06 若林宅・呉宅
その夜。若林家の空気は、今朝以上に重くなっていた。
(まーちゃーん! 助けてぇー!)
美奈はリビングの隅で、ここにはいない正木に必死に助けを求めていた。もともとみんな彼が蒔いた種なのだから、彼がどうにかするのが筋というものではないのか。
しかし、幸か不幸か、美奈以外の若林家の人々は、そのような考え方をしない者ばかりだった。
「どうぞ」
たとえどれほど険悪な状態であっても、若林家の台所番はいつもと同じように夕飯の支度をし、若林家の主の前に料理を並べた。
だが、いつもなら穏やかな笑みを浮かべている美しい顔は、今は完全な無表情で、彼がこれまでにないほど怒っていることは、わかりすぎるくらいよくわかった。
「ああ、ありがとう」
しかし、それ以上に怖いのは、主――若林のほうは、普段とさして変わらないことだ。台所番――夕夜が怒っていることは、いくら鈍感とはいえ、若林にも伝わっているだろうに。
いっそ口に出して、怒鳴りあいでもつかみあいでもしてほしい。こんな息づまる時間が続くよりずっとましだ。真剣に、美奈はそう思うのだった。
(ああ! 今ここにまーちゃんがいてくれたら!)
かつて、この家に正木が半年ほどいたことは、美奈も夕夜から聞かされて知っている。
たぶん、そのときから正木はこの家の中心人物なのだ。たとえここを離れていても、今もなおこの家の住人たちを支配している。
正木がここにいたなら、たとえ千代子の勝負を受けることになったとしても、若林と夕夜がこれほど対立することはなかった――と言っても、若林にはそのつもりはないようだが――と思うのだ。
しょうがねえなあと言いながら、夕夜を宥め、若林を罵倒し(でも、最終的には認め)、結局はいいようにしてくれるだろう。正木にはそう思わせてくれる何かがある。
だが、正木は電話はくれたものの、いや、かえって電話をくれた後のほうが、よけい雰囲気が悪くなってしまったような気がする。
喧嘩をしている当事者同士はまだいい。その間に挟まれた自分はいったいどうすればいいのだ?
これ以上こんな状態が続くようなら、避難と非難をしに正木のアパートへ押しかけてやろう。美奈が本気でそう思いはじめたとき、リビングの電話が再び鳴った。
美奈はすぐに受話器に飛びついた。もしかしたら――また正木がかけてくれたのかと思ったのだ。
「もしもし! まッ……!」
『あら、美奈ちゃん。こんばんは。私よ、わかる? 呉千代子』
美奈は驚きのあまり、何も返すことができなかった。
よりにもよって、千代子。
ダイニングの二人が無言の喧嘩をすることになった、最大の原因。
『もしもし? どうかした? 私はいつまでも美奈ちゃんとお話していたいんだけど、若林に伝えなきゃならないことがあるのよ。申し訳ないけど、代わってもらえるかしら?』
千代子が美奈に話しかけるときは、いつもとても優しい。勝負のことなど言い出されなければ、美奈も千代子に対して悪感情は持たなかったと思う。
しかし、美奈が今、いたたまれない思いをしなければならないのは、この千代子のせいだ。美奈は複雑な気持ちを抱えながら、うん、わかったと答えて、電話を保留状態にした。
「若ちゃん、電話! 昼間のクレさんから!」
その声に反応したのは、若林と夕夜、同時だった。
「呉さん? 何て?」
「わかんない。若ちゃんに伝えたいことあるから代わってって」
「……そうか。わかった、出るよ」
若林は美奈から子機を受け取ると、息をひとつ吐いてから出た。
「お待たせしました。若林です」
『昼間はどうも。おかげさまで、正木と七年ぶりに会えたわ。ありがとう』
――相変わらず、嫌味だなあ。
さすがに若林もそう思っているのだが、実のところ、若林は呉千代子という女を苦手だとは思うが、嫌っているわけではない。
