チーム・ラポーテシの合宿所
平居寝
第1話
チーム・ラボーテシの合宿所
「あれ、カズじゃん、なんだよカズかよっ」
相変わらずのキンキン高い声。その声に気
づいた様に、ゲーム画面から筐体の脇に視線
を移した。
向かい合った対戦型の筐体の反対側から覗
く、これといって特徴のない見慣れた顔。
「あれゃ、久しぶりですね」
「何年ぶりだっけ? 1年ぐらいだっけ?」
「ええ、まぁそれぐらいですかね」実際は
3年だ。だがまぁ、俺が近くに居たのに気付
かずに居たという意味ではまぁそれぐらいだ。
「相変わらずオマエ強ぇえなぁ「格闘覇王」
は。なーんかやっててカズなんじゃねぇかっ
て思ったんだけどやっぱカズだった」王道の
格闘ゲームをプレイするのに3年前からウィ
ークポイントが全く変わっていない。そこを
以前と同様に攻めたのだから当然の結果だろ
う。しかし、3年も経てば反射スピードが遅
くなっているかと思ったらむしろ早くなって
いるように思えた。
「で越当さん今日ってお休みなんですか」
「あ、あぁあ」越当は曖昧な調子で返事した。
こちらを伺う様な目つきだ。
「ちょっと、息抜きかな」
「仕事の合間、ですか」
「あーまぁ、そうだな、仕事の合間かな」
「でも、ゲームの合間にゲームって」もう、
はぐらかせないだろう。
「なんだよ知ってんのかよ」途端に表情が柔
らかくなる。というより、優位に立った様な
余裕が浮かんだ。
「ホームページ見ましたよ、チームの。凄い
じゃないですかプロのゲーマーって。いつの
間になってたんですか」
「まぁ、知り合いの紹介でさ」
「で越当さん大学は?」
「あー、辞めちまった。‥専念したくて」
「さすが、本気じゃないすかっ」
「いや~、なぁんかな。辞めなくて済むなら
辞めない方がいいぜぇ」
そう言いながら越当はまんざらでもなさそ
うな表情を見せた。
「凄ぇなぁプロのゲーマー…年収一億ぐらい
いくんでしょ?」
「全然ねぇよそんなの。まぁ、同い年のリー
マンよりは貰ってる‥ぐらいじゃねぇか、よ
く分かんないけど」
「やっぱり凄ぇなぁ。ゲームで食ってくなん
て理想じゃないですか、凄えですよ。いい暮
らししてるんだろうなぁ」
何か思いついたような表情が越当の顔に浮
かんだ。‥しかしそれにしても分かり易すぎ
る。
「実はさ、俺、今、他のゲーマーと共同生活
でトレーニングしながら暮らしてんのよ。4
ヶ月後にEX-EXPO-MAXの国際大会
があってさ。強化合宿って奴?」
「えーっ、なんですかそれっ、ますます凄え
じゃないですか。やっぱプロは違うっすねぇ」
「…ちょっと来てみる? 近くなんだけど」
「えーっ、いいんですか」
ゲームセンターを出て、俺達二人は通りの
奥に入った。
「カズってさぁ」「今って何してんの?」
「えー? 今ですか?」
「学校は?」
「あーちょっと休学しちゃってて。そろそろ
行かないとですけど、ね。ちょっとまだ」
駅や表通りから離れてはいないが、裏通り
のそのまた奥といった路地にはほとんど人も
車も入って来ず、古ぼけた雑居ビルが並んで
いる。
「なんか駅から結構時間かかります、この辺?」
「まぁな。でも騒々しくなくていいよ」
何かあっても大騒ぎになるまで時間を稼げ
そうだ。
「あーカズ、こっちこっち」
珍しくまだ新しさが伺えるビルの入り口に
越当は入っていく。
「このビルだけまだ新しいですね」
「あー、そうなんだよ。セキュリティも万全。
カードキーがないと入れないビルなんてこの
辺じゃここだけだぜ」
ロビー内にあるドアにカードキーを通して
入り、さらにその中のエレベータの扉脇のス
リットにもカードを通す。
「最上階を会社が買い上げてて改装したんだ」
「会社?」
「そ。ウチのチームって会社だから。会社員
なんだよ俺、正社員」再び、越当の顔にちょ
っとした優越感が浮かんだ。‥しかしこんな
に分かり易い奴だったか? 三年前はこうで
はなかったし、一年前に密かに観察を始めて
からもこんな素振りは見た事がなかった。
「あー、そーかホームページに社長の人の写
真、出てましたよね。篠原さんでしたっけ?
