第51話 約束


 美しい壁画が、まるで喜びと共に迎えてくれているようだ。

 女神と天使という心揺さぶられる構図で描かれた壁画は、きっと、弱き人々の心の拠り所になるのだろう。

 そんな美しき聖堂を抜けて私室に向かう。

 愚王ファルゼンと対峙したのだが、拙いと感じたところで尻尾を巻き、さっさとワープでミストニア王国の首都ミスラからアルベルツ国へと帰ってきたのだ。

 ああ、今更ながらだが、アルベルツ教国という名前は、俺が法王に就任した時点で破棄し、アルベルツ国として新たに生まれ変わった。


「ユウスケ、背中!」


「血が出てるニャ!」


『マルセル。早く、早く来るニャ!』


 大袈裟だな~、ほんのかすり傷だぞ。


 俺の背中を目にした途端、麗華が顔を引き攣らせたかと思うと、ロココは慌てて念話でマルセルを呼んだ。

 彼女達は両脇に抱えられたままここに戻ってきた所為で、俺が傷ついていることに気付かなかったみたいだ。


 騒ぎ立てる二人を他所に、背中の違和感を気にすることなく私室に入る。

 すると、いまにも転びそうな勢いで、マルセルが飛び込んでくる。


「ゆ、ユウスケ様……ユウスケ、大丈夫ですか!?」


 マルセルは気を動転させながらも、急いで近付いてくるのだが、あまりに動揺している所為か、約束を破って様付けで呼んでくる。


「大袈裟だな~、お前達は」


 酷く焦っている三人に呆れつつも、背中の違和感を無視して肩を竦める。

 だが、そんな言葉では落ち着けないほどに、マルセルは動揺しているようだ。


「だ、だ、だめです! 直ぐに脱いで下さい」


「わかった、わかったよ」


 マルセルが抱き着かんばかりの勢いで迫ってくるので、仕方なく黒いフード付きコートを脱いで背中を向ける。

 彼女達の視線は、タンクトップ姿となった背中に集中しているのだが、三人ともが驚きの声を上げる。


 いつも風呂で見ているはずだし、いまさら驚くこともないと思うんだが……


 マルセルが震える手で背中を撫でてくる。


「えっ? 傷が塞がってる……」


「でも、タンクトップには、血が付着してますわ」


「もう治ったのかニャ?」


 一瞬、凄い傷だったのかと少し焦ってたのだが、傷が治っていることに驚いてるんだな。まあ、神器のコートを着ているんだ。そもそも、大した怪我じゃないと思うけど……


 少しだけおっかなびっくりしつつ、脱いでいたコートを広げる。

 すると、コートの背中部分が真っ二つに分かれている。そう、バッサリと切り裂かれているのだ。


 う~~む、こりゃ半端ない攻撃力みたいだな。神器のコートがここまで傷付けられたのは初めてだぞ。やっぱり、あの黒い剣は相当にやばい武器みたいだな。


 愚王ファルゼンが作り出した黒剣の恐ろしさに肝を冷やしていると、突如として背中に温もりと柔らかい弾力が伝わってくる。


 うおっ! この弾力は、麗華にしては小さいし、ロココにしては大きいよな……そうなると、マルセルか?


