04 決意

第28話 悲しき戦い


 透き通るような雲一つない青い空。

 どこまでも続くかの如く広がる大地。

 鳥達が飛び交い、小動物が巣穴の周りを駆け回っては、出入りを繰り返す。

 高層ビルどころか、マンションの一つも見当たらない風景。

 少し残念なのが、草木が少なくて赤茶の荒野だということだ。

 ここはトルーア大陸の西方に位置するデトニス共和国。


 この世界にきてから何カ月になるだろうか。よくよく考えてみると誕生日が過ぎている。いつの間にかに十六歳になってしまった。

 ただ、この世界に滞在した日数より、この世界から葬った人の数の方が多いだろう。


 日本に居たら、間違いなく柏木死刑囚だな。


 装甲車の運転をしながら、自分の悪行を振り返る。

 そう、装甲車だ。間違っても木甲車ではない。さすがに、これを木甲車と呼ぶには、あまりにもでき過ぎた代物だ。

 何ができ過ぎだって? よくぞ聞いてくれた。まず、目の前のスクリーンだ。

 装甲車なので、本来であれば、周囲の様子をカメラ映像や小さな窓から確かめるはずなのだが、この装甲車の場合、眼前が全面ディスプレイとなっている。

 端的に表現するなら、正面がマジックミラー状態だと言えば解り易いだろうか。

 こんな技術を公表したら大手企業がよだれを垂らして寄ってくるに違いない。


 まあ、装甲車の出来については良いとして、現在は腐臭漂うダートルでの用事を済ませ、ジパング国に向かっている。

 その経路は、デトニス共和国の首都デトアを通過する必要がある。それもあって、やや精神的に過敏になっていたとしても仕方のないことだろう。

 現在運転中の装甲車は、前回の木甲車とは桁違いの能力を持っていて、最高速度百二十キロまで出るし、エコモードでも八十キロのスピードで駆け抜けることが可能だ。気を付けて運転しないと、街道をノロノロと進む馬車をき潰しかねない。

 そんな代物だけあって、ダートルを出発したのは二日前なのだが、そろそろダートル救出に出発したであろうデトニス軍と鉢合わせそうな気がする。

 そう思った途端、マップに反応があった。


 こりゃ~、大軍だな。五千人くらいは居るぞ。


 現在の固有能力についてだが、ランクがカンストしたことにより、全能力が利用可能だし、使用制限も大幅に軽減されている。

 マップ機能に関して言うと、有効範囲が二十キロとなっている。


『デトニス軍のお出ましだ』


『思ったよりも早かったわね』


『こっちの移動速度が半端ないからな』


『了解しました。これからコックピットに向かいます』


 エルザの感想に続き、鈴木がこちらに来る旨を伝えてきた。


 コックピットって……普通に運転席でいいじゃん。


 なんて思うが、そんなことを口にすると、間違いなく一時間は説教されてしまうので、口のファスナーを閉じたままにする必要がある。

 なんて考えていると、鈴木が颯爽と姿を現した。

 その立ち振る舞いは、どこか自信満々といった感じだ。

 ここ最近、色々と役に立っている所為か、やたらとドヤ顔が板についている。


「恐らく大丈夫だと思うのですが、一応、早めに場所を決めて確認したいです」


「そうだな、一発勝負で失敗なんて、目も当てられないからな」


「一発勝負で失敗……さすがに童貞は言うことが違いますね」


 こいつ、どんどん性格がひねくれてきてないか? つ~か、未通女に言われたくね~。自分のことは棚上げか?


