⑤メーヴン
「〈
「〈
「バッタ」なら「二本の触角」や「ジャンプ力」――と言った具合に、森羅万象は名前に付随する形態、能力を持つ。「イメージ」とも言い換えられるこの概念を、〈
道具や無生物の場合、外観や能力を決めるのは製作者、あるいは風や波などの自然現象だ。一方、生物のそれは生まれ持った〈
ヒトが頭に胴体、手足を持つのも、〈
「生命の設計図」なんて大袈裟な形容詞を聞くと、ヒトには手出しの出来ない領域のように思えるだろう。「少年ジャンピオン」や「マガデー」辺りに連載しているマンガなら、確実にラスボスしか扱えない概念になる。
――が、現実は退屈だ。
〈
早い話、「設計図の
事実、カタギのタニアには無縁な話だが、裏社会にはヒトを怪人に変える道具が流通していると言う。別の動物の〈
〈
ユニコーンの正体はイッカクの〈
「メーヴンさんはヒツジさんにカラスさんの〈
めっへん!
メーヴンはシロの懐から飛び出し、ふわふわな胸を張る。どうやら褒めちぎられたことで、プライドが快復したらしい。さすがは畜生。精神構造が単純だ。
毛玉ごときを賞賛することになるのは
中でもタニアの度肝を抜いたのが、太平洋の南西、ニューカレドニアに棲息するカレドニアガラスだ。
彼等は使いやすいように枝を加工し、あまつさえエサとなるイモムシを釣り上げてしまう。具体的にはクチバシに
都会のカラスも負けてはいない。
池や水溜まりでイモっぽく喉を潤していたのは、遠い昔の話。すっかり文明に順応してしまった昨今は、公園の水飲み場で優雅に蛇口を
都会には食料の積もったゴミ捨て場が無数にある。エサ集めに奔走する必要のなくなったカラスたちは、余った時間を娯楽に使うようになったのだと言う。馬車ケンタウロスのように働かなければおまんまにありつけないタニアには、羨ましすぎる話だ。
「でも何でそんな利口な生き物が、街外れをふらふらしてんの? しかもこんな時間に」
疑問を口にし、タニアは紫色の空を見上げる。瞬間、メーヴンはビクッ! とし、真ん丸い尻尾を直立させた。よほど痛いところを突かれたらしい。
「この辺の仔じゃないんですか?」
「だったら知ってるよ。この辺りはお得意さんも多いし」
「でもこのメーヴンさん、首輪してるんですよね」
不思議そうに呟くと、シロはメーヴンの顎を持ち上げ、水色の首輪を見せる。喉を
「じゃ、捨てメーヴンかな?」
めめっ!
何気ない一言を聞いたメーヴンは、物々しく吠え、タニアに詰め寄る。過剰な反応に噛み付かんばかりの剣幕――二重の衝撃に襲われたタニアは、思わず
「『失礼なこと言うな!』って怒ってるみたいですね」
めんめん。
その通りと言わんばかりに、
「やっぱり迷子になっちゃったのかなあ?」
不安げに訊き、シロはメーヴンの表情を探る。
めぇ~ん。
すかさずキャバ嬢の「同伴して~」っぽい声を出し、メーヴンはシロに擦り寄っていく。大袈裟に潤ませた瞳と言い、これ見よがしに振った尻尾と言い、あざとすぎて胸焼けがする。
「あの、連れて行ってあげたいのは山々なんだけど、私もその、居候で……」
まんまとお持ち帰りアピールに
「うちは食べ物屋だよ? 生き物は飼えないよ」
トイイェティ買って!
手乗りフェニックス飼いたい!
――とマーシャの袖を引っ張った回数は、両手両足を総動員しても数え切れない。お玉の降雨量をカウントしていたら、今頃は児童相談所が動いている。
「大体もう一匹ヘンなの住まわせてるし。これ以上ヘンなの増やせないよ」
「ヘンなの!?」
シロの口から飛び出したのは、地獄突きを食らったような奇声。よほど衝撃的だったのか、メーヴンはぎょぎょっと目を見開き、
「迷子なら飼い主が探しに来る可能性だってあるでしょ? 私たちが勝手に連れて帰ったら、見失っちゃうかもよ? そしたら今度こそ捨てメーヴンにされちゃうかも」
「それはそうかもですけど……」
賛同したものの、シロはもどかしそうに裾を揉む。
むずむずと落ち着きなく形を変える唇は、いかにも何か言いたげだ。
聡明なシロのことだ。タニアの理屈が判らないはずがない。それどころか、指摘されるずっと前に同じ内容を思い付いていたはずだ。
だが聡明な以上にシロは優しい。暗くなり始めた町外れに、メーヴンを置き去りにしていく? どんなに理屈が通っていようと、許容出来るはずがない。
めぇ……。
思い悩む様子を見かねたのか、メーヴンはシロから遠ざかり、首を左右に振る。
まさか思いやりの心を持っているとは、確かにシロの言う通り、メーヴンの知能は優れている。少なくともヒト科の
「ほら、行こう。気になるなら、また明日見に来てやればいいじゃん」
苦しげに
真冬ならともかく、今は窓を閉めたままでは寝付けない季節だ。一晩外で過ごしたくらいで、命に関わることはない。そもそもウール一〇〇㌫のヒツジをベースにしたメーヴンは、寒さに強いはずだ。
ことあるごとにメーヴンを盗み見しようとする自分に言い張りながら、シロの背中を押す。
ようやく整理が付いたのか、シロの足が重苦しく――そう、サイドブレーキを掛けたままの船のように滑りだす。一向に上がらない靴底が路面を擦り、シロの後を薄い砂煙が追う。
石ころのように小さくなる距離まで離れても、メーヴンはシロの背中をじっと見つめていた。バイバイと羽根を散らしながら振っている翼が、
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