第19話

「ふわー。食べた食べた。」

「お粗末様でした。」

結果として、一つ一つは小さいが、それなりの量があった拓真の作ったものにはずれはなかった。つい貧乏性だからほとんどのものに手を付けてしまった。

「どれも美味しかった…。」

「お疲れ―。わっ、ほんとにつぐちゃん食べれたんだ!つーかこの部屋暑くないの?口の中甘いでしょ?よかったら、もらいものだけど。」

あゆちゃんがタイミングよく現れた。持ってきてくれたのは煎餅と緑茶みたいだ。普段ならケーキなんだろうけれど、ありがたい。

「確かに…。」

暑いのには慣れてるし、冷たいものを食べていたからあまり感じていなかったけれど、意識すると急に暑く感じる。

「クーラー苦手なのは知ってるけど、窓くらい開けなさいよ。兄ちゃんだけなら勝手だけど、つぐちゃん倒れたらどうするのよ。」

あゆちゃんが部屋の窓を開け放つ。理由はわからないけれどどこか拓真は残念そうな顔をしている。

「ありがと、あゆちゃん。」

あゆちゃんが窓を開けるのに、器用に片手に持っていたお盆を受け取る。

「だから大丈夫って言ったろ。まだ試作残ってるから、後で食えよあゆ。」

「またぁ…?」

「贅沢な悩みだな。んで、つぐ感想は?」

「んー…。どれも美味しかったけど、私の好み的には、この部屋の暑さも相まってか、オレンジのやつとソーダっぽいやつかな。まあ、私の好みだけど。語彙貧困で悪いわね。」

「いや、参考になる。細かい感想言われても難しいし、コタとあゆで間に合ってる。」

「兄ちゃん、まだそれ残ってる?私も食べたい。」

私の言葉に興味をひかれたのか、あゆちゃんが拓真に聞いている。

「ああ、冷蔵庫に入ってるよ。見ればわかると思う。自分でも自信作だから。」

「もらってこーようっと。」

あゆちゃんがそう言って冷蔵庫に向かっていく。

「立ったまま、食べるな!あゆ。」

拓真が苦言を呈するが、どこ吹く風と言わんばかりの様子。普段ならこんなお行儀の悪いことはしないだろうに。

「うん、おいしい。前よりくどさがなくなってる…コタ帰ってきたみたい。コタ―!ちょっとこっち!」

「拓真…?なんか聞こえた?」

私の耳には微かな音すら聞こえなかった。

「いや?なんかあゆ耳がいいんだよね。ずっと接客してるからかな。」

驚いたことに、あゆちゃんの予告した通り、コタ君が姿を見せる。

「何あゆ。兄ちゃんも。」

「兄ちゃんの試作品、これどう思う?」

「俺部活帰りでさっさとシャワー浴びたいんだけど…。」

「いや、くってけ。コタ。」

なぜか、拓真ががっつり食い気味。今日の拓真は少しテンションがおかしい。

「…うまい。さっぱりしてるし。でも時期早くね?」

「試作だからな。」

「にしても…。」

「黙っとけ。コタ。以上だ。…なるほど、ありがとな。あとは改良か…。」

拓真が完全に自分の世界に入り込んでしまった。

こんな時間も、クラスが変わって、この約束が終わったらこんな時間も二度と味わえない。そう思ったら寂しい。



「で、兄ちゃん。」

つぐちゃんが帰った後、コタが遮られた質問を私は兄に投げかける。

「なに?」

「いくらなんでも試作早くない?まだ春休みにもなってないのよ?」

「大事には大事をとって。5月の連休までには仕上げなきゃなんねーから。」

「5月の連休?」

「バスケ部の引退。」

兄に聞いたのに、弟から答えが返ってきた。

「なんでコタが知ってるの。」

「前に綾乃サンが言ってた。」

「つぐちゃんのために間に合わせたいの?」

「つぐをあのままにしておくのは、忍びないからな。」

「兄ちゃん、結構はっきりつぐちゃんに惚れてるよね…。」

「こういう執着見せたのって郁さん以来じゃないか?」

きっと私とコタの会話は、自分の世界に入ってしまった兄には聞こえていないだろう。

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