 首だけを捻って後ろを見ると、推測の通りマルセルが背中に抱き付いているのが分かった。

 彼女は抱き着いたまま顔を上げると、すぐさま諫言を口にする。


「あまり無茶をなさらないでください」


「ああ、悪い悪い。でも、仕方なかったんだ」


「分かってます。それでも、あなたに何かあったら、私は……」


 うわっ、やべっ……


 彼女は、とうとう泣き出してしまった。


「女泣かせニャ」


「次は、私が……」


 背中に抱き付いて泣いているマルセルを目にして、ロココと麗華が穏やかな顔で揶揄からかってくる。いや、麗華は少しばかり羨ましそうな表情だ。


 まあ、コートは自動で修復されるだろうし、少しは彼女を甘やかしてやるのも悪くないか。


 そうして、彼女の気が済むまで抱き締めてやると、その終わりは唐突に訪れた。


「どうだったの? 怪我をしたとか耳にしたけど」


 エルザが落ち着いた声とは裏腹に、もの凄い勢いで私室の扉を開いて入ってきた。

 彼女のその綺麗な顔には、普段ではあまりお目に掛かれない、緊張した表情が張り付いている。

 しかし、元気な俺を目にして安堵したようだ。一息つくと、腕組みをして最近いい感じに大きくなってきた胸を強調させた。

 多分、俺のことが心配で急いできたのだろう。少しばかり息切れしているようだ。

 ただ、素直じゃない彼女は、強気な態度で誤魔化しているように見える。

 魔国での一件以来、なんかエルザの行動原理が見えてきたような気がする。そして、分かってしまえば、彼女の言動を逆に可愛く思える。


「なによ! ニヤニヤして! そんなにマルセルの胸がいいのかしら」


 頬を膨らませたエルザは、私だって大きくなったのよと、言わんばかりに胸を張っている。

 その態度が、私も抱き付きたいんだからねと、主張しているかのようで、どこかいじらしくて、とても可愛く思えてきた。

 ただ、俺の眼差しを生温かく感じたのか、彼女は頬を朱に染めながら咳払いをすると、同じ問いを口にした。


「それで、どうだったのよ!」


「ああ。あれは、もう人間じゃないな」


 率直に答えると、麗華とロココが真剣な表情で頷く。


「そうですわね。首を切り落としても生きてましたし……」


「わたしのダガーでも始末できなかったニャ」


 今更ながらに顔を強張らす麗華が愚痴を零すと、ロココは猫耳をペタリと伏せた。よほど肝を冷やしたのだろう。

 そんなロココを元気づけてやろうと思って、彼女の耳を優しく撫でる。

 途端に、彼女は腰砕けとなる。


「ニャ~~~ン! ダメニャ~~~~~ン!」


 あ、盛った! ああ、ロココは耳を触ると盛るのか。


「ちょ、ちょっと、何してるのよ! ロココの目が潤んでるじゃない。というか、それよりも、人間じゃないってどういうこと? 首を落としても生きてる? いったい、何があったの?」


 エルザが冷やかな眼差しで突き刺してくるが、ロココの耳が気持ち良かった所為で、ついついそれを触りながら答える。


「いや、その言葉そのものだ。あれは人間じゃないぞ。麗華が首を落としても生き返ったし、俺が塵にしても、空牙で無にしても復活したからな。あんなのは人間じゃない」


「そ、そ、そんなことが有り得るの?」


「それは、まさに悪魔ですね」


 ロココのニャ~~ン! ニャ~~ン! という鳴き声がバックで流れている中、エルザは顔を顰め、マルセルは表情を硬くする。


「あれは本当に信じられませんでしたわ。その所為で不覚をとって、本当にごめんなさい」


 あの時の心境を思い出したのか、麗華が驚きの気持ちを吐露しつつ頭を下げる。


 まあ、あれは経験不足による隙だからな。これから頑張ってそれを克服してもらわないとな。


 落ち込む麗華を目にして、ついつい反対の手で彼女の頭を撫でてしまう。


「あ、あ、ユウスケ……」


 背中にマルセルを張り付けたままの俺に頭を撫でられた麗華は、何を思ったのか、俺の懐に入って己が身体を擦りつけてくる。そう、その大きな胸を押し付けてきたのだ。

 さすがに、その行動を看過できなかったのだろう、エルザが怒髪天となる。


「ちょ、ちょっと、真面目な話をしてるのよ! いい加減になさい!」


「あっ、すまんすまん。ん? ああ、電話か」


 怒りの形相を露わにするエルザに謝ると、そのタイミングでコートのポケットが震えはじめた。

 直ぐにデコ電を取り出し、その液晶の様な表示を確認すると、サクラとなっている。


 サクラから? 珍しいな。何かあったのかな?


