさだったり妬みだったり――そんな人間であったら誰しも持っている想いを全て、全て受け取り、受け入れて生きられたのだと思うのです。そしてそれらの想いを愚かであるとも決めつけず。むしろそうであるべきと」


 私の言葉に夫人は静かに頷きながら聞いていた。

「そしてその上でご自身を見つめるように、と。この茶碗の銘は『鬼も内』と申します」

 彼女の唇が震えた。

「鬼も内……」

「すべてを受け入れ、受け取り、愚かでもよいと? 自分を見つめるように?」

「素晴らしいお父様ですね。お会いしたかった」

 私は黙って黒楽を黄金布で包み、桐箱に納めて丁寧に真田紐を掛けた。

「このお茶碗はきっと奥様の元へ帰りたがっていることでしょう」

「……え?」

「お値段のつけようのない思い出話のお代金として、このお茶碗でお支払させていただいてよろしいでしょうか」

 もはや外はすっかり日が暮れきっている。

 夫人の目からまた大粒の涙がほろほろとこぼれ落ちた。


***


 深々とお辞儀をして立ち去る彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、私とひなこ、ふたばはずっと見送った。

 また風に乗って小さな雪片が舞ってきた。

 明日は節分である。

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