「その、処女の癖に自分のことは棚上げか! という目を止めてください。男と違って、女の処女性には価値があるんです」


 ちっ、プレッシャーを与えてくるとは……さすがはニュータイプ。おまけに、こいつは俺との四十八手を妄想した女だ。深入りは危険だ。


 鈴木からの圧力を感じつつも、適当な場所を見つけて話を戻す。


「良さげな場所があったぞ。あそこで試そう」


「意気地なし……」


 はははっ、俺は『終焉を呼ぶ者』だぞ。「だったら貫通させてやるぜ!」みたいな釣りには引っ掛からないのだよ……てか、最近、溜まり方が半端ないんだよな~。特に、アンジェがヤバいわ。風呂にも堂々と入ってくるし、乳もでけ~し、奴をなんとかしてくれよ……


 鈴木が垂らした釣り針をスルーして、予定の場所に装甲車を止める。

 そこは街道から少し外れた空き地だ。

 そもそも、デトニス共和国の地質は、砂漠化こそ進んでいないものの、硬い赤土に覆われた草木の少ない大地であり、この八輪駆動装甲車なら街道を進む必要すらないだろう。

 赤い地に装甲車を止め、新たに実装された機能のエネルギー供給源となる魔石にマナを供給する。


「そのくらいで良いと思います」


「じゃ、外に出て確認してみるか」


 最近、エロさを隠さなくなってきた鈴木と二人で装甲車の外に出る。

 もしかしたら、彼女も溜まっているのかもしれないが、敢えて踏み込むような過ちは犯さない。それをやった途端、とんでもないことになるような気がするからだ。


「大人に成ったと言って下さい。意気地なしザー○ンタンク野郎」


 だから読むなって。つ~か、大きなお世話だ。誰が、ザー○ンタンクだ。こらっ!


 鈴木のアタックをスルーしつつ、装甲車から少し離れたところで振り返る。

 そこには、シャークマスクにノーズアートが描かれた装甲車があった。

 因みに、ノーズアートは前作よりも派手、もとい、過激になっている。

 どうやら、その辺りにも奴の攻撃的になった性格が表れているようだ。


「ん? 失敗か? 何も変わってないぞ」


「弱い、弱いと思ってましたが、そこまで頭が脆弱ぜいじゃくだとは思っていませんでした」


 行き成り罵倒しやがった。まるで、エルザパパ並みの扱われようだ。


「柏木君が装着している目隠しは、どんな機能があるのですか?」


「ん? 目を隠しても、向こう側が見える機能だろ?」


 知っていることをそのまま口にすると、彼女は「はあ? あんたバカ?」とう表情で肩を竦めた。


「見えないものを見る機能を追加しましたが? なにか?」


「あ、そうだった」


 そういえば、荒木の姿暗ましの対応で機能追加したんだった。


 呆れる彼女を見なかったことにして、今度は目隠しを取った状態で装甲車を確認する。すると、そこには何もなかった。

 そう、今回追加された最新機能は、光学迷彩だ。その名も『消えるんニャ』なのだ。


「なあ、このネーミング、何とかならないのか? 『ステルス迷彩』とかの方がカッコいいだろ?」


「というか、そもそも、そんなネーミングした記憶すらないのですが……その名前はロココさんが勝手に言っているだけです」


「そうだったのか……知らなかった」


「最近、ロココさんやラティさんに毒され過ぎです」


「そんなことはない。ないはずだ」


「ふんっ。このロリコン」


 誰がロリコンだ。誰が! まあいい。良くないが、まあいい。それよりも……


「なあ、俺達は目隠しとかマスカレードがあるから良いが、これって発動すると、使用者自身が見付けられなくなるんじゃないか?」


「うっ……」


 返事が返ってこない……もしかして……考えなしか? ないのは胸だけじゃないんだな。この無乳! つ~か、これって、何かの物語で読んだことがあるが、見えない物は、無い物と同じなのではないか?