 少しばかり不安を覚えつつも、デコ電を通話モードにする。


「もしもし」


『もしもし、ユウスケ兄様……なんか不潔な臭いがするのですが』


 おいおい、さすがに電話では臭わんだろ? いや、綾香が作っただけに怪しいか……てか、この場合、臭いはしないよな?


『なんか、不埒なことをしてませんか? というか、ロココさんの怪しい声が聞こえますよ』


 ああ、そうだった。まだ猫耳を触ったままだったんだ……まあいいか。いや、それよりも……


「それで、どうしたんだ? 何かあったのか?」


『いえ、お爺様が、話があるから帰ってこいと』


「わかった。直ぐに向かう。こちらも話があるしな」


『分かりました。でも、エッチなことは程々に。それと、わたくしにもユウスケ兄様の時間を分けて欲しいのですが』


「エッチなことなんてしてないぞ。時間については、了解だ」


『はいはい。それでは、待ってます』


 デコ電を切ると、いまだ眦を吊り上げているエルザが詰め寄ってきた。


「なんて言ってたの?」


 うわっ、まだ怒ったままなんだ……


 両手を腰に当てて睨みつけてくるエルザにビビりながらも、サクラから聞いた話を口にする。


「爺ちゃんが、なんか話があるから来いってさ」


「そう。じゃ、行きましょうか。それより、その盛り付き達をどうするの?」


「そうだな。サクッと行ってくるか。ん?」


 頷きつつ、ロココの耳から手を離すと、彼女はその場にへたり込んだ。

 どうやら、足腰が立たなくなるほどに快感だったらしい……ごめん。


「せ、せ、責任とってくれるのよね……ニャ」


 責任は取るが、その取って付けたような語尾はなんだ?


