第76話

「君の好いた人が好きだと言ってハンターになったのが怖いのかい?」

「その芝居かかったしゃべりやめてくれる?井岡。」

上方向をぎろりとにらみつける。精一杯の虚勢だということはばれてしまっているだろう。

「君は僕と同類だからね。人に恋するし、激しく愛するけれどそれが肉欲に結びつくことがない。…つくづく血というものは因果だねえ。」

「…なんのこと?」

「いや、君が知ることではないよ。」

不思議なことをつぶやく彼のことを構ってはいられない。

「それはそうと、会っているだろう?怖いのだろう。君は。拓真が狩猟者の目をしたのが。拓真も男の僕としては淡白だけれどね。」

井岡はほうとため息をついて、枝をぽきりと折る。

「私は、愛されたことがないの。…恋愛的な意味でね。容姿も性格もこれだから、愛は受け取るものじゃなくて与えるものだと。母の姿を見ていたからかもしれない。そう思ってた。」

母は献身的な人だった。朗らかな愛は、すべて家族のためだった。

「それでも、拓真に出逢って。彼の黒い部分を知って。それでもこの人を永遠に愛せると思った。…拓真は何も求めないと思ってた。多分千葉さんのことを知らずにいられたら、今でもそう思ってた。」

「お前は、男の本能をなめてるな。」

井岡は上から笑い声を落とす。

「あんな可愛い人を好きだったことを知ってしまったら。私にはもう全く拓真の横に立っている自信がなくなったの。もともと容姿の良い彼の隣には分不相応だったけれど…。」

井岡は耐えきれないとばかりに爆笑する。

「前々から思ってたけどな、拓真は中の中。別にそれほどの容姿じゃないぞ。その時点でお前は大概あいつに惚れてる。郁ちゃんもな。」

「え…?」

大前提を根底から崩壊させてくる言葉だった。

「俺は拓真よりずっと顔のいいやつを知ってる。そしてそいつは郁ちゃんと関係がある。俺が郁ちゃんを知ってるのはその縁だ。そして郁ちゃんよりずっと可愛い人もな。」

彼にとって大切な人だったのだろう。それなのに、哀しみのたたえられた懐かしさが伝わってくる。

「拓真は郁ちゃんのことが好きだった。それは認める。でも、郁ちゃんはもう次の道に進んでいるし、拓真は、決して郁ちゃんの見た目に惚れたわけじゃない。」

「にしても私には勝ち目ないじゃない。あんなに天真爛漫な人。」

「天真爛漫、か。つぐな。お前には郁ちゃんがそう見えるんだな。」

どこか含みのある表情をする。

「ああ見えて郁ちゃんはしたたかだぞ。お前よりよっぽどな。お前だって気づいていないわけじゃないだろう?郁ちゃんは男にもてるタイプの女だからな。」

私は手元の草を引っこ抜く。

返す言葉がなかった。基本的にこいつの言葉は容赦がない。だからこそ塗りたくられた言葉より純粋にまっすぐ、心に刺さる。

それでも、ぎりぎりで私の欲しい言葉を、傷つかないすれすれに放っている。

「怖がるな、つぐな。あいつが可哀想だ。」

「可哀想…?」

「本気で惚れた女に拒否られるとか、俺なら勘弁。あいつはSだから狩猟本能働くのかも知んないけど。」

「やめてよ…。」

私は顔を覆う。言葉に立ち向かえない。

「拓真は、私のことなんて好きじゃない。彼が私に愛をささやこうとすればするほどそれがわかるの。怖いの。私がこれに甘えた瞬間捨てられるのが。」

ああ、なぜこいつの前では強がりの仮面も、嘘も全部はぎ取ることになるのだろう。

「私は、拓真が好き。だから失いたくないの。私のものになってしまったら彼をいつか失ってしまう。私は散々彼の悪いところを見ても惚れてるんだもの。彼のことを嫌いになんてなれない。そんな人を失ってしまったら…。」

こんな情けない、女なところを人に晒したくなんてなかった。

「耐えられないの。もし、彼が誰かのものになっても、彼の心に住んでいたいの。醜い嫉妬を抑えられないの。彼に好きな人がいたことは最初から知ってた!それでも平静でいられるって思ってた。それでも千葉さんに会ったとき…その時の拓真を見たとき、私…動揺したの。それで逃げたの。」

「逃げることは悪いことか?」

「え?」

「逃げれるものは逃げればいい。そしてこうして逃げられない、逃げたくないからお前は今こうなってるんだろ?」

「イズミ…。」

「まあ、それでもいいかな。学校ではやめてくれよ。」

私が呼んだ呼称に苦笑いで彼は返す。

「どうしたらいいのかな。私。」

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