「そ、そ、そ、そう思って、先に何でも見える魔道具を作ったのです」


 嘘つけ~~~~! しれっと嘘を吐くんじゃねぇ……まあいい、問題点は多くあるが結果オーライとしよう。


「次からは、もう少し考えてくれよ」


「はい……」


 こうして俺達二人は、新機能の出来栄えに満足した。

 とはいっても、光学迷彩の結果だから、風景しかみえないんだけどな。


 この後、エルザに風属性魔法を使って装甲車の走行跡を消してもらった。だが、その時、マスカレードを装着していなかったエルザが、迷子になってベソをかいていたことには触れずにおこう。









 デトニス共和国の大軍を何事もなくやり過ごし、進路を再びジパング国に向けて走っている。

 当然だが、『消えるんニャ』は解除済みだ。

 ああ、エルザの汚点に触れるつもりはなかったのだが、本人が発起人で事を荒立てているのだから世話がない。


『なんて凶悪な機能かしら』


『済みません……』


 エルザの憤慨ふんがいに、鈴木が低頭ていとうして謝罪しているのだろう。

 装甲車の外で一時間ほど彷徨さまよったエルザの怒りは、未だに収まっていないようだ。

 手探りで装甲車を見付けることには成功したようだが、後部ハッチの開閉ノブが見つからずに苦労したようだ。独りでパントマイムを続けていた。

 彼女が焦っている時の俺はというと、実は運転席に戻った時点でリアスクリーンの機能により、その事態に気付いた。だが、あまりの面白さに暫く鑑賞していたのだ。ところが、エルザの双眸が潤み始めたところで罪悪感に襲われ、思わず助け船をだしたという訳だ。


『それはそうと、柏木君は早々にコックピットに戻ったので、直ぐに気付いたのではないですか?』


 ヤバイ、鈴木がエルザ憤怒ふんどの矛先をこちらに逸らす気だ。


『えっ!? それって本当なの?』


『はい』


『俺は無実だ~~!』


 間違いなく確信犯だが、ここは『無実』を主張するしかない。


『貴方が言い訳をして、無実だったことがあったかしら?』


『あるあるあるあるある――』


『ギルティです』


 黙れ、無乳!


『ユウスケ、ちょっと訓練場にいらっしゃい』


 ぐはっ、やべ~、魔法訓練の実験台にする気だ。


『オレ、イマ、ウンテンチュウ』


『適当なところに止めて、こっちに来なさい!』


『ぁぃ』


 こいつら、どんどんキャラが凶悪化してないか?


