どーでもいい知識その③ 〈詐術〉には不可能なことがある
〈
にもかかわらず、〈
争いが全くないとは言えないが、矛先を向ける相手は肌の色が違う同族ではない。戦いを生んでいるのは〈
一部の差別主義者は〈
最大の理由は、早い段階で各民族が一緒に暮らすようになったことだろう。
〈
それから二五〇〇年。
また〈
そしてまた幸いなことに、〈
古今、人間の争いには必ずカミサマの影がある。複雑に見える民族間の争いも、突き詰めれば宗教の違いが原因となっていることがほとんどだ。もし〈
「
タニアの意見を聞いたシロは、「ん~」としばらく真剣な表情で考え込む。
「信仰も良し悪しだと思うんですよ。教義に従って誰かに優しくしてあげられるなら、悪いことじゃない。問題は自分の信仰を他人に押し付けようとしちゃうことなわけで」
純粋な善意からではなく、信仰を貫くために他人を助ける――。
今日、シロが出前の帰りに語った価値観に
「ちょっと話が脇道に逸れちゃいましたね。本筋に戻しましょうか」
コホンと小さく咳払いし、シロは〈
「お手軽な〈
そこまで言うと、シロは背伸びし、大きく両腕を
「次にサイズの問題があります。嘘の文章量が多くなるほど、それを書き込む〈
「空間圧縮用の駅なんか、文字通り建造物のサイズだもんね。〈
ぶっきらぼうに言い放つと、タニアは足を投げ出し、両手を頭の後ろに当てる。
「そうですね……」
相づちを聞く予定だった耳が拾ったのは、消え入りそうな声。
今の今まで意気揚々と解説していたシロが、苦しげに眉を寄せていた。
目尻を震わせ、唇を噛み締めた顔は、カーテンで閉ざされた窓を
反論の出来ない糾弾にじっと耐えるような姿が、容易には口を開けない沈黙を広げていく。
〈
〈詐術師〉なら子供でも知っている話だ。
何度頭の中で再生してみても、シロの表情を曇らせる要素は見当たらない。少なくとも、余命宣告や身内の訃報でなかったのは確実だ。
「もし、もしもですけど……」
しつこいほど前置きし、シロは切迫した表情で問い掛ける。
「亡くなった人が戻って来るとしたらどうします?」
「死んだ人を生き返らせられたら、ってこと? そんなの決まってんじゃん」
正直、答えを口にするのも馬鹿馬鹿しい質問だ。
誰かが両親と再会させてくれると言うなら、タニアは二つ返事でお願いする。世の中には色んな考え方があるだろうが、シロの質問にだけは全人類が同じ答えを返すはずだ。
「……代償が必要なら?」
聞き返す声は、死刑判決を告げる裁判官のように低かった。
今聞いたのは、本当にシロの声だったのか?
確かめるためにシロの顔を凝視すると、暗く威圧的な眼差しがタニアを突き刺す。一瞬息が止まり、谷底を覗き込んだような寒気が背筋を這い上がった。
「もしかしたら目が見えなくなるかも知れない。ううん、記憶も自我もなくすとしたら? 自分自身の命と引き替えだとしたら、タニアさんはどうします?」
冷淡に畳み掛けるシロは、顔こそタニアに向けている。だが軽蔑の感情を溢れさせた視線は、その背後のテレビに合わせられていた。真っ暗な画面に映った鏡像は、お前にだけは見下げられたくないとばかりにシロを睨み返している。
二度と逢えないはずだった両親が戻って来る――。
だがその傍らには、身代わりとなって息絶えた自分が転がっている――。
死者が蘇る?
想像するにしても、あまりにリアリズムのない話だ。
そもそも、なまじ文明が発達している〈
そう、普段なら受け売りで付け焼き刃の知識たちが、絵空事を思い描く邪魔をする。なのに、今日の想像図は食堂の旧型テレビより鮮明で、止めどなくタニアの手を膝を震わせる。念のためにエアコンの設定温度を確かめてみると、二七度から一度も下がっていなかった。
想像しただけでこのザマなのだ。
実際に両親の
その時、最愛の人を失った悲しみに恐れや保身が混じらないか? 独りぼっちの避難所で味わった寒さや暗さを思い返してみても、タニアは答えを出すことが出来ない。
本心がどうあれ、「生き返らせる」と答えれば、体面を保つことが出来るのだろう。だがタニアの答えを待つシロは、今にも身を投げ出してしまいそうな顔をしていた。
青くなるほど噛み締めた唇は、質問にどれだけの決意が勇気が必要だったのかを物語っている。模範的回答でお茶を濁すのは、あまりに卑怯だ。世間体に囚われずに本音を語らなければ、シロの気持ちに応えられない。
自分の汚さを思い知ることになろうと、本心を見定める……!
覚悟を決め、タニアは
一部始終を見届け、目を開いてみると、机の上のコップに浮いていた氷がすっかり溶けていた。まったく、両親と我が身を天秤に掛ける人でなしのせいで、貴重な時間を浪費してしまった。
「うん、生き返らせるよ」
「……そうですか」
タニアの回答を聞いたシロは、険しくしていた表情を少しだけ
深く漏らした吐息は、タニアを軽蔑しないで済んだことへの安堵だろうか。一方で息を吐くと共に大きく沈んだ肩は、不思議と落胆しているようにも見える。
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