 息を荒くするロココに呆れつつ、麗華の頭から手を離すと、彼女が「あっ」という声を発しながら名残惜しそうな顔で見詰めてきた。

 俺としても、今しばらくはこのままでも良かったが、用事ができたので仕方ない。

 それを麗華に目で訴えると、彼女は寂しそうにしながらも、渋々といった感じで離れた。


「マルセル、そろそろ良いだろ?」


 どうやら、マルセルも残念に思っているのだろう。渋々と引き下がったものの、「私にも時間を作ってもえますか?」と尋ねてきたので、勿論だと返事をしておく。

 途端に、エルザが苦々しげに毒づいていた。


「こうなると思ってたのよ。だから矯正してたのに。この調子じゃ、放っておくと人類がユウスケの子孫ばかりになってしまうわ」


 そら、大袈裟だ。そんなことは、ありえんし、あってもらっても困るぞ。


 心中で焦りつつも、彼女の言葉をサラリと流してワープを発動させる。


「さて、いくぞ!」


「あっ、待つニャ」


「私も待って欲しいですわ」


「わ、私も、少しだけ時間を……」


 せっかくワープを発動させたのに、ロココ、麗華、マルセル三人が待ったをかけた。

 その理由は着替えをしたいということだったのだが、戻ってきた彼女達の外見が、全く変わってないことに気付く。

 そして、直ぐにその理由に行き当たったのだが、彼女達の心情を察して、そっと心の中に仕舞うことにした。









 久しぶり……ではないが、やはり我が家は良い。

 木と畳の匂いがする我が家に帰ってくると、どこに居るよりも心が休まる。

 爺ちゃんの依頼があって、ジパングの我が家に戻ってきたのだが、やはり畳の匂いは最高だと感じる。

 連れのメンバは、エルザ、麗華、ロココ、マルセルである。

 ただ、どういう訳か、ミレアは付いてこなかった。


 何が起こったかは知らないが、魔国から戻った時に、俺を目にしたミレアが凍り付いたように思えた。

 それからというもの、彼女は陰からこそこそと眺めるだけで、以前のように接近することはなかった。

 ただ、そんなミレアなのだが、その視線は以前よりも熱くなっているような気がする。

 それを目にしたエルザは、「オーラに負けたのね」というが、俺にはさっぱり訳が解らなかった。


「おお、良く戻ったのう」


 屋敷に戻ると、爺ちゃんが待ち構えていた。

 爺ちゃんは何時ものようにニコニコとしていたが、一瞬だけ驚いたような顔をしたかと、思うとカカカカと笑いはじめた。

 毎度のことだが、まるで水戸のご老公みたいだ。


「少しは成長したかのう」


 爺ちゃんが頷くと、サクラがぽ~~っとした顔で立ち竦む。そして、こっそりと「とうとうですか?」と尋ねてきた。


 とうとう? ああ、大人の階段を登ったのかと聞いてんのか……


 とても残念なことに、いまだ童貞を抱えているのだが、魔国から戻って以来、以前よりも周囲の女性から熱い視線を浴びるようになったのは事実だ。

 それはさておき、爺ちゃんが呼んだ理由を早く聞きたいのだが、それを尋ねようとしたら、逆に爺ちゃんが話を切り出した。


「ところで、ラウラル王国以後はどうしておった?」


 少しばかり気が急くのだが、爺ちゃんの問いを無視する訳にもいかないので、昨日までの出来事をざっくりと説明する。

 説明を始めると、爺ちゃんは終始にこやかに話を聞いていたが、ファルゼンと対峙したくだりを聞いて、少し考え込むような表情を見せた。

 暫く考え込んでいた爺ちゃんは、黙考を終えると、難しい表情で首を横に振った。


「ファルゼンの話じゃが、ワシには全く情報がない。というか、首を落としても死なんとは……」


 俺としては、爺ちゃんの言葉に酷く驚いてしまう。

 というのも、これまで爺ちゃんが情報を持ってなかったことなど無かったからだ。


 爺ちゃんが知らんとなると、こりゃよっぽどだな。そうなると、あいつを倒す方法をどうやって探せばいいんだ? エルソルも居なくなっちまったしな……


 少しばかり途方に暮れるのだが、爺ちゃんは気にすることなく自分の要件を話し始める。


「ユウスケ、ちょっとローデス王国に行ってこんか?」


 突然の勧めに少しばかり戸惑ったが、爺ちゃんは直ぐにその理由を口にした。


「いや、たいしたことではないが、ローデス王国のハルケルア王が会いたいと言っとるだけじゃ」


 いや、十分にたいしたことだろう……何でまた俺なんかに?


「バカじゃのう。今を時めくユウスケを気にせん訳がないじゃろ。さすがに魔国のことは知らんじゃろうが、アルベルツ教国のことは耳にしておるだろうからな」


「まさか、ミストニアとの戦争に参加しろとか言わないよな?」


 ローデスと聞いて、一番気になったことを口にする。


「まあ、言わんじゃろうな。頼まれても嫌なら断ればよいのじゃ。お前も今や一国の王じゃ。いや、ニ国の王になるのかな。故に、向こうも無茶なことは言わんじゃろ」


 う~む、簡単に言いやがる……あ、忘れてた……


「そういえば、俺って、あの国で痴漢容疑者として指名手配されてるぞ。それに、マルブラン家――エルザの実家から出された指名手配が、あの国に届いていたはずだが……」


 指名手配の件を尋ねると、爺ちゃんはカカカカと笑いながら否定した。


「どちらもあの国では取り下げられておる。それに、マルブラン家の手配書は、ルアル王国内でしか効果がないじゃろうな」


 それを聞いて少しホッとしたが、エルザに視線を向けると、神妙な表情で眼差しを下げていた。

 間違いなく、申し訳ないと感じているのだろう。しかし、彼女は心持ちを速やかに立て直してきた。いつになく楽しそうな表情で話しに割り込んでくる。


「いいじゃない、面白そうだわ。行きましょうよ」


 やけに楽しそうだな……てか、お前が楽しそうにすると、必ず厄介ごとが起こるんだ。やめてくれないか。


 エルザの笑顔を見ていると、なぜか不安が募り始める。

 そう、これまでエルザが笑顔を見せて、トラブらなかったことがないのだ。

 しかし、ここで断る訳にもいかず、渋々ながらもローデスに向かうことにした。









 その街並みは、懐かしさを感じさせる。

 ここに居たのはほんの僅かな期間だったのに、なぜか、長い旅から帰ってきたような気分だ。

 そう、ここはローデス王国の首都ロマールの街だ。


 この街から始まった訳じゃないが、この国に来ると、この世界に召喚された時のことを思い出すんだよな……ほんと、酷い目にあったぜ……いや、現在進行形かも?