大学時代、千代子は正木と始終一緒にいて、若林に話しかけてくることはほとんどなかった。だが、正木がいないとき、何度か詰め寄られたことがある。それはすべて正木がらみで、なぜあれほどあからさまに正木を避けるのかという非難だった。
そのたび若林はそんなことはないと曖昧に笑って逃げたのだが、千代子は千代子なりに正木のことを考えているのだということは、若林にもわかっていた。
だから、若林は千代子のことを一概に嫌えないのかもしれない。誰よりも正木のことを考える。その点において、千代子は若林の同志だ。
「そう。それはよかった。安心したよ」
『私も安心したわ。七年前と正木が全然変わってなくて。たとえ一緒に夕夜を作っても、あんたたちは何も変われなかったのね?』
「……どういう意味?」
『わかってるくせに、あえて私に言わせたいわけ? お生憎様。意地でも言ってやらないわ。悪いのはみんなあんたなんだから。ああ、そうそう、こんなことを言うためにわざわざあんたに電話をかけたわけじゃないのよ。例の日曜の決闘の件。時間が決まったわ』
「何時?」
『コンテストが終わった後だから、午後三時頃ね。でも、多少の打ち合わせもあるから、昼頃には会場に来てほしいってことだったわ。受付で名前を出せば、専用の控室まで案内してくれるそうよ。試合形式は私の好みで空手にさせてもらいました。二分間一本勝負で、勝負がつかなかった場合は専門の審判による判定。当然だけど、武器の使用は認めません。そのかわり、攻撃箇所の制限は一切なし。どう? 何か不都合はあるかしら?』
「ないよ。そちらこそ、そんなルールでいいのかい?」
『もちろんよ。だって、二分以上戦ったら、そっちの体が持たないでしょ? そうね……一分でもキツいんじゃないかしら? お宅の夕夜は、拳でコミュニケーションをとるようにはできていないそうだから』
――正木だな。
いかにも正木が言いそうなことだ。そして、夕夜はその教えを忠実に守ろうとしている。
当然だろうと若林も思う。夕夜にとって、正木の存在は若林よりも絶対的なものだから。若林にとって正木がそうであるように。
『じゃあ、来週。スリー・アールの会場で会いましょう。――逃げるんじゃないわよ』
そう凄んで、千代子は電話を切ろうとしたが。
「あ、ちょっと待って。一つだけ、訊きたいことがあるんだけど」
電話の向こうで、千代子が舌打ちしたのがかすかに聞こえた。
『何よ? 正木関係だったら即座に切るわよ?』
「そうじゃないよ。君に勝負を申しこまれてから、ずっと考えてたんだけど」
のんびりと若林は切り出した。
「君はどうして美奈が欲しいんだ? 美奈には格闘なんて絶対できないのに?」
千代子は何も答えなかった。答えられなかったのかもしれない。
受話器の陰で若林は自嘲した。いつだったか、何がきっかけでだったのかはもう忘れてしまったが、正木が眉をひそめて言ったことがある。――おまえって、案外性格悪いよな。
「美しいだけのロボットは嫌いなんだろう? それなのに、なぜ美奈が欲しいんだ?」
『それは……』
たぶん、初めて千代子は言葉を濁した。いつだって、若林には高圧的な態度でいた千代子が。
「俺もね、美しいだけのロボットは嫌いだよ。でも、戦うことしか能のないロボットもごめんだ。俺がもし君だったら、美奈のように笑うことも怒ることもできるロボットにする」
千代子の返事を待たず、若林は電話を切った。
そうとも。あんな格闘用ロボットなら、正木の手を借りずとも、若林一人で作ることができた。そうしなかったのは、それでは自分が満足できなかったからだ。――あまりにも、簡単すぎる。
子機を定位置に戻そうとした若林は、リビングの隅で膝を抱えて座っている美奈と目が合った。じっと若林を見つめている。自分の名前が若林の口から出たので気になっているのだが、今までが今までだけに、話の内容を問うことができないのだろう。
美奈の
