すずおくんはマイペース
神社から歩いておよそ五分、青いかわら屋根の建物が見えてきた。長豆屋塾だ。
その建物から半袖半ズボンの男の子が出てきた。
塾生の鮎川すずおくんだ。
すずおくんは小学四年生なんだけど、学校じゃなくて塾で勉強している。
塾の先生の言葉で説明すると「知的に遅れがあるから」なんだって。
具体的にいえば、ひらがなが読めず足し算ができない。あと、会話もままならない。
ぼくがはじめて塾に訪れたとき、すずおくんは部屋のすみっこで動物図鑑を眺めていた。
「これからよろしく」と挨拶をしても、「好きな動物はなに?」とたずねても、すずおくんは図鑑から顔をあげなかった。
──先生。ぼくはこの子に嫌われているの? 初対面できらわれるって、もはや才能ですよね。
──おしゃべりが苦手なだけだよ。ね、すずおくん
──ね、すずおくん
カタコトですずおくんはそう言った。先生の言葉を真似しただけで、返事をしたわけではない。
きっと、図鑑に夢中だから上の空だったんだとぼくは納得した。
先生から聞いた話によると、学校の授業についていけないだけでなく学校のルールさえ守れないんだって。
だからすずおくんのペースで勉強ができる塾でゆっくり学んでいる。
すずおくんは、赤いゾウさんのジョウロを大切そうに両手で持って、入口の花に水をやっている。
花の世話がすずおくんの仕事だ。
すずおくんが使うものは赤いものが多い。
幼稚園や学校だと、青は男子で赤は女子というイメージが強い。
でもすずおくんの筆箱や水筒は赤い。なぜなら赤が一番見えやすいからだ。
色を選ぶとき、ぼくだったら好きな色を選ぶけど、すずおくんは見えやすさで決める。面白いな。
「すずおくん。おはよう」
「おはようございます」
花をジッと見つめたまま、ハキハキとした声ですずおくんは挨拶してくれた。
最近になって「おはよう」と言われたら「おはようございます」と返す習慣がついたけど、本人はあいさつの意味をわかっていない。
昼に「こんにちは」と声をかけられても聞き流し、夜に「こんばんは」と挨拶をされても言い返さない。
このまえの夕方に「おはよう」と言ってみたらすずおくんは元気よく間違ったあいさつを返してくれた。「おはようございます」って。「おはよう」が朝のあいさつだってことを知らないみたい。
「先生に頼まれて、お世話をしているんだっけ」
「……」
やっぱりすずおくんは何も言わなかった。
「えっと……すずおくんはお花好きなの?」
「アケボノフウロといいます。フウロソウ科で、春から夏にかけて、花が咲きます……」
「え、ちょ、しゃべるの?」
いきなりすずおくんは、図鑑にのっていそうな文章をスラスラと言いはじめた。
そうだ、すずおくんは動植物の知識が豊富だ。たまに図鑑に載っている文章を読み上げたりする。
でも、ぼくは「花が好きなのか」とたずねただけで、花の種類を教えてほしかったわけじゃないんだよ。
花に興味がないから具体的な説明を聞いても「ふーん。そっか」としかコメントがない。
「え、アケボノ……そっか。詳しいね」
「アケボノフウロはフウロソウ科で……」
「も、もういいよ。さっき聞いたから。水やり、がんばってね」
ムリヤリ話を切り上げたと同時にすずおくんが立ち上がった。
「さーいーたー。さーいーたー。チューリップーのはーなーがー」
とつぜん歌いだしたかと思うと、水やりをおえたすずおくんが塾に戻っていった。
ガラガラ……ピシャン!
まるでぼくなんか最初からいなかったかのように、いきおいよくドアをしめた。
もう。ぼくも塾に入るんだから、ドアは開けたままでもいいのに。
すずおくんに続いて中に入ろうと思った矢先、ドアにはってあったクイズに目が止まった。
頭の体操は大事だからとたまにクイズがはっている。
今回のクイズは、三匹の動物のイラストが描かれている。
1.水色のゾウ
2.灰色のサイ
3.ピンク色のウサギ
仲間はずれはどれ?
今日のクイズは簡単だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます