三つ巴

「え? じゃあ君もメールが強化されたの?」


「あぁ。しっかし皮肉だな。見つけるはずのゲームで見つけ損なって、それで強化出来ましたってんだからよ」


 近くのファーストフード店でコーヒーを飲み、清十郎せいじゅうろうは一息ついた。店についてから休むことなく話し続け、枯れた喉を今潤した。


 清十郎も光輝こうきと同じように突然メールで知らされて走り回ったが結局見つけられず、路地裏で強化用のデータチップを見つけたという。


「神がいつもと同じ格好をしてるわけがないって後で気付いた。悔しいよな。天才だとか帝王だとか変に褒められておいて、こういうときにはその頭が――」


「働かなかったんだ。俺も、そうだったから」


「……そうか」


 光輝と清十郎を見比べ、あやは不思議な感覚を感じていた。


 二人は性格も体格も違う。接点は性別と歳と参加者というところだけかと思っていた。


 だが実際、もっと根本的なところが似てるのかもしれないと思わされる。例えば、才能とか。


「他に聞くことあるのか? まさか東京から横浜まで、俺の黒歴史だけ聞きに来たってわけじゃねぇんだろ?」


「光輝くんと同じで鋭いなぁ、清十郎くんも」


 アイスティーをストローで吸いきって、カップをテーブルに置く。彩とここまでいた光輝には、彩が真剣モードに入ったとすぐに理解出来た。


「僕らメール参加者には、色んな人がいる。実際何人かあったけど、皆僕に負けないくらい個性のある人だった。特に君達はね」


「いうじゃねぇか、黒髪女子。で? 本題は何だってんだ」


「そんな個性も違い、それぞれ思惑もあるだろう僕ら参加者は、敵対じゃなく協力をするべきであると思うんだ。だから君には是非、僕ら神様捜索同盟に加入して欲しい」


「同盟?」


 神様捜索同盟って、俺……初めて聞くんだけどなぁ。


 フードを被った顔の眉間を押さえ、清十郎は黙り始めた。


 この行動も考えているときの光輝と重なり、彩は少し清十郎をからかってみたくなった。光輝とは違ってすごい抵抗されそうではあるが。


「……その同盟っていうのに、拘束はあるのか?」


「拘束? そだなぁ。あるとすれば、神様を捜すときは絶対に協力してってことくらいかな」


 眉間から手を離し、口角をグッと上げてニヤつく。清十郎はケラケラと笑うと、彩に手を伸ばした。


「その程度の拘束なら上等だ。その同盟に乗っかってやる。ただし、気に喰わないことがあればソッコー抜けるからな」


「あぁ、それでいいよ。気に入らなかったら抜けるっていうのは、社会でもよくあるルールさ」


「やっぱいうやつだな、黒髪女子」


 握手に応じた彩だったが、人差し指を立てて左右に振った。


「僕のこれ、藍色ね」


「細けぇやつだな、おい。そう思うだろ? 同類」


「同類って、すごいあだ名だな……」


「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」


 光輝が笑いで誤魔化す。だが彩は光輝がいつもよりも楽しそうに見えて、少し安心した。


 だが何故か、清十郎が自分より光輝と相性がいいと思うと少しイラッとした。


 その清十郎が店の時計を見て立ち上がる。


「悪い、俺は帰る」


「慌ててどうしたのさ」


 彩が訊くと、さっきまで話し続けていた清十郎の口が突然止まった。


 すぐに言葉を見つけていた頭が停止し、言葉が見つからない状況に陥る清十郎の額から、汗が噴き出す。


「そ、そのだな……」


「大丈夫だよ、米井よねいくん。言いにくかったら言わないで、用件を済ませて来て」


「おいおい光輝くん、同盟内での隠し事はなしだよ。って言っても、プライベートは除くけどね」


 明らかに困る清十郎で楽しんでいる。


 だがそんな彩を止める術を、光輝はまだ持っていなかった。


 結局頭が回らなかった清十郎が、すべて話すこととなった。


「子供の参加者?! それなんで言わないかなぁ!」


「話すタイミングなんてなかったろ! とにかくだ。俺はガキに飯持って行かなきゃなんねぇんだ。ここで失敬――」


「俺達も会いたいな」


 光輝の言葉に清十郎が固まる。そしてゴミ箱目掛けてカップを投げ、入れてみせた。


「あのな、同類。俺があいつをガキって呼ぶのは、なんにも分かってねぇからさ。このゲームのこともだが、社会の汚さも何にも分かってねぇ。だから俺はあいつを子供じゃなく、ガキって呼んでるんだぜ。ガキを同盟に入れるなんざ――」