確かにこの美奈には、あのモエのように軽やかに宙を飛び、風に流されていく帽子をつかみとるなどということはできない。おそらく、運動能力は並みの人間程度だろう。
それでも、若林は美奈をモエのようにしたいとは思わない。〝挑戦〟という意味でもしたいとは思わない。
「美奈。……おいで」
手を差し伸べてそう呼ぶと、美奈は一瞬、驚いたように目を丸くし、なぜかダイニングのほうを見た。
つられて若林も振り返ると、そこには相変わらず無表情な夕夜が立っていた。
「僕は、納得していませんから」
ぼそりと夕夜は言った。
「たとえ、正木博士があなたを許しても……いえ、だからこそ、余計に僕は納得できません。そのことだけは、決して忘れないでいてくださいね」
「あ、ああ……」
きつい口調と目で言われて、若林は反射的にうなずいた。たとえ自分が作ったロボットであっても、この声と顔に弱いのだ。睨まれると何も言えなくなってしまう。正木とも、直接顔を合わせていたら逆らえなかったかもしれない。
「じゃあ、僕は明日から土曜日まで、夜はここに出かけさせていただきますので。夕飯の用意はしていきますから、後片づけはご自分でなさってくださいね」
一転して夕夜はにっこり笑うと――世界でいちばん怖い笑顔だと美奈は思っていた――ポケットからメモを取り出して、若林に手渡した。
「出かける?」
首をかしげながら、メモを広げて中を見た若林は、しばらくそのまま固まっていた。
「こんなところに行ってどうするんだ?」
「少なくとも、そこで料理は習いませんよ」
さらににっこりと笑う夕夜。――恐ろしい。さすがに若林も顔をこわばらせた。
「正木博士の知り合いの方が開いている道場だそうです。確かに僕は護身術程度のことは正木博士から習いましたが、正式にはやっていませんからね。付け焼刃でもやらないよりはましだろうって、正木博士が紹介してくれたんです。さすが正木博士ですね。不本意でも、ちゃんと対応策を考えてくれる。あなたと違ってね」
――うわあ、激怒してる!
ついに美奈はその場にいられなくなり、今は誰もいないダイニングへと逃げこんだ。
たぶん、夕夜がこれほど怒っているのは、若林が勝手に千代子との勝負を受けたことではなく、正木によってやらずに済むかもしれなかったことを、あえてやろうとしている――つまり、若林が正木の意志に反したことに対してなのだ。
何というか、夕夜の正木に対する感情というのは、同じ〝兄妹〟の美奈にとっても、時々尋常ではないと思えるときがある。
美奈だって、正木のことは大好きだ。だが、夕夜の場合、大好きという言葉だけではとても収まりきれない何かがある気がする。やはり、半年もの間、直接正木に育てられたせいだろうか。まるでヒヨコのインプリンティング。
「わかった」
物陰からこっそり様子を窺うと、若林はメモを畳んでズボンのポケットにしまっていた。
「帰りは何時くらいになりそうだ? それに合わせて調整とメンテをするから、あとで教えてくれ。初日はデータとりしたいから、あまり無理をするな。たぶん今のままじゃ、おまえの関節系はすぐにいかれちまう……」
立て板に水式にそう言ってから、若林はばつが悪そうに人差指で頬を掻いた。
「なんて俺が言わなくても、どうせここには正木も来るな? 今のおまえのデータ、ディスクに落としておくから、明日、正木に渡しておいてくれ」
若林は夕夜の肩を軽く叩き、作業室がある地下室へと降りていった。まだ夕飯は食べかけだったのだが。
その足音が聞こえなくなってから、美奈は夕夜のそばに行った。
夕夜は呆然としたような顔をしていた。美奈に気がつくと、照れくさそうに笑い、若林にされたように、美奈の肩をぽんぽん叩いた。
「こういうとき、やっぱりかなわないなと思うね」
夕夜の表情は、むしろさばさばしていた。美奈はようやくほっとして、つられたように笑った。
「そりゃそうよ。なんのかんの言っても、やっぱり私たちの製作者の一人だもん」
