07 ミストニア討滅

第57話 襲撃者


 土でもない、石でもない、鉄でもない、そんな素材で円状に囲まれた世界。

 等間隔に存在する縦長で半円型の窓からは、外部の陽が注ぎ込む。

 ここは無人島に建てられた塔の十二階だ。

 その階層で、今も剣戟けんげきや魔法の音が響き渡る。


「エルザは魔法攻撃力の底上げと、命中率の向上だ」


 エルザの持つ欠点を指摘する。

 彼女の魔法は強力だ。それが無詠唱で放たれるのだから、最強であるように思われがちだが、狭い空間や他に被害を出せない場合の戦闘では、どうしても攻撃力が半減してしまう。

 それに、普通の敵であれば問題ないのだが、相手が強敵になるとほぼ当たらない。塔での戦いで、そのことを嫌というほどに思い知らされた。


「解ってるわ」


 欠点を指摘されたエルザは、反発したり腐ったりせずに、流れる汗を気にすることなく、必死になって頑張っている。


「アンジェ。バカみたいに突っ込むな!」


 アンジェの欠点は突撃精神だ。

 漢モードになると、淑女モードと打って変わって血気盛んになる。

 それに戦闘力や防御力が他の面子ほど高くない。それが特に拙いところだ。

 いっそ、防御力を強化してパイルバンカーの一撃で相手を倒す。といった攻撃特性にした方がいいかもしれない。

 ただ、それだと多数を相手にすると、辛くっなてくるのが悩みの種だ。


「くそっ! もっと強くなりて~~」


 輝くような金色の髪と宝石のような汗を振り撒きながら、彼女は自分の不甲斐なさを悔しがる。


「麗華、後ろからもきてるぞ」


「はい!」


 麗華に関しては、神技があれば戦闘力と防御力が跳ね上がるのだが、使えない状態だとアンジェに劣る。これまで神技に頼った戦い方をしてきた弊害だろう。

 それもあって、エルソルが固有能力の使用制限を掛けているこの島での戦闘は、彼女にとって最適な鍛錬場であると言える。


「マルセルは、詠唱速度を上げないとな」


 マルセルの場合は、そもそもが従軍神官的な役割だし、聖属性のスキル取得を優先させたので、未だに無詠唱へ至っていない。だから、今はひたすら戦闘を繰り返してスキルポイントを得る必要があるのだ。


 ラティやロココに関しては、俊敏性を主とした戦法なのだが、現状における欠点は、殆どないと言えるだろう。

 今回の戦闘においても、物凄い戦いぶりだった。


 最後の綾香は、攻撃オプショションが自身の作成するアイテムなので、特に進言することもない。

 というか、エルソルの話では、固有能力者は神族となるらしい。それ故に、綾香が作るアイテムは、全て神器と呼べるらしい。

 まあ、神族といっても、力のある人間というだけらしいけどな。


 ん? あ、あれ? ヤバイ、もしかして、厨二の神が出来上がったか……


 それはそうと、エルソルからもらった『力の種』を何の躊躇ちゅうちょもなく口に頬り込んだ、エルザ、アンジェ、マルセルの三人だが、なぜか固有能力は発現しなかった。そのことをエルソルに尋ねると「愛がいるのよ」とだけ言っていた。


 そろそろ、みんな限界かな。


「休憩するぞ」


 鍛錬の終了を告げると、一番初めに声をあげたのは綾香だった。


「ぽ、ポテト、ポテトチップス~~~~~」


 彼女は懐かしのポテトチップスに憑りつかれていた。

 ただ、アンジェはもう一つのアイテム方法が気に入ったようだ。


「オレは、あのシュワシュワしたのがいいな」


「コーラニャ」


 コーラをお気に召したアンジェに、ロココが名称を教える。


「わたくしは、冷たいシャワーを浴びたいですわ」


「私も汗を流したいわね」


 輝く汗の粒を浮かべた麗華とエルザが、気持ち悪そうに肌に張り付く衣服を摘みながら訴える。


「うちは、どら焼きがええんちゃ」


 そう、ラティは、エルソルがどこからか取り出したどら焼きに嵌っている。


 てか、あのどら焼きに限らず、ポテチやコーラって、どこから持ってきたんだろうか。もしかして、日本から召喚したのだろうか。そうなら、窃盗や盗難と呼ばれる立派な罪だぞ! なんてことをするんだ、神様。