 結局、言い訳は一ミリも聞いてもらえず、エルザの気が済むまで魔法の的となり、クタクタのボロボロで再出発となった。

 そういえば訓練場のことだが、さすがは時間を掛けて妄想のネタを練っただけある。装甲車の中は凄い構成となっている。

 殆どアミューズメント施設とホテルが合体したような状況で、挙句の果てには車内で迷子になる子供すら出る始末だ。


 やはり、奴は考えなしだな……


 そんなこんなで、車内では様々なトラブルが起きたのだが、ジパング国に向かう旅路では、盗賊が現れるなどの問題も起きず、何事もないまま二日が過ぎた。


『そろそろ国境に差し掛かるところです』


 何時ものように装甲車を走らせていると、カツマサが『伝心』で教えてくれた。

 カツマサの話だと、そろそろジパング国の最東端にある村が、マップ範囲に入るはずだ。


「な、なんだ、こ、これ……は。何なんだ」


 マップを確認したところで、あまりの驚愕に声が漏れてしまう。

 カツマサからもらった情報に間違いはなく、確かにそこには村があった。だが、マップには全滅を示す白マークだけが映し出されていたのだ。

 白マークが動いていないところを見ると、デトニス共和国とは違い、死人化している訳ではないだろう。


 しかし、これは……


『カツマサ……ヒガシノセキと呼んでいた村だがな……』


『ど、どうしました? まさか死人化?』


『いや、死人化ではないが……生き残りが……いない。……居ないんだよ! くそっ!』


『なんですって!』


『本当ですか!?』


 カツマサに続き、マサノリも驚愕の叫びを轟かす。


『取り敢えず、全速で向かうぞ』


『お願いします』


『有難う御座います』


 こうしてこのところの平穏と打って変わって、驚くほどに騒がしい一日が始まった。









 装甲車を全開でぶっ飛ばし、ヒガシノセキと呼ばれる村に到着すると、その辺り一帯に火事でも起きたかのような臭いが充満していた。

 装甲車から降りて確認すると、臭いだけではなく、実際に焼け焦げた家々が目に映る。


「これは酷いわね」


 第一声はエルザの声だったが、それを皮切りに、仲間達の感情があふれる。


「な、なんて、なんてことだ」


「し、信じれない」


 ジパング国の人間であるカツマサとマサノリが、唖然としながらも焼け焦げた家々の間を彷徨っている。


「なんて酷いことを……せめて安らかに眠ってください。浄化!」


「……むごい……死人化も酷かったけど……これは惨いです」


 何かに喰い荒らされたかの如くズタズタとなった遺体に、マルセルが浄化の魔法をかける。

 その横では、ルミアが悲痛な表情で声を漏らしていた。


「人間のやることじゃね~な」


「となると、ミストニア王家は人間じゃないのでしょうね」


「うううっ」


「ゆ、ゆるせんちゃ」


 アンジェの怒りの声に、クリスが答えた。

 その傍では、両親のことを思い出したのか、エミリアが声を殺して泣いている。

 そんなエミリアの頭を撫でるラティが、憤慨ふんがいしている。


「やはり、ミストニアの仕業でしょうか」


「モンスターの臭いがするニャ」


「人里を根絶やしにするほどのモンスターなんて、ダンジョンにしかいません。そうなると、召喚魔法しか考えられませ……」


 ミレアの言葉に、ロココが臭いから状況を補足する。

 それに続けた鈴木は、何か思い当たる節があったのか、自分の憶測を話している途中で黙り込んだ。

 鈴木の言葉を聞いた途端、危機感に襲われる。

 その感情は、居ても立ってもいられないほどの不安を植え付ける。

 己が胸を叩き、その不安を必死に堪えながら叫ぶ。


『皆、直ぐに装甲車に乗れ』


『し、しかし、せめて亡骸なきがらだけでも埋葬を……』


 マサノリが反論してきたが、死んだ者を弔うことよりも、生きている者を助ける方を優先したい。


『大至急、次の村に行くぞ! これ以上、奴等の好きにさせてやるもんか。埋葬したいなら、ここに残れ、俺は先に行く』


 俺の考えを理解した面々が、急いで装甲車に戻る。

 その時、カツマサが躊躇ちゅうちょするマサノリに平手打ちで気合を入れた。


「ユウスケ様のお気持ちが分からんのか! 愚か者め!」


 俺の気持ちなんてどうでもいい。今は急いでいるんだ。


 全員が乗ったかも真面に確認せずに、アクセル全開で装甲車を出発させた。

 カツマサの話では、馬車で二日の距離だと言っていたので、三十分もあれば到着するはずだ。

 装甲車を全開で走らせる俺の心臓は、大きく鼓動する。速く、速く、もっと速く辿り着くのだと胸を内側から叩いている。


 一人でも多く助けるんだ。早く追いついて、奴等を葬るんだ。何もしていない、ただ幸せに暮らしたい、そんな人達を無残な死に追いやった奴等を許してはいけない。いや、追いやる行為自体をなんとしてでも止めないと……


 右足が折れんばかりにアクセルを踏みつけ、二十五分の時が過ぎた。そして、次の村に到着した。

 既に村の状況は把握している。村にはモンスターがあふれ、老若男女が逃げ惑っている。

 多種多様な魔物が、無抵抗の村人に襲い掛かり、引き裂き、食いちぎり、咀嚼そしゃくしている。


 ゆるせねーーーー! 絶対に許せねーーーー!


