銀のユリに誓う

葵生りん

第一部 誓いの指輪

一章 野に咲く花

プロローグ1


 ふ、と。

 住み慣れた居城の廊下で見慣れない金色の光が瞬くのが見えて、足を止める。

 見ればそれは花瓶に花を飾っている少女の髪が窓から差し込む日差しを受けた光だった。

 少女は我が家のメイド達が身につけるエプロンドレスを着ているのに、その顔に見覚えがない。新しく雇い入れたのなら城主の息子に紹介しないわけがないのだが。それに使用人ならば勤務中は髪を結うはずだが、彼女は煌めく蜂蜜色の髪を背中に流している。

 煌めく髪をふわりふわりと揺らしながら、真剣な表情で一本ずつ丁寧に花瓶に花を挿し、向きを調整し、最後に全体を見回してその出来栄えに満足げに新緑色の瞳を細めた――その笑顔が、見惚れるほどに美しくて。


「シオン様。そんなところでぼんやり立っていらっしゃると、掃除の邪魔です」

「う、わっ」


 言葉もなく見惚れていたら突然、箒が視界を遮った。咄嗟に仰け反ると、箒の代わりに小柄な少女が仁王立ちで立ち塞がった。


「なんだ、ティナか」

「ええ、ええ。じきにお客様がお見えになるので大変忙しいメイドの一人のティナですとも。シオン様も早くお客様をお迎えする用意をしておかないと、ヒース様に叱られますからね!」


 せめて一言声をかけたいのに、乳兄弟として育ったが故に私に対して限りなく遠慮がないティナはぐいぐいと背中を押しやる。


「わかった」


 せめて彼女の名前くらいと思ったが、すっかり忘れていた客人の来訪予定を思い出せば踏みとどまるわけにはいかなかった。後ろ髪を引かれつつも、新しく雇い入れたのならまた会う機会もあるだろうと自分に言い聞かせておとなしく踵を返した。


 けれど、その後も新規雇用が知らされることはなく、父や侍女長や、それにティナにもそれとなく聞いてみたが、新しい使用人は雇っていないと言うばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る