唐突のナイト

 「ほら、膝を曲げないで。足全体を動かして」


 清十郎せいじゅうろうに代わり、光輝こうき結衣ゆいの泳ぎを指導する。スクール水着をお互い着てるせいで、学校と大して変わりのない情景になってることをおもしろがりながら、清十郎はさきにおにぎりを口に突っ込んでいた。


 同類だと全然態度違うなぁ、後輩。分かりやすいっていうか、単純っていうか……同じか。


 清十郎が二つめを取ろうとすると、千尋ちひろが浮き輪を持って戻ってきた。


「どうしたガキ。おまえだけか」


「うん、買い物だって行っちゃった」


「は? 昼飯はあるだろうがよ。何買うってんだ」


「浮き輪、もう一つ欲しいって言ってた」


「あっそ。どうでもいいが、一回体拭け。冷えると風邪引くぞ」


 タオルを投げ渡されて体を拭く千尋がそばに座り、清十郎はおにぎりを忘れて光輝と結衣の特訓を眺めた。


 その頃、あやとティアは海の家で浮き輪を買っていた。浮き輪と言うより、浮くイルカだが。


「いやぁ、浮き輪よりおもしろそうなモノがあったねぇ。ちょっと高かったけど」


「デモ、これでもと楽しく泳げマス!」


 二人でイルカを持って、清十郎たちが待っているパラソルまで歩く。すると四人の若い男達が声を掛けてきた。


「ねぇねぇ、君たち。二人で遊んでるの?」


「俺達と一緒に遊ばねぇか?」


「女の子だけより安全だと思うけどなぁ」


「ソーリー、二人じゃナイので、お断りシマス。行きマショ、アヤさん」


「そうだね。初ナンパでちょっと自分が可愛く思えたけど、遠慮させてもらうよ」


 二人が行こうとする。だがその肩を一人が掴み、二人を止めた。


「待てよぉ。こっちの方が楽しいよって、おススメしてんだぜ? 無視しねぇでくれよぉ」


「そうそう、お兄さん寂しいなぁ」


「明日の朝には返してあげるからさぁ」


 四人の目の色が変わる。ティアが体を震わせ始め、彩はこの場を切り抜ける術を探る。だがうまく頭は働かず、何も見つけられなかった。


「さ、行こうか」


 男が二人の腕を引こうと手を伸ばしたその時だった。さきに二人の手を一人の男性が掴み、自分に引いた。


「おまえたち、だから二人だけでは危ないといっただろう? すまないが若者たちよ、父親のまえで娘たちをナンパしないでくれ」


 頭にタオルを巻き、ニカニカと笑みを浮べた男が二人を連れて行く。四人の内の一人が止めようと男の肩を掴んだが、すぐに手を引いた。タオルを巻いた男の筋肉に、臆したのだ。


「何か?」


「あ、いや……」


「力づく、なんてのはよしてくれ。これでも、格闘技はカジッてるんだ。手加減の仕方まで教わってないから、危ないよ」


 結局男は男達から二人を引き離し、彼らが見えなくなったのを見計らって男性は二人から手を離した。


「ありがとうございます。助かりました」


「なぁに、良いってことさ。でもよかったぁ」


 男は足に力が抜けたように腰をついた。背負っているリュックサックが、砂を巻き上げる。


「彼らが本当に力づくで来たら、どうしようかってずっと緊張してたんだ」


「え? カクトーギ、かじてるんじゃないデスか?」


「嘘だよ嘘。筋トレは健康のためにやってるんだけど、格闘の経験なんてこれっっぽっちもないさ。ってか俺、殴られた経験しかないしな」


 男が大声で笑い飛ばすが、笑いにくい冗談で二人は戸惑った。それよりも彩が気になったのは、男の服装である。


 バンダナのようにタオルを頭に巻き、黒のショートブーツにジーパンのすそを入れている。Tシャツの上には長袖の薄い上着を来ていて、海というよりは山に行く格好だった。


「さて、君たちのお友達はどこかな? そこまで送ろう」


「いや、大丈夫ですよ。もうそこに見えてるし」


 彩が後方を指差す。パラソルの下で千尋が手を振り、光輝と結衣が二人に気付いていた。


「本当にありがとうございました。次からは、あそこの男子勢を連れて行きます」


「ハイ! アリガトーゴザマシタ」


「そうか、よかった。じゃあ気を付けて、夏休みをエンジョイしなさい!」


 親指を立てた手を出し、男は行ってしまった。二人が戻ると、頭を拭きながら結衣が首を傾げて二人に訊いた。


「さっきの人は?」


「グーゼン出会ったナイトデス!」


「いやぁ、さっきナンパされちゃってさ。あの人が助けてくれたのさ」


「ナンパされたんですか?」


「あぁ。っておいおい光輝くん、そんな顔しないでくれ」


 光輝が眉をひそめていることに気付き、彩は光輝の肩をポンと押した。それでも光輝は眉をひそめたまま。彩は溜め息を漏らした。


「次からは君にも来てもらうさ。イヤでもね」


「イヤじゃないよ。ただ、その……」


「だと思った。昼ごはん食べて休んだら、一緒にイルカ乗ってくれるよね?」


「……分かった」


 二人が会話し終えると同時に、清十郎は手で仰ぎ始めた。ニヤニヤしながら空を仰ぐ。


「いやぁ、あっついわぁ」


「お兄さん、暑いの?」


「あぁ、あっついねぇ。ガキ、おまえにもこの暑さが分かるときがくるさ」


 清十郎の言っていることに気付いた彩が、清十郎におにぎりを投げつける。おにぎりは見事清十郎の口に入り、その場が笑いで包まれた。


「あ、あっつぅ!」


 彩とティアを助けた男が、リュックから出したタオルで汗を拭う。信号に捕まり、目の前を通り過ぎる車を眺めていた。


 時差式の信号が男の進行を止め続けられる。涼しむ場所を探しているのに、太陽の下に晒され続けてバテていた。


「ハァ。“情けは人のためならず”っていうけど、全然報われないなぁ……」


 そんなことを呟いていると、ポケットで震えるアイフォンに気付いて取り出した。


 画面をスライドさせて文面を読むと、男は頭をポリポリ掻いてダランと腕を垂らした。ガクンと肩を落とし、分かりやすく落ち込んでいる。


「仕方ない。遠いけど、行ってやるか」


 気持ちを切り替えて進もうとする男だったが、信号がまた赤に変わって止められてしまった。


 ガックリする男に届いたメールのタイトルに、Lメールの文字が並ぶ。




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