④私だけの笑顔
力を貸して……!
絞り出すように懇願し、タニアは〈
徐々に安らかな笑みが見えて来ると、冷え切っていた身体にぽかぽかした温もりが広がっていく。凍ったように動かなくなっていた喉が、少しずつほぐれていく。すかさずタニアは腹に力を込め、まだ少し
「メーちゃん!」
前触れもなく静寂を打ち砕いた大声が、メーちゃんの背中をビクッ! と震わせる。恐らくは反射的に振り返り、メーちゃんはほんの一瞬、背後のタニアを垣間見た。
〈
メーちゃんにはまだ誰かの声を聞く気持ちが残っている!
淡い
めぇ……!
来ないでと拒んでいるのか、悲痛に鳴いたメーちゃんは砂しか待たない方向に駆け出していく。瞬間、タニアはビーチフラッグスのようにダイブし、フラッグ代わりの毛玉をかっ
勢い余って転がり、転がり、転がると、月、砂漠、月……と視界の上下にある光景が激しく入れ替わる。比例して
タニアは真っ白になった頭を振り、ぺっ、ぺっとザラザラする口から唾を吐き出す。続けざまより強くメーちゃんを抱き締め、深く懐にしまい込んだ。
めぇ! めぇ!
まさか顔を忘れてしまったのか、メーちゃんは滅茶苦茶に暴れ狂い、黒光りする
「だいじょぶだよ、だいじょぶだよ、もう誰もひどいこと言わないから」
タニアは痛みに顔を歪めながら、何度も何度もメーちゃんの背中を撫でる。
強く抱き締めることも、鼓動で呼び掛けることも、〈
不出来な頭が「大丈夫」以外の言葉をひねり出せなくても、再会の喜びに打ち震える心臓が嘘偽りのない気持ちを伝えてくれるはずだ。メーちゃんは大切な家族だ、と。
めぇ……。
大きく鼻を
繰り返し背中を撫でていると、暴風雨のようにけたたましかった泣き声が鳴り止む。途端、夜の砂漠に静けさが戻り、砂と風の擦れ合う音が耳に届くようになった。
変に刺激しないように注意しながら、タニアはそ~っと懐を覗き込んでみる。
泣き疲れて大人しくなったメーちゃんが、鼻水でぐっしょり濡れた服にしがみついていた。
「……帰ろう」
静かにしかし強く呼び掛け、タニアは心の赴くままに微笑む。
ロプ
めぇ……。
小さく頷いた途端、メーちゃんの顔がしわくちゃに歪む。丸い鼻が痛々しく震えると、渇きかけていた瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
再び泣き声がロプ
めぇ……?
前触れもなく首を傾げ、メーちゃんは目を見開く。
きょとんするあまり涙も忘れたそれは、一心にタニアの顔を見つめていた。
めめ……。
不意にメーちゃんの肩が震えだし、
一体、何が涙を降り止ませたのか?
さっぱり判らないタニアは、しげしげと見つめられた顔を湖面に映してみる。
砂漠にダイブした時にくっついたのか、赤く擦れた鼻にこんもりと砂の山が乗っかっていた。
「メーちゃんだって」
鼻を拭いながらやり返し、タニアは水面を指す。
得意げに笑うメーちゃんだが、そういう自分も鼻に泥団子を詰めている。きっと鼻水と混じり合った砂だろう。
めぇ……。
頬を赤らめたメーちゃんは、短い手足の代わりに翼を使い、泥団子をほじくり出す。決まり悪そうな様子がおかしくて、タニアは
つられたのか照れ隠しか、メーちゃんの口からも大輪の笑みが咲く。二つの笑みがハモると、ロプ
元気……と言うか元気すぎる笑い声は、静寂に包まれた砂漠に響き渡ったことだろう。
それを裏付けるように、一人と一匹が口を開けてすぐ、空っぽだった地平線が丸い光を浮かべる。二つ並んでいるところから考えても、陸上船のヘッドライトに間違いない。
程なく夜の闇に流線型の
重く騒々しい噴出音は、明らかに無改造のノズルではない。市販の陸上船――いや〈
だとするなら、これは、これは……。
硬直する身体を
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