 少しばかり感傷に浸っていると、エルザがも心を読んだかのように話し掛けてくる。


「ここでも、色々あったわね」


「そうだな」


 懐かしそうにするエルザに即答する。


「あの時の言葉を覚えている?」


 あの時は、俺が助けてやるとか言ったんだよな。


「私達って変わったのかしら?」


「変わってないだろ。いや、あの時よりは、少し近くなったかもな」


 確かに、強くなったり、色んな魔法を覚えたりと、少なからず成長したが、エルザが聞きたいのは、そんなことではないような気がした。だから、二人の関係について答えることにしたのだ。

 返事を聞いた彼女は、見るからに嬉しそうにすると、少しモジモジし始めた。


「実を言うと、助けてもらった時から貴方のことが気になってたのよ。その後も色々と力になってもらって……」


 こいつがデレるのも珍しいな。まあ、いつもこのくらいだと可愛いんだが……


 無意識にエルザの頭を撫でてしまう。すると、彼女はちょっとだけ嬉しそうな表情となるが、その行動に不満を唱えた。


「子ども扱いは止めて欲しいわ。だって、私は貴方と愛し合いたいと思ってるんだから」


 勢いで言ってしまったのか、エルザは縋り付いてくると、その朱く染まった顔を俯けた。


 どうしたんだ? めっちゃデレデレなんだが……てか、ここはちゃんと答えた方が良いんだよな?


 どうしたものかと悩むが、エルザを優しく抱きしめる。


「愛しているという感覚は良く分からないが、お前のことは、とても大切に思ってる。もし、お前に何かが起こったら、俺はきっと気が狂うだろう」


 ちょっと恥ずかしいのだが、素直な気持ちを口にすると、エルザが胸の中でボソボソと話す。


「とっても嬉しいわ。貴方とここで別れた時に気付いたの。私は貴方の傍にいつまでもいたいんだって。素直な女ではないけど、貴方を想う気持ちは、誰にも負けないと思うわ」


「分かってるさ。だから、お前を嫁にする気になったんだ」


 嫁として認めると、途端にエルザが泣き始める。そんな彼女を優しく抱きしめる。

 いつもよりも素直で可愛らしいエルザを抱き締めていると、熱いものが込み上げてくる。

 それが愛なのかもしれないし、そうで無いのかもしれない。でも、俺にとってはどちらでも良かった。だって、この胸を締め付ける熱い想いは、彼女を大好きで大切だと思う気持ちなのだ。


 そうやって暫しの間、二人で幸福感に浸っていると、遠慮していた仲間達もその長さに耐えられなくなったようだ。


「うっほん!」


「長いニャ。いつまでやる気なのかニャ。少しは空気を読むニャ」


 まずは、麗華の咳払いが轟き、次にロココの苦言が投げつけられる。

 俺とエルザにとっては、ほんの一時だったのだが、外野にとっては違ったのだろう。

 完全にマイワールドに入っていたこともあって、めちゃくちゃ恥ずかしくなってしまう。

 エルザなんて氷の彫刻になっていた。

 その彫刻に亀裂を入れたのがマルセルだった。


「エルザ様って本当は甘え上手なんですね。それに嫁入りの承諾までもらって……」


 やや、やっかみ気味のマルセルの台詞に、真っ赤になったエルザが両手を振って否定する。


「み、み、みんな、いまのは、いまのは忘れてちょうだい。見なかったことにして」


 慌ててなかったことにしようとするエルザだが、冷やかな表情を浮かべた麗華がツッコミを入れる。


「見なかったことにしても良いのかしら。それなら、私達も喜ばしいのですが。それをすると嫁入りの話も無くなりますわよ?」


 結局、エルザは真っ赤な顔を維持したまま、俯いた状態で無かったことにする発言を撤回した。


「分かったわ。でも、言い触らさないでね」


「もちろんニャ。キラッ!」


 話を広めるなというエルザの台詞に答えたのはロココだったが、その瞳は怪しく輝いていた。

 そんな訳で、色々とやっかみはあったが、正式な嫁入りの一番乗りは、エルザとなった。


 とても嬉しそうにするエルザを目にして、麗華達が「次は私の番よ!」と、呟いているのだが、このままではちっとも先に進めないと考え、その言葉を黙殺して王城へと向かうことにした。