 白い空間には、大型ソファー、ガラステーブル、大型テレビが置かれ、違和感を丸出しにしているのだが、さらに、テントが設置されて極めつけとなっている。

 カラフルな色合いで描かれているアニメキャラは、テントになんの効果も与えていない……いや、少しばかり気分を冷ます効果はあるかも……それはいいとして、ご存知の通り、中は俺達が宿泊するための大切な施設となっている。


 全員がシャワーというか、風呂に入って汗を流し、現在はエルソルが作り出したソファーで寛いでいる。

 入浴についてだが、当然ながら混浴となっている。

 ただ、気掛かりなのは、エルソルが盗撮していないかということだ。


『勿論、してるわよ』


 思考を読んだエルソルから事実のみが伝えられる。


『それって、犯罪だぞ』


 咄嗟に反論を試みるが、全く気にした風でもない声色で返してくる。


『この世界に、そんな罪はないわ。それに、子供達の成長を見守るのも、母たる神の務めよ』


 いけしゃあしゃあと、まるでそれが義務であるかのように言いやがった。

 念話で会話をしているものの、本人は目の前にいる。

 彼女の表情が余りにもしたり顔なので、思わず暴言を吐く。


『どうせ、それで自分を慰めてる癖しやがって』


 途端に、彼女の透き通るような白い顔が、一気に赤味をおびてくる。

 ただ、暴言が気に入らなかったのだろう。少しばかり意地悪な表情を浮かべた。


『そんな意地悪をいって! ふん、見てなさいよ』


 彼女の眼差しを目にして、氷魔法でも浴びせかけられたかのような寒気に襲われる。


 いったい何をつるつもりなんだ!?


 そんな見えないバトルを繰り広げていると、顰め面のアンジェがぼやいた。


「エルソル~。もっと簡単に強くなれる方法はないのか?」


 相手が創造神でも全く変わらないアンジェは、ハッキリ言って凄いを通り越して異常だろう。

 しかし、そんなことよりも、エルソルのニヤリとした顔の方が気になった。

 あれは、絶対に何かを企んでいる表情だ。


 くそっ、何を企んでいる? 狙いは何だ? いつ仕掛けてくるんだ?


 俺の不安を余所に、エルソルが優しい慈母のような表情をアンジェに向けた。


「あるわよ」


 しれっと告げるエルソル。驚愕の面持ちで注目する愛妻たち。この構図を見た時、直感的にヤバいと感じる。


 ま、まさか、いくらエルソルとて、いくら神とて、あれを知っているはずはない。


 その慄きを知ってか、彼女はニヤリと不敵な笑みを見せた。

 それが自信に見えたのか、エルザが立ち上がった。


「ほ、ほ、本当にあるのですか?」


 エルソルは「キタコレ」と言わんばかりに笑みを見せる。そんな彼女の瞳が「見てらっしゃい」と言っている。


 ぐはっ!? 知ってるのか!? あれを口にするつもりなのか!? くそっ、ピンチだ!


 ミレアだけが恩恵を受けた例のアレだと察して、顔を引き攣らせるが、彼女の口から出た言葉は、俺ポーションではなかった。


「神水を得れば良いのよ」


 愛妻たちは首だけ動かして、神水とは何かと話し合っている。しかし、その答えが出なかったようだ。再びエルソルに注目する。


 神水か……○神水みたいなもんか? 危険じゃないのか? というか、お前はカリン様か!?


 思わず呆れてしまうのだが、そんな俺に気付くことなく、再びエルザが真偽を確かめる。


「それは、いったいどういった物でしょうか? どこにあるのですか?」


 何を考えたのか、エルソルは視線だけではなく、そのしてやったりとした顔ごとこちらに向けてきた。

 それを目にした愛妻たちの首が、ギィギィギィとエクソシスト的にこちらへ向けて回る。

 そして、エルソルが起爆スイッチに手を掛け、スリー、トゥー、ワン、ファイアー!