『みんな、殲滅の時間だ。怒りをぶつけろ! こんなことをしている奴等を決して許すんじゃね~。一人でも多く助けるんだ。アレットは、装甲車の周りで待機。近寄るモンスターを叩き潰せ』


 全員がそれぞれの言葉で『応』の意を返して、戦闘開始となる。


「潰れろや! あたいの弾で消滅しな!」


 トリガーハッピーを始めから全開にして、犬のようなモンスターを撃ちまくるルミア。

 この時ばかりは、奴の罵声が心地よい。


「大丈夫ですか、みなさん、私の後ろに」


 村人達に襲い掛かるヒョウのようなモンスターを盾で殴りつけ、生存者の盾となるクリス。


「アイスランス!」


 村人を守るべく、クリスの直ぐ後ろから、氷の槍で獅子のモンスターを貫くエミリア。


「砕けろや! おらおらおら!」


 クリスの横で怒声を撒き散らしながら、次々と襲ってくる虎のモンスターを鉄パイプとバールで殴り殺すアンジェ。


「ゆるさんちゃ。ぜったいにゆるさんけ~ね」


 いつも以上の速度で矢を撃ち放ち、あらゆるモンスターの屍を量産するラティ。


「モンスターが回復しても構わん。エリアヒールでガンガン癒せ」


「はい! エリアヒール」


 村人達に癒しを与えるマルセル。


「エルザとミレアは右から回り込んで、生存者を癒しながらモンスターを始末しろ」


「了解よ」


「はい」


 村人も居るので範囲魔法は使用できないが、まるで歌でも歌うかのように『エアーカッター』を連続で撃ちだすエルザ。

 機敏な動きでモンスターを翻弄し、槍で突き殺しながら、村人を見付ければ、生死の有無も確かめずに癒しを与えるミレア。


「ロココは、左側から回ってモンスターを消し去れ」


「了解ニャ。消えるニャー!」


 群がる熊のようなモンスターを二本の呪いのダガーで次々に切り裂き、炎と血しぶきをまき散らすロココ。


「鈴木、あの一帯なら遠慮はいらん」


「分かりました」


 モンスターの集団に機関銃をフルオートで叩き込む鈴木。


 全員の怒りが頂点に達しているのだろう。マルセルが敵味方に関わらずエリアヒールを掛け捲っているのにも拘わらず、モンスターの屍が量産される。


 なんて頼もしい仲間達なんだ。惚れそうだぜ、ちくしょう~!


 俺の周囲では、カツマサとマサノリが怒りをぶつけるかの如くモンスターを切り殺している。

 熱くなった目頭を腕で拭いつつ、マップを確認する。この悪夢を作り出した元凶を探しているのだ。


 見付けた。全部で二十五人だ。逃げるどころか、こっちに向かってくる。はははっ、一泡吹かすなんて甘いことは言わね~。必ず後悔させてやる。


 自分の精神がどんどん残虐になって行くのを感じるが、全く押し留める気すら起きない。


『お~い。お客さんのほうから来てくれたぞ。絶対に逃がすなよ』


 敵がお出ましになることを伝えると、全員が頷いている。


『クリス、マルセル、ここで生き残った村人を連れて装甲車に連れていけ。残りは瞬間移動で装甲車に送る』


『『はい』』


 返事を聞くが早いか、マップで生存者の位置を確認しながら瞬間移動で救助する。見付けた村人は片っ端からワープで装甲車に送る。もちろん、ミドルヒールを掛けるのも忘れない。

