6月

 暦の上では一応夏にはなる訳だけれど、雨が多くっておかげで温かい飲み物や食堂にある電子レンジで温められるものがよく売れるようになってくる。湿気で商品が傷まないように気を遣うけれど、幸塚高校なんかは食べ物が残る心配なんかはほとんどないから、ノートやルーズリーフみたいな紙商品が駄目にならないかを心配するだけでいいからある意味楽と言えば楽。

 自転車通学の子用のレインコートに、折り畳み傘、ビニール傘なんかを廊下の邪魔にならない程度に外にも出して並べている所で、私は思わず「おっ」と口から漏れそうになってしまうのをぐっと堪えた。

 廊下をペタペタと歩いている子が目に入ったのだ。確か鏑木君が「芙美」と呼んでいた「えこうろ」の主人公格の女の子。今は部活に出ていたせいか制汗剤の匂いを纏っていた。爽やかシトラスの匂いはスポーツ少女によく似合う。一緒に歩いているのはやっぱり鏑木君みたいね。


「面倒くせぇなあ、本当女って」


 心底そう思うって言うような声を吐き出す鏑木君の手の甲をきゅっとつねり上げる芙美さんに「うぎゃっ」と声を上げる鏑木君。二人の気安い関係は明らかに男女のそれと言うよりは男兄弟を持つ姉妹の対応って言うのに近い感じ。中途半端に年が離れていると完全に生きている速度が違うから同じ家に住んでいる赤の他人って感じにもなってしまうけれど、年が一つ二つだけしか離れていないなら、嫌でも相手をしないといけなくなってしまうって言う、そんな近い感じがする。

 芙美さんは和風美人な頬をほんの少しだけ膨らませながらつぶやく。


「健斗は雑なんだよ。だから彼女ができないんだよ」

「いや、面倒くせぇの苦手だけどさ、そりゃあ」

「女の子なんて私に限らず大概は面倒くさいもんなのに、それが嫌って言っていたら話になんかなりません」


 ああ、分かる分かる。女の子のわがままを全部「面倒くさい」で一蹴しているようじゃ、そもそも同じ土俵で恋愛なんかできる訳ないもんねえ。思わず頷きそうになるのを堪えつつ、雨用コーナーが出来上がったのを確認してから店の中に戻ろうとした所で「すーみません」と鏑木君から声をかけられる。


「すみませーん、まだパンって届いてません?」

「ちょっと健斗、業者来るの大分後なのに今来てる訳ないでしょ!?」


 君ら本当に仲いいな。思わずぽろっと出そうになる言葉を飲み込むと、私も「ごめんねえ、まだ届いてないのよ」と謝る。


「ちぇー……」

「ほら、何がっかりしてるの、お姉さん困ってるじゃない! すみません、馬鹿な事言って」

「いやいや、食べ盛りが食べてるのは見ていても気持ちいいし。それじゃあそろそろ授業だし、早く教室に戻りなさいね」

「はあい」


 二人がまた何か言い合いながら教室に走っていくのを眺めて、私は思わず目を細めてしまう。眩しいわよね、やっぱり。乙女ゲームづいていると、ついついフラグを追いかけてしまうけれど、やっぱりそういうのは見ているのが一番ちょうどいい感じ。

 でもなあ……芙美さんの失恋情報って言うのは、鏑木君の話に聞き耳立ててる限り確定みたいだけれど。でもあんないい子が振られる理由が分からないな。そりゃ外部業者から見たいい子って言うのと教室で見るいい子って言うのは違うかもしれないけれど。でも女の子って言うのは男の子の前で背伸びをするのは当たり前。女の子の前や自分と直接は関わらない人の前でこそ本性を現すものだから、外部業者から見ていい子って言うのがマイナスポイントに見えるかって言うと微妙な気がするのよね。

 そう私が店の中に戻りつつ、もうそろそろチャイムが鳴ったらしばらくは休みねと思っている時。こちらに視線を感じる事に気が付いた。えっ、何。思わず気配の方に視線をやって、思わず目が点になる。あの没個性的な子は、確かフォークダンスの時芙美さんの手を取らなかった芙美さんを振った子……よね? 購買部に用があると言うより、走っていった芙美さんか鏑木君に用があったって感じかな。私は少しだけ考えてから声をかけてみる事にした。


「急がないと遅刻しちゃうよー。ほら、もうすぐ予鈴鳴るし」


 途端にびくっと肩を跳ねさせてから、心底気まずそうな顔でこちらを見てきた。あ、あら? 声かけるのまずかったのかしらん。私が思わず目をぱちくりとさせると、男子は「分かってますから」とむすくれたような声を上げてから、さっき通り過ぎた二人の背中を追いかけるように走っていった。その背中はさっきの二人と違って随分と小さく見えてしまった。

 あら、まあ……。私は思わずその背中を眺めていた。青春しているわねって言う言葉は何か違う気がして使いたくはなかった。傷付くのが青春だと言うなら、わざわざ傷付いてまで青春なんてしたくないって思ってしまうもの。でも何かパズルのピースが噛み合ってないのかもしれないなと思ってしまった。

 でも、外部業者でも口出しする方法は何とか見えてきたかな。これだったら、私も芙美さんをどうにかする方法は見えるかもね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る