「まあ、そうなんだけどね……結局、最強なのは若林博士なんじゃないかって気がするよ」
夕夜は苦笑まじりに溜め息を吐くと、ダイニングのほうへと歩いていった。夕夜の後を追って、美奈もダイニングに戻る。
「ねえねえ。さっき言ってた道場って何? ほんとにまーちゃんも来るの?」
「うん。やっぱり人間とロボットは違うから、自分がいたほうがいいだろうって。だから行くのは昼じゃなくて夜なんだよ。日中じゃ正木博士は起きられないから」
「道場って何の道場? 極真?」
嬉々とした顔で訊ねてくる美奈に、夕夜は少し呆れたように笑った。
「ご期待に添えなくて悪いけど、そうじゃないよ。総合格闘技だって。……僕にはよくわからないけど」
「私も一緒に行っていい?」
夕夜は今度は困ったように苦笑した。
「申し訳ないけど、美奈は若林博士のほうを頼むよ。あの人を一人にしておくと、絶対すねる」
美奈は露骨にがっかりして唇をとがらせたが、不承不承うなずいた。
「わかった。私は留守番してる。夕夜がこんなことしなきゃならなくなったのも、私が無関係じゃないから……」
「いや、悪いのは若林博士だよ」
真顔で夕夜は言い切った。
「でも、正木博士はそんな若林博士がいいんだから、僕らは仕方ないよね」
夕夜がすまして肩をすくめてみせる。それを真似して、美奈も肩をすくめた。
「それは仕方ないわね」
「とにかく、やれるだけのことはやってみるよ。――その結果、若林博士が大学を辞める羽目になったとしても」
「……え?」
目を見張って夕夜を見上げる美奈に、夕夜はにこりと笑うと、今週最初で最後の夕飯の後片づけを始めた。
*
「よう、モエ! 久しぶりだな!」
千代子のマンションで留守番をしていたモエに会うなり、正木はそんな声を上げて、嬉しそうにモエの肩を叩いた。
表情を持たないモエなのに、どこかその顔が和らいだように見えたのは、千代子の気のせいだろうか。
「モエ、覚えてる? 正木よ。何度か会ったことあったでしょ?」
「ハイ。覚エテイマス。オ久シブリデス、正木サン」
「おう。おまえも元気そうで何よりだ」
若林とあの〝夕夜〟を作った正木からすれば、モエは稚拙な機械人形にしかすぎないだろうに、彼はごく普通に、まるで人間の少女に対するように気さくに応じる。
この態度は、大学時代に試作段階のモエを見せたときからまったく変わらない。いや、たぶん、だから千代子はこの男が好きなのだろう。傍若無人なようでいて、細やかな神経を持つこの男が。
「それにしても」
正木は呆れたように千代子を振り返る。
「何で、セーラー服なんだ?」
「趣味よ」
千代子は即答した。
「やっぱり、ブレザーよりセーラー服よね。今は絶滅の危機に瀕していて悲しいわ」
「俺はどっちでもいいけどなあ。……中身が女なら」
小さくそう言いながら、ここに来る途中で買ってきたビールやらつまみやらをテーブルの上に広げ出す。
「それより正木。あんた、ほんとにいいの?」
「いいのって、何が?」
「一応あんたの立場としては、若林に勝ってもらわなきゃ困るわけでしょ? 敵の家でのんきに酒なんか飲んでていいの?」
「俺はそんな勝負してくれって頼んだ覚えは一度もないぜ」
正木はむっとしたような顔をして、缶ビールのプルタブを開けた。
「やめようと思えばいくらでもやめられるのに、あいつが勝手にやりたいって言ったんだ。敵も味方もあるか」
「ふーん、そう」
正木が差し出した缶ビールを受け取りながら、千代子はにやにやした。
「ところでさっき、どこかに電話してたみたいだけど、いったいどこに電話してたのかしらぁ?」
自分の分の缶ビールを開けようとしていた正木は、勢いあまってプルタブをむしりとってしまった。
「千代子……」
「ま、そんなこと、今はどうでもいいわね」
睨む正木に、千代子は笑顔で応える。
「久しぶりの再会を祝して、乾杯しましょ」
「よし。じゃあ、モエもこれ持て」
