逢魔時堂

杠 志穂

逢摩堂

逢摩堂

 私がこの店を任されたのは、まことに奇っ怪な経緯からだった。

 これを手短に話すならば「まあご縁です」ということになるのだけど。

 時折、その一言では済まさせないぞ、という御仁が現れることもある。そうなるとその人は、丸々二時間余りこのうんざりするほどややこしい話に付き合わされる羽目になるのだ。


 往々にして途中で「ああ、聞かなければよかった」という表情が露骨に浮かぶのだけれど、そこで止めるともっとややこしい事になるのでその顔は見なかったことにして最後まで聞いてもらうことにしている。

 しかもこの話になるときには、私の咳払いと共に誠に自然な形でお茶を運んでくるひなこが

「長く……なりますよ」

 と一言呟くという事前予告付なのだから。あなたが聞きたがったのですよ。仕方がないではありませんか。


***


『逢摩堂』という古い木で造られた横長の看板が掛けられたこの店は、元々は古本屋であったらしい。私とひなことふたばが「お好きなように」と前店主からいとも簡単に、いとも無責任にこの店の鍵の束を手渡され、明日また詳しい説明が聞けるものと思って翌朝店の前まで行くと、寒そうにコートの襟を掻き合わせながら別々の場所で待っていた二人から「遅い」と叱られた。

「え、開いてないの?」

「開いてたらとっくに入ってます!」

 それは確かにその通りである。それにしてもなぜ開いてないのだ。いくら、お好きなように――と言われたとはいえ、簡単な説明やら事前教育やらが普通はあるものではないのか。


 そしてその場合は当然先に来て待っているものではないのか。新入りに店を開けさせることなどないだろう。しかも今日から勤務するという新人に。

 確かに鍵は預かってはいる。でもこれは合鍵であろう、普通であれば。もしものとき用であろう、普通であれば、だが。


 とりあえずシャッターの鍵はどれだ――あ、これか、シャッターと書いてある。シャッターを開けたのならば、その先にある自動ドアも開けるために下にある鍵穴に鍵を差し込む。かちり、と鍵は開き、力任せに自動ドアを開こうとするのだが……すごく重いのはなぜなのか。いくら電源が入っていないとはいえ、内から誰かが必死に押さえつけているのではないか、と思えるくらいだ。


 三人がかりでようやくこじ開け、店内に入ると店の中はがらんどうだった。

 確か昨日までは古いとは言うもののショーケースやら棚などが配置され、まがりなりにも営業している風体があった店内は、ものの見事に何もかもがさっぱりと無くなっている。思わず私たちは顔を見合わせた。

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