 全員を救助完了する頃には、モンスターの討伐も完了寸前だった。

 みんなのところに戻ると、村の奥から二十五人のお客さんが現れた。

 お客様は全員がフード付きローブを着ているので、その正体は定かではないが、ミストニア以外の何者でもないだろうし、どうせ全員を始末するのだからどうでも良いことだ。


「きさま等は、何者だ?」


 お客様の中で一番体格の良いローブが、誰何の声をあげた。

 だが、もう真面に答える気もしない。


「何者だじゃね~よ。ミストニアを滅ぼすために降臨した死神だ」


「かっこええっちゃ~」


 なぜか、一番初めにラティが反応した。


「貴様、誰だ? いや、大層な台詞じゃないか。貴様如きにできるのか?」


 もはや取り繕う気すらないようだ。その言動は、ミストニアの走狗だと認めている。


「あら。あなた達のようなゴミなんて、お茶を飲みながらでも余裕で片付けられるわよ」


「らくしょうニャ」


 体格の良い男の挑戦的な態度に、エルザが嘲りの笑みを見せ、ロココが肩を竦めた。


「だが、ユウスケは駄目だぞ! 一撃で終わっちまうからな。今日は手を出すなよ」


『ばか! 名前をだすな』


 アンジェの奴、余計なことを言いやがった。

 こ、こ、こいつは考えなしか! 栄養が乳に偏り過ぎだろ!


『大丈夫ですよ。全員、この世から居なくなるのですから』


 ミレアがフォローを入れてきた。そう、死人に口なしだと。


 そうこうしていると、体格の良い男が「では、お願いします」と言いながら下がる。その男の横では、背の低いローブがブツブツと何かを唱えている。

 その途端、タイガーキング、グリフォン、バジリスク、ケルベロス、コカトリス、ガーゴイル、キマイラなどが、続々と現れた。その数は四十匹。

 初お目見えのモンスターも居るが、うちの面子なら問題ないだろう。あああ、アンジェだけは心配だな。


 モンスターが各々特有の唸り声、鳴き声、叫び声を撒き散らす。


「うるさいから、さっさと片付けろ」


「そうね。エアープレス!」


 頷くエルザが、即座に魔法をブチかました。

 さすがに、詠唱の早さがダントツだけのことはある。


「アイスレイン!」


 村人が居なくなったことで、遠慮する必要がなくなったエミリアが、凶悪な範囲魔法をブチかます。


「グガッ~」「キャイン」「グルゥ」「コケッ」「その他諸々」


 二人の魔法を食らった魔物達が、威嚇の声を悲鳴に変えた。


『アンジェは無理するな、クリスやロココと一緒にトリオで戦え。二人はフォローを頼む』


『承知しました』


『了解ニャ』


『ちぇっ』


 指示を送ると、クリスとロココの返事があった。ただ、アンジェはかなり不服そうだ。

 そんなアンジェに構うことなく、ラティが矢を放っている。


「食らうんちゃ」


 あれ? ラティは矢が利かない……はずだったんだが……なんで?


 ラティの腕前がどれだけ凄かろうと、上位のモンスターには矢自体が通用しない。

 ところが、彼女の速射で放たれている矢は、サクサクと魔物に突き刺さっている。


『私がラティさんに全貫通の矢をプレゼントしました』


『アヤカ、ありがとうっちゃ』


 いつの間にそんな恐ろしい矢を作ったんだ? これでラティ無敵伝説じゃないか!


「消え去れ! 消え去れ! きゃはは!」


 あ~ぁ、ルミアが狂ったようにショットガンを連射してるし……


 結局、あっという間に殲滅してしまった。つ、強すぎるぞ。お前等!