正木はもう一つ缶ビールを開けると、直立不動でいたモエに差し出した。
「右腕を上げて、右手を広げて、千代子みたいに持て。こぼさないように、そっとだ」
モエは千代子を見てから、正木が持っている缶ビールに目を戻し、ぎごちなく自分の右手を出して、慎重に正木から缶ビールを受け取った。
「よーし、うまいぞ。そのまましっかり持ってろ。じゃあ、千代子。乾杯だ」
正木は別の缶ビールを持つと、モエの持っている缶ビールに近づける。意図を察した千代子は、苦笑いしながら、自分も缶ビールをモエのそれに寄せた。
「乾杯」
身動ぎしないモエの缶ビールに、千代子と正木は自分たちの缶ビールを軽くぶつけ、一気に飲んだ。
「夕夜だったら……」
千代子がそう呟いたとき、正木はモエから缶ビールを回収して、近くの椅子に慎重に座らせていた。
「何だ? 今、何か言ったか?」
「ええ。……夕夜だったらこんな
「千代子……」
「下手な慰めはいらないわ。そうよ。これが私の限界。この子には普通の日常生活はほとんどできない。缶ビール一つ開けることすらできないのよ」
「そうしたのはおまえだろ?」
正木は顔をしかめると、立ったまま、つまみの袋を開け出した。
「ええ、そう、私。自分では割り切ってるつもりだった。でも」
いったん言葉を切って、缶ビールを一口飲む。
「実際、夕夜や美奈ちゃんを生で見るとね……やっぱショックだわ」
「それは……あいつらは格闘用じゃないから……」
「そうね。あんたがそれを望まなかったから」
千代子はテーブルに手を伸ばして、さきいかをつまんだ。
「学生のとき……あんた、モエを見て言ったわよね。人格プログラム、自分が組んでやろうかって。あのとき、私は断ったけど、もし頼んでたら若林の先を越せたことになったのね。そう考えると、少し惜しい気もするわ」
「今からだって遅くはないだろ。俺も今なら時間はたっぷりあるし……」
だが、千代子は苦く笑って、首を横に振った。
「わかってる。あんたに頼めば、そりゃあすごい人格プログラムができるでしょう。でもね。いくらソフトがすごくったって、ハードがそれに追いついてなけりゃ、何の意味もないのよ。笑う感情があったって、笑える顔がなければ、笑ってるって誰にもわからないの。悔しいけど、若林にはそれができたわ。あんたも、だから若林と一緒に夕夜を作ったんでしょ?」
「それは……」
「まあ、あんたの場合は、それ以前に若林に惚れてたわけだけど。でも、もしあんたがいなかったら、若林はどんなロボットを作ってたのかしら?」
「千代子……いったい何が言いたいんだよ? 俺が若林とロボット作ったのが、そんなに気に入らなかったのか?」
正木はすっかり困惑して眉をひそめた。
若林には誰にも言うなと言った正木だが、やはり千代子にだけは黙っていられなくて――何しろ彼女は正木について、いろいろなことを知りすぎていたから――若林と一緒に夕夜を作ったことを打ち明けた(というか、自慢した)。
当時の千代子は、あらよかったじゃない、それで少しは進展あったの? などと彼女なりに喜んではくれたのだ。それが今になって、こんなことを自分にぶつけてくるとは。何があっても千代子だけは、自分の味方だと思っていたのに。
「まあ、気に入らないと言っちゃ気に入らないけど、あんたが望んでそうしたんだから仕方ないわ。あんたが欲しかったのは、娯楽のために戦うロボットじゃなくて、あんたを親みたいに慕ってくれるロボットだったんでしょ? そんなロボットをあんたに作ってくれる馬鹿な男は、確かに世界中で若林一人だけだわ。あんたの男を見る目は確かよ。誇りなさい」
「褒められてんだか、貶されてんだか、さっぱりわかんねえよな……」
げっそりした顔で正木は呟くと、プルタブのない缶ビールをあおった。
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