 その見るからに堅牢そうな王城は、実直剛健を体現したような意匠だった。

 きらびやかさは物の見事に排除され、力強さと不屈の精神だけを象徴したような雰囲気を漂わせている。

 この城を一見しただけで、この国の王が持つ気質が分かるというものだ。


 エルザの告白タイムを済ませた俺達は、現在ローデス王国の王城前に立っている。

 爺ちゃんからの親書を持っているので、それを見せれば、問題なく場内へと案内されるはずだ。と、思ったのだが、門番にユウスケだと伝えると、その門番は丸い宝玉に向かって、俺が来城したことを伝えた。

 その途端だった。俺の勘が拙いと訴えてくる。

 予感に従って、即座にその場から飛び退ると、俺が立っていた地点に人が降って湧いた。

 そう、比喩でも何でもなく、空から人が降って来たのだ。


「よく来たな! お主がユウスケか!」


 降って湧いた男がそう言うと、門番たちは直立不動で敬礼している。


 どうも、偉い人らしいが、行き成り突っ込んでくるとか、どういう了見だ? てか、誰だ?


 少しばかり憤りを感じつつも、目の前の人物について推し量っていると、降って湧いた男が空気を震わさんばかりの大声を上げた。


「私はハルケルア=ローデス。この国の王だ!」


 ぐは、これが王様なのか! 確かに実直剛健ぽいが……だが、なんか違和感があるな。まあ、取り敢えず、それは置いておくか……


「ユウスケだ。一応、アルベルツ国の法王と魔国の魔王をやってる」


 完全に俺の方が年下なのだが、同じ王として舐められる訳にはいかない。

 だから、いつもと同じように接する。

 ただ、ハルケルア王は俺の態度ではなく、別のことに驚きを見せた。


「法王は聞いておったが、魔王とは本当か?」


 ふむ。やっぱり俺が魔王になったことは知らなかったようだ。まあ、望んだわけじゃなかったが、こういう時には役に立つもんだな。


「邪竜を倒したら、なんか魔王をやることになっちまった」


 ハルケルア王は、唸りながらも感心したように頷く。


「その齢で、それほどの力を持つとは、神族と言えども、たいしたものだ。まあ、こんな所で立ち話もなんだ。付いて参られよ」


 ん? この男も神族について知ってるのか? いや、まさか、この男も神族なのか?


 踵を返すハルケルアの後を追いつつ、少しばかり警戒を深める。

 そんな俺が招かれたのは、静かな雰囲気を感じさせるサロンだった。

 ハルケルアは俺にソファーを勧め、自分は対面となる場所に腰を落ち着けた。

 エルザ、麗華、ロココ、マルセルの四人に関しては、ソファーの後ろに立っている。


 勧められるがままに腰を下ろしたのだが、目の前に座るハルケルア王を目にして、少しばかり疑問を感じる。

 というのも、さきほどと打って変わって、物静かな人物へと変貌しているのだ。


 ん? なんか雰囲気が変わったぞ。


 その物静かな王は、ソファーの後ろに並ぶ仲間達をチラリと目を向けると、ゆっくりと尋ねてきた。


「うしろの女性達は、臣下なのか?」


 首を横に振り、正直に答える。


「いや、大切な仲間、いや、家族だ」


 ハルケルアは何を思ったのか、穏やかな表情で頷く。


 この人は、寂しい人なんだな。きっと、あの実直剛健ぶりも周囲が求める姿を演じてるだけじゃないのか?