「あ~~~、もう終わりか?」


 戦闘終了を告げるが、ローブ共は余りにも呆気ない戦闘の結末を目の当たりにして、誰もが唖然としている。


「あ、あたしの魔獣を……くそっ!」


 小柄な敵が悔しがっている。ローブの所為で容姿は分からないが、声からすると女みたいだ。

 そう感じた途端だった。鈴木がマスカレードとギャングマスクを外しながら声を張り上げた。


「いい加減にしたら!? 佳代!」


「あ、綾香」


「なに?」


 鈴木の名前を叫んだかと思うと、小柄の敵が硬直した。


 佳代……佐々木佳代か? 確か、鈴木と仲が良かったはずだが……


 日本に居た頃のことを思い出していると、鈴木が自慢げに薄い胸を張って叫ぶ。


「あなたがどれほどのモンスターを召喚できるのかは知らないけど、この程度なら私達に敵わないよ」


「い、生きてたんだ……あんたの所為で、あたしは……それなのに偉そうに」


 どうやら、彼女にも色々と遭ったようだが、同情する気はない。なにしろ、やっていることが最悪すぎる。


「あなたに何が遭ったかなんて、そんなことは、どうでも良いの。ただ、あなたのやっていることは許せない」


「な、何、偉そうに。あ、あたしの気持ちが……あんたなんかに分かる訳がないわ!」


「そうね、分からないし、分かりたくもない」


「もういい、終わりにするぞ」


 鈴木と佐々木の論争を終わらせるべく声をかけると、佐々木はまたブツブツと呟きはじめた。懲りずにモンスターを召喚するつもりらしい。


 ふんっ。好きなだけ呼ぶがいいさ。


 奴らに絶望を与えるために、敢えて召喚するのを待ってやることにした。

 そう、完膚なきまで叩きのめして、地に伏せて詫びるほどに後悔させてやるのだ。


「召喚が終わるまで手を出すなよ」


「何が出るかニャ」


「まあ、何方どちらにせよ、瞬殺するだけだわ」


「楽しそうなんちゃ」


「何でもぶち抜いてやるぜ」


 静止の声をかけると、ロココ、エルザ、ラティ、ルミアの四人がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 ああ、感情を殺しているロココに関しては、唇が吊り上がっただけだ。


「これならどうよ。あははははは」


 佐々木が叫ぶと、視線の先に竜が現れた。そう、奴は竜を召喚したのだ。

 それは、体長十メートルくらいありそう西洋竜だった。

 奴は自分が召喚した竜を自慢げにし、周りにいるローブ達は、数歩後ろに下がって、「おお~っ」と唸り声をあげている。

 誰もが、これで勝負ありだと考えているのだろう。


 甘い。甘いぜ。


「あの、これはなに?」


 俺達全員が思っている言葉を、肩を竦めた鈴木が口にした。


「竜よ、そんなことも知らないの~? 無知ね~ぇ」


「はぁ~、竜、それが竜なのね……」


 勝ち誇るかのように佐々木が嘲りの表情を向けてくる。それに対して、鈴木は溜息を吐きながら後ろにさがる。それを見た周りの面子も後ろにさがり始める。


「あっははははは! 恐れを為したの~? 口程にもないの~!」


 佐々木が上機嫌で高々と笑い。周囲のローブ達も「あははは」と、さげすみの笑いを投げ掛けてくる。


 ラティだけを残して全員が後ろにさがると、彼女は振り返る。


『もうええ?』


『ああ。ラティ、いいぞ』


 合図と同時に、まるで爆発したかのように、ラティの身体が閃光と白い煙に包まれる。その煙は入道雲のようにモクモクと大きくなり、小型のビルサイズになると霞むように消えていった。そして――


