第七章『唇にLを』
どーでもいい知識その① お米のもみ殻には石英が含まれている
「え!? 砂で金属が削れるの!?」
部屋中にタニアのすっとんきょうな声が響き、参考書に占拠された机を震わせる。
「はい、『サンドブラスト』って言います。高速で砂を噴射して、対象物の表面を研磨する技法ですね。サビや汚れを落としたりとか、模様を付けたりとか、幅広い用途に使われてます。ガラスに吹き付けると、そこだけ
シロは材料工学の教本を閉じ、目を丸くするタニアを微笑ましそうに眺める。
夕飯時には
「サンドブラストみたいに
「ふにゃふにゃの水でも、マッハ幾つとかで吹き付ければ鉄板を切れちゃうもんね」
「水を水分子の集合体と定義するなら、ウォーターカッターもショットブラストの一種と言っていいのかも知れませんね」
砂で金属が削れる――。
考えてみれば、そんなに驚く話でもないかも知れない。
高速の水流で素材を切断するウォーターカッターのみならず、速度が力を発揮する場面は幾つもある。通行人をよろめかせる突風も、正体は加速した空気だ。
「砂を使う場合は
教本を脇に挟むと、シロは右手でお茶碗を、左手でハシを作った。
「あまり知られてませんけど、お米のモミ殻って大量に
口を真四角に開くと共に、タニアは思わず拍手しそうになった。
金属加工の話をしていたかと思えば、いつの間にか家庭科の豆知識を語っている――シロの知識量には驚嘆と賞賛を禁じ得ない。この間も噛み合わせの話から、
「
「いちいち〈
「無理とは言い切れないんですけど、普及にはもう少し時間が掛かるかも知れませんね」
どこか含みのある口調で言い、シロはマグカップのライフガードで喉を潤す。
「にしても、タニアさんが驚くなんて意外でした。この辺りじゃ砂の混じった風で船の塗装が剥げちゃうのとか、常識じゃありません? タクラマカン砂漠には『ヤルダン』もありますよね?」
〈ロプノール〉周辺には、東西約一五〇㌔に渡ってはげ山が立ち並んでいる。幼い頃のタニアが「ラクダさんのコブ」と形容したそれは、高いもので全長二〇㍍にも達すると言う。
はげ山の正体は、砂塵に削り取られてしまった岩だ。長い歳月、
「丁度『実体化』の話も出ましたし、〈
材料工学の教本を本棚に戻すと、シロは代わりに「マンガで
シロがふと机と睨み合うタニアの背後で足を止めたのは、共に暮らすようになってから一週間くらい
普段は余計な口を挟まずに、参考書と格闘するタニアを見守っているだけだが、出来の悪い生徒が頭から煙を上げ始めると、それとなくヒントを出してくれる。
ペンの動きが鈍い日は雑学の時間。参考書の内容に関連する豆知識で、タニアが興味を抱くように導いてくれる。独りで机に向かっていた頃より能率が上がったのは
「はいタニアさん、〈
教育テレビのお姉さんっぽく
「〈
真面目に答えるのもバカらしかったタニアは、せんべいをバリバリしながら言い放つ。
掛け算の解き方に等しい問題を、小五の自分に訊く?
地元の県庁所在地に小一時間悩む生徒とは言え、甘く見すぎだ。
「〈
不当な評価を
「はい、よく出来ました」
大袈裟に手を叩き、シロは補足を始める。
「
森羅万象を司る――なんて聞くと、人間の妄想した「カミサマ」のように思える。その実、〈
結果を算出するためには、第三者に行動を起こしてもらう必要がある。
例えば誰かが落とした皿に、「割れる」と言う結論を下すことは出来る。しかし自分から皿を落とし、「割る」ことは出来ない。
マッチ+擦る=火。
ウィスキー÷水=酔う。
――と言った具合に、結果の算出は一切の主観、恩情なく、数学的に行われる。当然だが、計算機に
〈
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます