素人道程~僕の前にも後ろにも道はない~
押利鰤鰤 ◆r5ODVSk.7M
第1話 作り話
物語を書くと言うことを始めたのは、たしか小学生の頃だったと思います。
今ではどんな話を書いていたのかなどと言うことは、ほとんど覚えていないのだけど、おそらくどこかで読んだり聞いたりした話を物真似の様に書いていたと思う。
主人公が桃太郎から浦島太郎に変わって、鬼ヶ島へ悪いかぐや姫を退治しに行く様な話だったり、森に捨てられて小人達に拾われた赤ずきんが小人達と協力して、ライバルのシンデレラと競いながら王子の后になる事を目指すという様なそんな話だったと思う。
そんな話を書いては、自分で読んで楽しんでいた。
それが、中学生にもなればさすがにおとぎ話や昔話を題材にした話を書くことはなくなり、そして物語を書くと言うことも無くなっていった。
理由は単純なことで、他に楽しいことがいくらでもあったからと言うことにすぎない。
それでも活字を読むことは、相変わらずに好きだったので、時間を見つけては読んでいたのだけれど、それにしても周りの友人知人と比べてみて、少し読書好きの部類に入ると言うくらいな事であり、とくべつ読書に夢中になっていたというわけでもない。
そんな自分が小説をまた書き始める様になったのは、大学一年生の頃にある小説を読んだからだった。
「おもしろい」
読み終わって自分の口から出た言葉だった。
この面白さはどこから来るのか、どうしてこんなに面白いのか、どうすればこんなに面白い小説を書けるのか。
自分を虜にしたその小説の様な物語を自分でも書いてみたいと思った。
それが再び小説を書き始めた動機だった。
それから時間を見つけては少しずつ書き貯めて、一作目が書き終わると某新人賞に送ってみた。
自分でも無謀であると言うことは百も承知のことではあったのだけど、せっかく書き上げたのだからと言う軽い気持ちだった。
それが驚くことに最終選考まで残った。
結局の所、私の作品が受賞することはなかったのだけど、編集部の方から電話があり、受賞は逃したが個人的には受賞作よりも気に入っているので、自分が関わっている文芸誌に私の作品を掲載したいから、短い話をいくつか書いて送って欲しいという内容だった。
そんな幸運が私に訪れ、そして四作ほどの短編を書いた後にそれが出版されることが決まったのである。
何だか自分でも解らないうちに話はトントン拍子で進でいく。
そして私は本当にそれでいいのかと思う様になったのだ。
自分の書いた作品を読み直してみた。
そこにはかって私が小説を書き始めたきっかけとなった作品の様な面白さを感じることができなかったし、全く別のモノであると言うことに気が付いた。
結局、私の作品が世に出ることはなかった。
最期の最期で、私が辞退したからだった。
当然の様に担当者は困惑し、怒り狂ったので私に新たな執筆依頼が来ることはほとんど無くなった。
たまに他の出版社から声がかかることはあったのだけど、私は大学卒業を目前にしていたと言うことを理由にして断った。
「それが10年前ですね」
大学を卒業した後に中堅の会社に就職して、しばらくサラリーマンとして過ごした後、会社の倒産をきっかけに再び昔のコネで小説を書き始めた私は作家生活二作目の作品が大きな賞を受賞して今はカメラを前に記者会見をしている。
ベストセラーとなり、映画化も決まった後の受賞であり、すでに経済的には安定している。
記者が私に聞いた。
「小説を書き始めたきっかけとなった小説のタイトルを教えて下さい」
私は答える。
「一つの作品と言うよりも、私はその作者さんの書く小説が好きでして」
「その作者は何という方なのですか?」
「杉岡龍治というハンドルネームで、ネットにいくつか作品を載せていましたね。それ以前は、やわらか肉の錬金術師というハンドルみたいでしたけど」
記者達は一応にして知らないと言う顔をした。
それはそうだろうと思う。
すべて作り話なのだから。
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