「以前、ミレアが急激に成長しなかった? あれの前夜って何があったのかな?」


 このアマ、やりやがった! ついに暴露しやがった! どうすんだよ! ノクターン行になったらに責任とれよな!


 色々と思考していた七人の妻達が、お互いに見詰め合って頷いてたかと思うと、アンジェがエルソルに鋭い視線を向けた。


「神水を飲めばいいんだな?」


 マジかよ……こりゃ、今夜は大変なことになるぞ!?


 焦りを露わにする俺を横目に、エルソルは予期せぬ答えを口にした。


「あれ? 飲めば良いなんて言ったかな?」


 白々しく惚けるエルソルを目にして、麗華が素晴らしい記憶力と解析力を披露する。


「確か、エルソル様は得れば良いと仰いましたわ。それに、先日は口づけよりも本番の方が効率的だとも。ということは、わたくし達がユウスケと一つになれば良いのですね」


 実をいうと、薄々そんな予感がしていた。

 大人の階段を登れば、彼女達が成長するだろうと。しかし、それを口にした途端、それ以降のことが恐ろしくて考えるのを放棄していた。

 しかし、俺の恐怖なんて知ったことではないわとばかりに、エルソルは人生最高の時を過ごしているかのような満面の笑みで、麗華、いや、全員に説明を始める。


「麗華、正解よ! 良く出来ました。ただ、全員という訳にはいかないのよ。あなた達の成熟度もあるから、そうね~~~、アンジェ、麗華、綾香。う~~~ん、エルザがギリギリかな。他の子はもう少し成熟してからでないと効果がないわ」


 その台詞を聞いた妻達の明暗が分かれる。

 幸せいっぱいのアンジェと麗華、少し恥ずかしそうにする綾香、ほっと胸をなでおろすエルザ。

 それに対して、どんよりと暗雲立ち込めるラティ、ロココ、マルセル。


 いやいや、そもそもが成長のためにエッチするのはおかしいだろ。ここは何とか最後の一線を死守しなければ……そうだ! この案なら大丈夫だろう。


「あ~~、盛り上がってる四人には悪いんだが、この大切な時に子供ができると拙いだろ? 一緒に戦うんじゃなかったのか?」


 ラティ、ロココ、マルセルがニヤリとする。


 何とも、女達の戦いも熾烈しれつだな。でもまあ、これで一件落着だ…… あれ? じゃ、口なら…… 拙い!


 自分でも突発的な案だっただけに、口にしたタイミングでは、落とし穴があったことに気付かなかった。

 しかし、そんな落とし穴なんて論外よと言わんばかりに、エルザが勝者の表情で一蹴する。


「あら、ユウスケは知らなかったのね。綾香が作ってくれたこのリングは、避妊の効果があるのよ」


 エルザは己の左薬指に填められたエンゲージリングモドキを、優しく撫でながら笑っていた。


 あーーーーやーーーーーかーーーーーーー! またお前か! てか、あれってこの世界で出会って直ぐに造った物だよな? みんな、今まで黙ってたのか!?