 初対面で抱いた違和感の正体が、この二面性だったことに気付く。

 ハルケルアをそんな風に観察していると、恰も俺の考えを証明するかのように、寂しそうな雰囲気で助言してきた。


「仲間は、特に最愛の女性は、大切にするのだぞ」


「もちろんだ。彼女達には、間違いなく幸せになってもらうさ」


 即座に返すと、彼は少し嬉しそうに頷く。

 しかし、何時までもこんな話をするために呼んだわけではないはずだ。そこで、こちらから本題について切り出す。


「それで、今回の面会は、いったいどういった話かな」


 ハルケルアは逡巡したが、暫くすると己の気持ちを吐露した。


「いや、特に理由はないのだ。あちこちでお主の名前を聞いていたからな。少し会ってみたくなったのだ。忙しいだろうに悪いな」


「いや、丁度ひと段落着いたところだったし、特に問題はない」


 俺が否定すると、彼は暫く見詰めていたが、一つ息を吐き出し、ゆっくりと口を開いた。


「お主は、なかなか良い青年のようだ。申し訳ないが少し私自身の話に付き合ってもらえないだろうか」


 俺に何を感じたのかは知らんが、その程度の頼みなら断る理由もない。

 了承の意を首肯で返すと、ハルケルアは静かに話し始めた。

 そんな彼の話は、俺、麗華、ロココを震撼させるものだった。


 マジかよ……こんなところに居たのか……


 そう、驚くことに、なんと、彼は源義経だったのだ。

 そんな歴上の人物と出会うなんて思ってなかった俺は、ただただ彼の話に耳を傾ける。

 彼が言うには、頼朝に追われ藤原氏を頼ったところで召喚されたらしく、俺達の知っている歴史上の事件は替え玉ではなかと言っていた。

 彼をこの世界に召喚したのは、ミストニアでなくエルソルだったという。

 彼女が何を考えて義経をこの世界に召喚したのかは知らないが、彼はこの世界で他の召喚者たちと切磋琢磨しながら、この世界を発展させたと言う。そして、その間に知り合ったのが権蔵ごんぞうかえでという兄妹だったらしい。

 その楓という女性は、性格も良くて、とても美しい女性だったらしく、彼は直ぐに彼女に恋したのだそうだ。

 彼女の方も彼のことを気に入り、結婚を約束するほどの仲になったという。

 しかし、そんな折に、義経の前に現れたのが時繁ときしげであり、最愛の女性である楓の命を奪った犯人だった。

 そんな時繁を許せなかった義経は、己の固有能力を成長させて転生術を編み出し、もう千年以上も、この世界で転生を繰り返していた。

 そして、その時繁が、現在のミストニア国王ファルゼンに憑依しているというのだ。


「だから、私は崇高な精神や理念を持ってこの国を統治している訳ではないのだ。ただただ時繁を討つために、醜態を晒し続けているだけなのだ。なんと無様な男だと思っただろう?」


「いや、無様なんてとんでもない。尊敬するよ。もし、俺の家族が誰かに命を絶たれたら。俺は間違いなく同じことをする。誰に何と言われようと、後ろ指を刺されようと、罪人になろうと、必ず仇を討つよ」


 ソファーの背後に立つ、エルザ、麗華、ロココ、マルセルの四人も頷いているのだろう。その気配が伝わってくる。

 そんな俺達を見やり、義経は身体を前に起して俺の手を取る。


「私にもしものことがあったら、この国を頼む」


 何を血迷ったのか、俺の手を強く握りしめた義経は、託すと言っているのだ。

 普通であれば、一緒に戦ってくれと願うだろう。しかし、彼はそれを望まず、自分の亡きあとを憂いたのだ。


 ぐあっ。あの義経に頼まれた! こんなの断れね~! だが、これじゃ、まるで遺言じゃんか。こんな話は嫌だ。この人を死なせたくない。


「まって、待ってくれよ、義経さん。絶対にファルゼン、いや、トキシゲを討とう。俺も協力するから!」


 結局、義経の人間性に心打たれ、ローデス王国とミストニア王国の戦いに参加することを約束してしまった。

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