衝撃

  明海あかみ先生が死んだ?


 早朝のニュースを見て、光輝こうきが固まる。持っていたコップを落とし、粉々に割ってしまった。流れるコーヒーが湯気を立てながら床に広がり、光輝の足に辿り着く。足の火傷に気付かず、光輝はただTVの画面に見入っていた。


 明海の大破したバイクのナンバープレートは見つかったが、肝心の明海の体が見つかっていないのだというニュースが、ほとんど入ってこない。


 今までにない脱力感。そして、自分に穴が抜けたような感覚。体中の血がなくなってしまったかのような、変に軽い心情。自分が狂っているのかと、光輝は自問自答を繰り返した。


 無論、このニュースを見て衝撃を受けているのは光輝だけではない。


「フレイ。フレイ……どうしたんダ、フレイは」


「学校の先生が亡くなったんですって。しばらく、そっとしてあげて」


 両親が心配してくれる声が聞こえても、ティアは部屋に閉じこもり、隅で体育座りをして小さくなっていた。明海の死亡もだが、何より“殺された”ということがショックだった。


 光輝たちから聞いてはいた。殺し屋を警視庁が雇ったということは。だが実際に知っている人間が殺されて、ようやく実感していた。


 いつかは自分も殺されるのではないのだろうか。そんな不安と恐怖心で、どうにかなってしまいそうだった。


 犀門寺さいもんでら兼白川しらかわ家では、結衣ゆいが自分の肩を掴んで震えを止めようとしていた。母の仏壇の前に座り、何とか声を振り絞りながら話しかける。


「お母様……私は、私は……死ぬのでしょうか。姉に殺されかけて絶望の縁、やっと生きる気力が持てたのに……私、まだ一六ですよ? 何故こんなにも、苦しいのでしょうか」


 涙が流れる。仏壇に飾られた母の姿すら、まともに見ることが出来なかった。


「お兄さん、どうしたの?」


 あやからのメールを受け、清十郎せいじゅうろうは制服に着替え始めた。制服の上からフード付きの上着を深く着込み、ケータイを上着のポケットにしまう。


「行くぞ、ガキ」


「……どこへ?」


「東京だ。馬鹿馬鹿しすぎる馬鹿野郎共に、馬鹿って言いに行く」


「……お財布は?」


「いる。持ってこい」


 千尋ちひろを連れ、清十郎はアパートの扉を蹴り飛ばして外へ出た。


 そして、外へ出たのはもう1人。


「ゼウス」


 白の上着に袖を通し、今まさに扉を通ったゼウスを止めたのは、アフロディテだった。鼻で笑ったゼウスは振り返り、アフロディテに手をあげて軽く挨拶を交わす。


「どこへ? 神様から、何か命令でもあったのですか?」


「えぇ。少々第三者が騒がしすぎるので、少し大人しくさせてこいと」


「では私も参ります」


 アフロディテが持つ日傘を見て、ゼウスは困った顔をして息を吐いた。


「それも、神様の命令ですか?」


「いいえ。でも、ポセイドンやハデスがあなたのことをよく思っていないことは事実。ですからこれからは、単独行動の際には私を連れていただきます」


「なるほど。つまりは監視役というわけですか」


「断れば、貴方に対する不満は募るばかりですよ?」


 なるほど、断れない。断れば神に告げ口され、場合によっては座を下ろされる。白い頭の中で、連れて行った方が賢明だと何度も自分に言われた。


「仕方ないですね」


「……では、参りましょうか」


 アフロディテから日傘を受け取り、ゼウスはアフロディテに傘を差しながら目的地へと向かった。

 

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