 罪悪感を抱いたのか、綾香が我知らずを装っている。

 そして、気が付くと権利を得た四人が立ち上がり、恨めしそうな三人の少女を尻目に、俺をテントの中へと連行するのだった。









 そこは広い部屋だった。

 その部屋から受けた印象は、他にも多々ある。


 その一、やたらとベッドがデカかった。

 その二、やたらと部屋がピンク色だった。

 その三、やたらと鏡が多かった。


 それは典型的なラブホのイメージだ。飽くまでもイメージだ。何しろ、これまでそういう如何わしい場所に入ったことがない。

 このテントは初めの頃に作ったアイテムで、確か4LDKだったはずだ。そう思っていたのだが、実は隠し部屋あったことを綾香が暴露してきた。

 そう、この部屋は女性部屋の押し入れの奥に扉があって、誰も気づくことができなかったのだ。


 それにしても……


「綾香、センスを疑うぞ。こんなとこで初めてを迎えたかったのか?」


 ジト目を向けると、綾香はモジモジとしながら、黙って頷いた。

 恥じらう姿が異様に可愛いが、それとこれとは別だ。ピンクのラブホなんて、どうにも落ち着かない。


「悪いが畳部屋にしないか?」


「わたくしもその方が落ち着きますわ」


「オレはどこでもいいぞ!」


「そうね、ちょっと鏡が気になるわ」


「えええ~~~~~!」


 麗華が同感だと賛成し、アンジェは場所を選ばずと言い、エルザは行為の姿を見たくなかったのか、俺の意見に賛同した。

 唯一人、綾香だけがゴネていたので、奴だけはここですることになった。

 そんな訳で、普段は妻達が……いや、最近は全員で使っている畳部屋に来たのだが、今度は順番決めで揉め始めた。


 クジだの、何だのと騒いでいたが、結局のところ、火の粉は俺に降りかかる。色々と悩んだ末に妻になった順でというと、なんとか収まりがついた。


「じゃ、エルザ。いいのか?」


 エルザに優しく告げると、彼女は少し恥じらいながら頷いた。


「ええ、良いわよ」


 二人で一つの布団の上に座り、お互いを見詰め合っていたのだが……


「おい、なんでお前達がそこにいる!」


 そう、二人が座る布団の横に、麗華、アンジェ、綾香が正座で佇み、息を殺しながらこちらを凝視しているのだ。

 予想外の状況に思わず白眼を向けると、アンジェが率直に自分の意見を披露した。


「オレも初めてなんで、見て覚えようかと」


 アンジェの言葉に、残りの二人も頷いている。

 しかし、これでは集中できない。さすがに、初めてをこの状況で迎えるのは無理だ。


「悪いが、初めての時くらいは、二人きりにさせてくれ」


 隣では、エルザも賛成だと頷いている。

 どうせ、こいつらのことだ。そのうち、入り乱れての行為になるだろう。だが、初めての時くらいはムードを大切にしたい。

 そんな訳で、終わった者が、外で待機する次の者と交代することにしてもらった。


 やっとエルザとの初めてを迎えることになって、想像以上にドキドキしていた。

 それでも、二人で愛を確かめ合いながら、お互いの身体を触れ合わせていると、少しずつ落ち着きを取り戻せた。

 ハッキリいって、エルザはとても可愛くて、とても魅力的だった。

 その成長期の胸も白く美しい肢体も最高だった。

 彼女は俺を強く求め、俺も彼女を強く抱きしめて、お互いの愛を絡める一時は、あっという間に過ぎた。


「愛してるわ、ユウスケ。本当のことを言うと、神水なんてどうでも良かったの。貴方と愛を確かめ合うための口実でしかないのよ」


「そう言ってくれて、俺も嬉しい。力のためにエッチをするなんて、馬鹿げているからな。俺も愛してるぞ」


 エルザの柔らかな裸体を抱き寄せて、優しく口づけをしながら想いを告げた。

 暫くして、離れるのを名残惜しそうにしながらも、エルザは部屋をあとにした。


 エルザが部屋を出ると、直ぐに麗華が静々と部屋に入ってきた。

 その入れ替わりの速さからすると、間違いなく部屋の外で待っているのだろう。


「ユウスケ……」


 麗華は入ってくるなり抱き付いてきた。

 その行動は、いつもの令嬢を思わせるものではなく、恐ろしく情熱を感じさせられる。


「麗華……」


 そう、俺と麗華に言葉は要らなかった。

 強く抱きしめて、お互いを求め合った。

 初めてで、少し痛がっていたが、彼女は嬉し涙を流しながら優しく受け入れてくれた。でも、俺を包み込む彼女の身体は、その優しさと相反して、強く抱きしめてくる。

 そして、しばしの時を熱い愛の語らいで過ごした。


「麗華。二度とお前を死なせたりしないからな。幸せにするからな」