「大丈夫、そのガキくんは同盟に入れはしないさ」


 カップを光輝が自分のと一緒にゴミ箱へ持って行ってから、彩は立ち上がった。


「ただその子も参加者ならいつか会うだろう? 初めましては早い方がいいと思ってね。いざというときに警戒されちゃ敵わないからさ」


「大丈夫。彩さん、嘘は下手だからすぐに分かるよ」


「ちょっと、嘘が下手ってどういうことさ」


 彩に言われ続ける光輝を見て、清十郎はケラケラと笑って指を何回か曲げた。


「来な。荷物持ちとしてついて行くことを許す」


「そうこなっくちゃね」


 清十郎を先頭に店を出る。歩きながら話す三人の姿はまるで、幼馴染のように信頼の厚い関係に見えた。



「ここに、その子が住んでるのかい? 本当に」


「あぁ、ガキに警戒されないよう、気をつけるこったな!」


 全室空白という今まで聞いたことがないマンションの状況に、彩はコンビニで買ったサラダが三つ入ったビニール袋をブラブラと揺らした。


「んあ?」


「米井くん?」


 ドアノブを掴んだ清十郎の動きが止まる。そして突然持っていたカップ麺入りのビニール袋を落とし、両手でドアノブを掴んで引っ張り出した。


「清十郎くん!? どしたのさ、いきなり!」


「ガキには基礎教育として、鍵をしろとは言ったがなぁ! 俺はガキが気付くよう、今さっき大きめに声上げてんだよ!」


 イラつきから清十郎は手を離し、1歩下がってドアを蹴り飛ばした。


 古いとはいえ、蹴りの一撃でドアを破れる清十郎を、彩はあまりからかわないように決めた。少なくとも、光輝がいないときは絶対に。


 中に入った清十郎の舌打ちが聞こえ、彩と光輝も中に入る。だがすぐに清十郎に手を出して止められた。


警察バカ共がぁっ……」


「久し振りです。米井清十郎くん」


 スキンヘッドの黒スーツを来た男が、両腕を広げて近付いてくる。胸ポケットの警察手帳を見て光輝と彩は警察だと気付き、さらに言えば直感で警視庁の人だと気付いた。


北魅沢きたみざわてめぇ……前に勧誘に来たとき、情報と交換に見逃しただろうがよぉ」


「いえいえ。今回は君にではなく、とある少年の代行をしようというお話でしてね」


「あのガキか。で? てめぇら、ガキをどこにやった」


 拳を構える清十郎の前に、二人の警官が立つ。だがその二人を退かし、北魅沢は鼻を鳴らした。


「どうやら、君の仕業ではないようですね。まずは落ち着いて、これを聞きなさい」


 わざわざ手袋をはめてから取り出したICレコーダーを起動し、腕を伸ばして三人に向ける。


『ゲーム参加者の君達へ、元気か?』


 高い声と低い声が混じった、聞き間違えるはずのない声が響く。


 神だ。紛れもない。


『神から、君達に少しお詫びしたいことがあってレコーダーを送らせてもらった。どうやら我が部下の一人がゲームの進行具合に不安を持ち、勝手に行動したようだ』


 震える清十郎の拳。その拳に手を伸ばし、光輝が震えを止める。


『最年少のHの参加者からメールを奪取し、ゲームを掻き回す気でいるのだろう。我の言う事はもう聞こうとせん。他の部下に止めさせるが……間に合うかどうかも不明だ。もし間に合わなければ……とりあえず、謝罪してお――』


 ICレコーダーが砕ける。それをしたのは、持っていた北魅沢の握力だった。


「我々は、参加者の少年を捜さなくてはならない。そして見つけ次第、神の部下とやらに神の居場所を吐かせてやりましょう。では、失礼」


 北魅沢はそう言って二人の警官を連れて部屋を出た。出て行った後で、清十郎が壁を殴る。


「鍵はあいつらか……ここを調べてたな。だから嫌いなんだよ。神とか言ってるやつも、警察のバカ共も」


「……米井くん」


 清十郎は天井を見上げ、しばらく脱力する。振り返った清十郎が見せた顔に、二人はまた悪寒を走らされた。だがすぐに口角を上げ、眉間を押さえる。


「こんなやつじゃなかったはずだ、俺は……他人の危機なんざ知らねぇって、そっぽ向いてた人間だぜ? でも今、最近あったガキの危機に怒りを感じてんだ……」


「だったらその怒り、犯人にぶちまければいいじゃないか」


「あぁ、そうだ。そんな簡単なことなんだ。怒りをぶつけるってだけなら、簡単過ぎて退屈なんだ。けどよぉ、怒りをぶつけて人を助けられるわけじゃねぇよ……」


「僕らがいるじゃないか」


 清十郎が顔を上げる。彩は手を伸ばし、清十郎の肩を叩いた。


「君は犯人に、自分の怒りのままをぶつけるといい。君が欠いた冷静さは、僕ら二人が補う。それが同盟――友達としての助力さ」


 光輝が頷くのを見て、清十郎は鼻で笑って両手を上げた。


「参った、参りましたよ。黒髪女子お前、ゲームとかマンガの台詞は覚えてるタイプだろ?」


「さぁ、どうかな。少なくとも今僕は、自分の気持ちを言っただけさ」


 置きっぱなしにしていたビニール袋を部屋に放り込み、三人はマンションを後にした。


 神の部下と警視庁、参加者の千尋救援の戦いの幕開けである。


「神は、どこだ?」



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