「グギャォーーーーーーーーーーーーーー!」


 何もなかったかのように煙が霧散すると、なにもかもが震えるほどの雄叫びが響き渡った。

 雄叫びの主は、体長八十メートルはあろうかという白銀の巨竜だ。

 それを目にしたミストニアの者達はと言うと、全員が腰を抜かして尻餅を突いている。

 そんな光景をゆっくりと見渡した鈴木が締め括った。


「佳代。これが竜よ! あなたのは、ト・カ・ゲ!」


「グギャォーーーーーーーーーーーーーー!」


 鈴木の声に呼応するかのように、ラティが再び雄叫びを上げた。

 すると、ラティに比べると十分の一くらいのトカゲ――佐々木が召喚した竜は腹を見せて地に転がる。


 これって、犬だと服従の証なんだろうけど……


「ぷちっ!」


 あっ、ラティが、ラティがトカゲを右足でひと踏みしちゃったよ~。弱いもの虐めは良くないぞ、ラティ。


『弱すぎっちゃ』


 こうして、佐々木が召喚した竜、もとい、トカゲはこの世を去った。


「次は何を召喚するの?」


 完全に意思消沈している佐々木達に、鈴木が容赦なく鞭を打つ。


「言葉も出ないの? 無知なのは、あなたみたいね」


「くっ……」


 佐々木は言葉にならない声を漏らし、それでも立ち上がろうとした。しかし、その途端、彼女は胸から鉄の塊を生やした。いや、大きな剣が生え出た。


「佳代!」


 鈴木が咄嗟とっさに佐々木の名を呼ぶが、彼女は口からゴホッと血を吐き出しそのまま息絶えた。

 最後に何かを言おうとしたようだったが、それも叶わなかったようだ。彼女の想いが俺達に伝わることはなかった。

 奴の死は、呆気ない結末となって突きつけられた。そして、それは憤怒ふんぬの鈴木を生み出す。


「ばかっ! 佳代のばか!」


 その黒い双眸から涙を流しながら叫ぶ。だが、そんなことなどお構いなく、佐々木の背中から剣を突き刺した体格の良いローブ者は、泡を吹きながら主張する。


「こ、この女が全部やったんだ。この女が悪いんだ。オレ達は付いてきただけなんだ」


 その言葉を聞いた途端、鈴木は魔道具袋から次々と剣を取り出して地に刺した。

 その数は六本だ。それは、恰も六つの墓標であるかのように突き立っている。


「そうです。佳代が全部やったんです。そう、佳代が悪いんです。でも、でも、でも、やらせたのは、お前達だろ! 報いをうけろ! ソードダンス!」


 鈴木が怒りのままに叫ぶと、途端に六本の剣が宙を舞った。

 自由自在に宙を駆け巡る剣は、次々にローブを着た者達に襲い掛かる。


「うわっ! な、なんだ、これ、ぐあっ!」


「来るな! 来るな! くるなーーーー! うぎゃーーーーー!」


「どうなってんだ。これ、あがっ!」


「魔女だ! くそっ、悪夢の魔女だ! ぐぎゃーーーー!」


 鈴木が腕を振る度に、縦横無尽に舞う剣が、次々にローブ者に突き立つ。


 おいおい、マジでニュータイプかよ。次はフ○ンネルでも作るんじゃないのか?


 鈴木の新兵器を初めて目にして、奴の発想に呆れ果てる。

 その間も、鈴木の蹂躙劇が続く。そして、あっという間に全てのローブ者が全て地に倒れた。

 ところが、宙を舞う剣は、死者に鞭を打つかの如く、何度も何度も地に転がる屍に突き立つ。


「鈴木……」


 敵が全滅したのをマップで確認し、鈴木の肩に手を置くと、彼女はボロボロと涙を零しながら見上げてきた。

 それに頷いてやると、その途端、六本の剣は乾いた音を立てて地に突き立った。

 鈴木は視線を切ると、ヨロヨロと佐々木に近寄よる。そして、物言わぬ友達だった者の側に辿り着くと、膝を着いて胸に大剣を生やした身体を抱き起した。


「人を裏切るから、自分が裏切られるのよ。本当に馬鹿なんだから。佳代のバカ! 死んだら何にもならないじゃない」


 そう叫んだ彼女は、そのまま剣を胸から生やした友達の身体を抱き締めて泣き崩れた。


 こうして、ミストニア王国がジパング国に対して行っていた策略がついえた。

 確かに、それを為した召喚者は許せない。

 だが、全員をあの世に送るつもりだった俺でも、今回の結末は痛々しくて、鈴木に掛ける言葉もなく、ただただ泣きじゃくる彼女に胸を貸すだけだった。

 今回の件も踏まえ、ミストニア王国に対する憎悪は増しに増したのだが、召喚者に関しては、少し考え直す必要があるかもしれない。なぜなら、彼等もある意味では犠牲者なのだ。


 やり切れない思いを抱いて、最初の村の犠牲者を弔うべく、装甲車で来た道を戻る。

 ただ、ラティの竜化した姿は巨大過ぎて、被害のなかった民家までも薙ぎ倒してしまったことで、のちのち、新たな二つ名を頂くことになる。

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