「嬉しいですわ。わたくしも愛してますわ。でも、早く戦いを終わらせて……あなたの子供が欲しいです」


「ああ、沢山作ろう。きっと、お前に似て可愛い子供が沢山できるさ」


「はい。その時まで、わたくしも力の限り戦いますわ。いえ、あなたや子供達を守るために、ずっと戦いますわ」


 麗華に口づけをすると、ラブホ――ピンクの部屋に向かった。

 しかし、そこで意外な印象を受ける。

 予想に反して、リビングには誰も居なかったのだ。

 エルザと麗華の交代タイミングの速さからして、部屋の外で待ち構えてるものとばかり思っていたのだが、どうやら、麗華だけが待っていたみたいだ。


 首を傾げながらも、ラブホに入ると、既に薄暗い部屋となっていた。

 綾香はその部屋に置かれた巨大なベッド上で横になっているようだ。

 ベッドの傍までいくと、綾香が少し恥ずかしそうに視線を向けてきた。

 そんな綾香が被っているシーツを捲ると、彼女は既に何も身に着けていない状態だった。


 恥ずかしいなら脱がなきゃいいのに……まあ、どのみち、脱がすことになるし、同じことか……


 両手で顔を隠している綾香をしっかりと目に焼き付けていると、彼女は恥ずかしそうに身体を捩る。


「ユウスケ、恥ずかしい」


「じゃ~、やめるか?」


 砂浜でも割と恥ずかしがってはいたが、ここまで恥ずかしがるとは思わなかったので、止めることを進言すると、両手で隠した顔を横に振っている。

 そして、彼女は恥ずかしそうに、己の心情を吐露し始める。


「私って、みんなと比べて貧弱だし、魅力がないですよね? だから、恥ずかしくて……」


「バカだな~。そんなことはないさ。とっても可愛いぞ」


 そうやって彼女の劣等感を埋めるように、彼女の身体を優しく抱きしめる。


「ほら、この耳も丸くて柔らかくて可愛い。この胸も形が良くて弾力があって、幸せな気持ちにさせてくれる」


 その全てを確かめていると、彼女の気持ちも落ち着いたのだろう。いや、盛り上がったようだ。

 そのまま、彼女は包み込むように俺を受け入れた。


「愛してるぞ、綾香。ずっと、俺の支えになってくれ」


 耳元で囁くと、彼女は涙を流しながら強く抱きしめてくる。


「私もです。絶対に離しません」


 こうして綾香との関係を真なるものにした時、俺の服が震えていることに気付く。

 慌ててデコ電を取り出すと、液晶モドキにはジパング武士であるカツマサの名前が表示されていた。

 タイミング的にどうしようかと迷うが、もしやと思って受電する。

 そして、ジパングで起こっている緊急事態を知ることになった。









 カツマサからの連絡は、屋敷に敵が現れたという知らせだった。

 すぐさま、衣服を身に着けて白の空間へ赴くと、そこでは全員が戦闘準備を終えて待っていた。


 ぐはっ、どうやらエルソルが俺達の行為を大型テレビで上映してたようだ。テレビには誰も居ないピンク色の部屋が映し出されている。


 ぐあっ、覗いてやがった……それで、交代が速かったのか……いや、今はそれ何処じゃないか。


「エルソル、ワープを使えるようにしてくれ」


「もう済ませてあるわ。それと、ここにワープポイントの設置を許可するわ」


 さすがは、覗き見をしていただけのことはある。既に準備万端ということのようだ。

 それにしても、連絡がサクラではなくカツマサだったことが気になる。


 いや、とにかく、急ごう。


 瞬時にワープを使って屋敷に辿り着くと、その玄関は完全に破壊されていた。

 戸は粉々なり、入口も焼けただれている。


「これは……」


 麗華が声を上げるが、それを無視して屋敷の中に急ぐ。


 くっ、こんなことになるとは……サクラ、爺ちゃん、無事でいてくれ。


 焦りを抱きつつ、土足のまま屋敷に上がり込む。

 すると、玄関をあがったところで、左右から恐ろしく素早い攻撃が襲ってきた。いや、以前ならそう感じたかもしれないが、今では酷く緩慢かんまんな攻撃に思えた。


「このゴミ共! オレの順番だったのに! 食らえ!」


 順番がきたはずなのに、緊急事態でお預けを食らったアンジェが、怒りの声と共に鉄パイプで左の敵を打ちのめす。

 彼女の怒りを一身に受けた敵は、身体の形を変えて吹き飛ぶ。

 恐らく、生きてはいないだろう。

 だが、それを当然だと感じている。それと同時に、容赦なくもっくんで右の敵を屠る。

 当然ながら塵となるが、それに罪悪感を抱くことはない。

 我が家を荒らすような奴を生かして置く気はないのだ。


 全ての敵を無に還してやる!