何してた人なんですか?」
「ん〜、俺らみたいにゲームしてたんじゃね
ぇのか。あまり自分の事話さない人だからな
ぁ。まぁ、ほら、カリスマだから」
カリスマ、イコール自分の事を喋らない人
ではないだろう。
「健康診断も三ヶ月に一度やってくれるんだ
ぜ」
エレベーター内の階数説明パネルには、横
文字の会社名が並んでいる。
「へぇえ、なんか横文字の会社ばっかり入っ
たビルですね。外国の会社ですか」
「あー、エレベータに時々、外人が乗ってる
なぁ。まぁウチの会社も横文字だけどな」
照れくさそうな、それでいてますます優越
感が溢れ出てきそうな色が瞳に浮かんだ。
エレベーターは最上階に着いたが、ドアは
開かない。と、階数表示のパネルの数字ボタ
ンのランプ全てが光った。越当は慣れた手つ
きで幾つかのボタンを押す。
ドアは開いた。
「チーム・ラボーテシへようこそっ」
中は確かに改装されているようだった。壁
や天井が白色で統一された広いリビングが広
がっている。ペントハウス風、というのだろ
うか。観葉植物の鉢やカラフルな椅子・テー
ブルが「合宿所」のイメージと違う印象を放
っていた。一方の壁には大きな窓がとってあ
り、低い雑居ビルが並ぶ中、一棟だけ目立つ
ガラス張りの高層ビルに、堕ちてきた陽の光
が柔らかいオレンジの光を反射させていた。
「凄っげぇ。なんか映画みたいじゃないすか」
もう一方の壁には巨大なモニタが設置され、
他にも、その周辺にはほどほどの大きさのモ
ニタが幾つか置かれていた。ほどほどといっ
ても一般家庭では充分に大型モニタと言って
いい大きさだ。それぞれのモニタにはゲーム
が映し出されており、それぞれにプレイして
いる男達が居た。チームのプレイヤーだろう。
ホームページで見た顔だ。
「夕飯までは自由時間なんだけどさ。自主練
やってる人も居る」
しかし。
「なんかカメラ多いですね」リビングの高め
の天井の四隅にそれぞれカメラが取り付けて
あった。
「ああ、ココさ、スポンサーからの提供品が
結構あるからさ」越当の目がまた自慢気に輝
く。「キーボードとかマウスとか、あとウェ
アとか。海外のゲーム大会に出たりする時、
スポンサーの最新の機器を使うんだよ。それ
が配信中継されるとスポンサーの宣伝になる
のよ。まだ開発中の物もあるから、セキュリ
ティしっかりしないとさ」
「厳重ですよね、入り口もカードないと入れ
ないし」
「それだけさ、重要なのよ、俺達は」
確かにまぁ、重要なのだろう。
リビングルームからは仕切りがなく食堂ら
しき部屋に繋がっていた。そこも広々として
いてチームのメンバー達が飲み食いしていた。
さらにキッチンが続いているが、食堂もキッ
チンも天井にはやはりカメラが付いていた。
キッチンにはシンク、コンロ、食器棚、そし
て冷蔵庫‥と一通り揃っている。
「ウチ専門の調理師が居るんだよ。そろそろ
食材の買い出しから帰ってくる。 あ、社長っ」
室内の空気がちょっと緊張したようだった。
慌ててリビングに視線を戻す。
広大なリビングの奥に廊下が続いていた。
その入り口に、男の姿があった。
短めに刈った髪に顎髭、そしてサングラス。
体格はガッシリしている。この時期に日焼け
しているというのは日焼けサロンか何かで焼
いているのだろう。そして1メートル80はあ
ろうかという身長は一度見たら忘れられない
特徴だ。
「おはよう、おはよう。ハイハイ、手を休め
なくていいから。練習続けて」
その男‥篠原社長は室内をさっと見回し、
俺と越当の所で目を留めた。
「オ早うございます社長っ」越当が今まで見
せなかった緊張を見せながら頭を下げた。体
が硬くなっている。
「おはよう越当くん。えーっとそちらは?」
「あ、はい、あの、実は、自分の、後輩みた
いな、の、でして、あの、僕より、格闘覇王
なんかは強いんです。あ、でもMAXは全然、
俺の方が全然、出来ます、本当です」人を敬
う気持ちがない奴が敬語を使おうとするとこ
うなる。
「へぇ、越当くんの後輩ですか」社長は俺の
顔をなんとはなしに見回した。「君、兄弟居
る?」
「はぁ、妹は居ます」
「前に会った事、あったかな?」
焦ったように越当が口を挟んだ。
「え、いやぁ、こいつ川崎の出身なんですけ
ど」そんな事を教えろとは一言も言っちゃい
ない。
「お前、しゃ、社長と会った事なんかないよ
なぁ、んぁ?」
「川崎?」言いながら社長が俺をしげしげと
見る。
「あー、初めてお目にかかります。川崎と言
っても宮城県の川崎町です」
「えっ、お前、川崎じゃないの? あの、あ
そこの、川崎」
それは神奈川県の川崎市だ。
「で、今日はなんで?」
「あの、すいません、こいつ、ちょっと金欠
らしくて、バイトにやとってくれませんかね。
中里さんの代わりの助っ人さんが入って来る
まででいいんで」
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