 二人の敵を始末すると、数えるのも面倒なほどの敵が、次々に現れる。

 本来ならば、マップで敵の数を確認するところだが、今の俺達の実力なら確かめるよりも始末した方が早い。それ故に、確認するまでもなく、神速で消滅させる。死人になんてさせない。その存在自体を消し去る。

 すると、屋敷の中ということもあって、戦闘を控えているエルザが、その光景に抱いた感想を零す。


「神が降臨したわ。それも神罰を与える閻魔えんま神。全ての悪を断罪する神。そう、エルソルと対極をなす神だわ」


 怒りに燃え上がっている所為で、エルザの心境など気に留めることなく、目にも止まらぬ速さで二十人の敵を塵にした。


「主よ。より一層強くなったのではないか?」


 もっくんが賞賛を送ってくるが、今はその相手をしている心のゆとりがない。

 次々に現れる敵を屠りつつ、急いで大広間に向かう。そして、そこに辿り着いた時、俺の心が凍り付く。

 そう、そこには、血を流して倒れる爺ちゃん、なぜか敵と一緒に立っているサクラ、そんな二人の姿を目にしたからだ。


「爺ちゃん! サクラ!」


 思わず叫び声を上げてしまった。

 でも、それが良かったのかもしれない。

 そのお蔭で、爺ちゃんの最後の言葉を聞くことが出来たのだから……


「ゆ、ゆう、すけ、よ。さ、さく、らをせめ、るでない、ぞ。じ、まんの、孫よ、マ、リルア王……いけ……」


「じーーーーーちゃーーーーーーーん!」


 怒りが爆発した。その途端、俺の身体が黒い霧に包まれたかのように感じる。

 ただ、そんなことなど、どうでも良かった。


 爺ちゃん……ちくしょう! また守れなかった……ちくしょうーーーー!


 怒りと悔しさに塗れ、そこに立っていた男を睨み付ける。


 そう、三宅を、いや、ハゲをだ!


「ほう。強そうな奴がきたな」


 ハゲは自分が何を相手にしているかも理解していないのだろう。ニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべる。


「サクラ!」


 汚いハゲなんて、後で始末すればいい。それより、サクラの瞳が気になった。

 彼女の瞳には何も映っていないように見えた。いや、その瞳は完全に死んでいた。


「サクラ! サクラ! どうしたんだ!? サクラ、俺だ!」


 サクラは俺の声に反応してビクリとするが、その瞳は虚空を見詰めたままだ。


「は~~~むだむだ!」


 サクラの名前を何度も呼んでいると、ハゲが赤黒いダガーを舌で舐めながら嘲りの声をあげる。


 くそゴミなんてどうでもいい。そんな想いで無視していたのだが、奴はお構いなしに話し掛けてくる。


「このダガーはな。斬り付けた相手の意識を奪っていくんだ。それでな、何度も何度も斬り付けると、無心の兵隊が出来上がるのさ」


 能書きを垂れるハゲを無視して、サクラの様子を確認する。

 彼女の衣服のあちこちに切り裂かれたような跡がある。

 どうやら、呪いの所為で自我を失っているのだろう。


「この女もな、始めのうちは善戦していたが、ジジイを庇って傷を受けてからは、どんどん意識を無くしたんだぜ。今やオレの私兵だ」


「うっせ! 臭いからハゲは黙ってろ!」


「何だと!、この野郎。おい! やれ!」


 自慢げに口上を垂れているハゲに毒を吐きつけた。

 すると、奴は激昂してサクラに指示を飛ばした。

 サクラは汚いハゲの指示に従い、薙刀を構えて一歩前に出たかと思うと、次の瞬間、鋭い突きが放たれた。

 だが、避けたりしない。なぜなら、サクラが俺を傷つけるはずなんてないからだ。


「サクラ! 俺だ!」


 俺の心情を知ってか知らでか、顔面を狙ってきた薙刀が逸れる。

 ただ、その鋭い突きは、頬を切り裂き、目隠しを切り裂いた。

 サクラに切り裂かれた目隠しは、唯の布切れのように畳に落ちる。

 顔に涼しい風が当たる。その途端、俺を見たハゲが騒ぎ始める。


「お前、柏木か! 何でこんなところにいるんだ? あ、ユウスケ、そう言えばお前の名前は柏木勇助だったな。くくくっ、こんなところで会えるとは好都合だ。前からお前のことが嫌いだったんだよ。その偉そうな態度が、何もかも見透かしたような態度が、誰にも媚びないその態度が、大っ嫌いなんだよ」


 俺の存在を知ると、ハゲはこれまで身の内に溜め込んだ憎悪を吐き出すかのように叫び続けた。

 しかし、どうでも良いことだ。こいつは唯のゴミだ。それは今も昔も変わらない。ゴミは片付けるのみ。消却するのみ。消滅させるのみ。


「好かれる必要なんかね~。いや、好かれたくねえよ。ゴミは消えろ。いや、俺が塵に変えてやるぜ」


「ちっ、相変わらずムカつくガキだ。おい、女、次は確実にやれ!」


「サクラ! 目を覚ませ!」


 ハゲ、もとい、ゴミが怒り狂った形相でサクラに命令する。しかし、俺の声を聞いたサクラが動きを止める。


 サクラの状態がただの呪いなら、マルセルの聖属性魔法で治るだろう。いや、綾香製の指輪をしているのだ。そもそもが呪いになることはないはずだ。それなら、この呪いはいったい何なんだ。


 正気を失ったサクラに疑問を感じていると、ハゲが嫌らしい笑みを見せた。


「ほ~~~っ、もしかして、この女はお前の女か? いいぜ、お前を始末した後でたくさん甚振いたぶってやる。裸にしてオレのピーを叩き込んでやるぜ。何度も何度もな~~~~! あはははははははは」


 奴の耳障りな笑い声が屋敷の中に響き渡ると、後ろに控えていた麗華が吠えた。


「あなたのピーなんて、わたくしが叩き斬ってやりますわ!」


 怒りのあまりに、はしたない言葉を吐き捨てた麗華に続いて、日本でも恨みを持っていた磯崎――ロココが冷たい声で宣言する。


「お前は死ぬニャ。いや、簡単には殺さないニャ。地獄を味わうニャ」


「おっ、伊集院じゃね~か、こんなところに居やがったんだな。まあいい。お前も纏めて犯してやるぜ。その猫娘もな~~~~~けけけっ」


 この男は、完全に壊れているらしいな。その理由は解らんし、解ろうとも思わないが、既に存在自体が害だ。


 いやらしい笑いを止めたゴミがサクラに命じる。

 ゴミの指示で、サクラは再び薙刀を構える。

 だが、そんなサクラに告げる。


「サクラ! お前の想いとはそんなものか! 俺への想いとは、その程度のものだったのか!」


 サクラは再び動きを止めるが、ゴミが吠える。


「やれーーーーーー!」


 奴の声に反応して、サクラは反射的に俺に向かって突きを入れてくる。


「サクラーーーーーーーー!」


 俺はサクラを信じている。避ける必要なんてない。もし、お前の突きが刺し貫くなら、それも良いだろう。一緒に死んでやるさ。


 仁王立ちでサクラを見詰めていると、突きは寸前で止まった。

 突きを止めたサクラは、涙を浮かべた瞳で俺を見詰めていた。そして、彼女は悲壮な面持ちで告げる。


「ごめんなさい。わたくしが弱い所為で……ですが、この穴埋めは、奴の命でさせてもらいます」


「サクラ! 正気に戻ったんだな」


 美しく輝く瞳を取り戻した彼女はコクリと頷きつつ、瞬時に薙刀を背後に向けて振り切る。


「おっと! あぶね~あぶね~! てか、呪縛が解けたのか? ちっ、摘まんね~」


「その醜い顔を胴体と切り離してさしあげます」


「そうだな。サクラも正気に戻ったし、そろそろ清掃の時間だ。ゴミは屑籠くずかごに! という奴だな」


 正気を取り戻したサクラは、怒りのオーラを纏い、いまだにニヤけているゴミに、これ以上ないほどの殺意を向けた。

 そんな彼女の横に立ち、怒りに燃え上がりつつも、どこか冷めた心のまま、奴にもっくんを突きつけた。

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