第4話

「なんで、荷車の上に女が乗ってるんだ?」


 ヤガンは、戻ってきた荷車の上にウルス人の少女が二人腰掛けているのを見て、呆気に取られた。


「匂いを地面に残さないためだ」


 ラハトは少女たちを一瞥した後、答える。


「いや、ちょっと待て」


 ヤガンは額に手を当てると、大きく溜息をつく。


「俺はそういうことを聞いてるんじゃない。倉庫に荷物を取りに行かせたら、どうして女も一緒に乗せているのか、と聞いてるんだ」


 屋敷に戻ってくるのが遅いと待ち構えていれば、荷車に女を乗せている。まさかラハトが女を引っ掛けているとは思いもしなかった。荷車の上に腰掛ける少女たちの不安げな視線は、ヤガンとラハトの間を行き来していた。彼女たちの服は薄汚れ、あちこちが破れている。どう見ても訳ありの二人だった。


「助けて欲しいというので、連れて来た」

「捨て犬を拾って来たような言い方しやがって」


 ヤガンは呆れる。


 二人の少女は、荷台から降りると、こちらに歩み寄ってきた。そして、二人揃って一礼すると、栗色の髪の少女が口を開く。


「夜分に二人で押し掛けて申し訳ありません。ラハトさんには、危ないところを助けていただきました。シェリウといいます」

「ユハです」


 碧眼の少女も名乗る。


「俺は、ヤガンだ」


 礼儀正しいお嬢さんたちだな。ヤガンの中で、少女たちの印象が変わった。言葉遣いも丁寧で、礼儀作法もしっかりしている。どうやら彼女たちは面倒な商売女ではなく、少なくともきちんとした教育を受けた娘たちのようだ。


 ヤガンは、少女たちの髪が耳の下あたりで切られている事に気付いた。ウルス人の娘がここまで髪を短くすることは珍しい。若い娘たちは、自分の髪を大事に伸ばして凝った髪形や髪飾りで彩ることを好むからだ。そこまで考えて、ヤガンは気付いた。


「あんた達、聖王教会の尼僧か?」

「正確には、修道女ですが……」


 ユハが微かに首を傾げながらヤガンの言葉を訂正する。


「似たようなもんだろう」


 ヤガンは聖王教会について、漠然とした知識しかもっていない。商売にほとんど関係してこなかったためだ。当然のことながら、聖職者の違いについてもよく理解していなかった。 


 少女たちはその答えに、少し困ったような表情で顔を見合わせている。その様子を気にすることなく、ヤガンは聞いた。


「それで、聖王教会の修道女とやらが、どうしてラハトに助けを求めたんだ?教会に逃げ込めばいい話だろう?」

「それは……、少し事情があって、教会には頼れないのです」 


 シェリウが表情を曇らせながら言う。


「おいおい、厄介事を持ち込まないでくれよ。うちは真っ当な商人なんだからな」


 ヤガンは腕組みすると舌打ちした。身内を頼れないとは穏やかではない話だ。今、ヤガンの置かれている状況は厳しい。カラデアへの侵攻を止めるために色々と動いているが、無害な商人の振りをするために慎重に行動している。そのためにも、できれば面倒の種を抱え込むことは避けたかった。


「大丈夫だ、旦那。今日のところは、この屋敷は監視されていない」


 ラハトが口を挟む。


「監視、ですか?」

「いや、何でもない、こっちの話だ」 


 怪訝な顔で聞き返すユハに、ヤガンは慌てて手を振った。そして、ラハトを睨み付ける。


「ラハト、……お前、今日は妙にお喋りだな」

「いつも通りだが」


 ラハトは、表情を変えることなく答えた。


「ヤガンさんも、色々と事情がおありなんですね」


 シェリウの探るような視線に、ヤガンは思わず顔をしかめた。


「商売をやってると、色々とあるんだよ」

「色々、ですか」

「そうだ、色々だ。夜中に修道女が訪問してきたりな」


 ヤガンは口の端を歪めると、二人を見る。少し皮肉を言ってやりたくなったのだ。


「すみません……」


 ユハが申し訳なさそうな表情でうつむく。しかし、意を決した様子で顔を上げると、ヤガンを見つめた。


「ヤガンさんは商人だと聞きました」

「ああ、そうだよ。沙海からの商品を扱ってる」

「私たちを雇ってください」

「何だって?」

「ちょっと、ユハ?」


 唐突なユハの言葉に、ヤガンとシェリウは同時に声を上げた。

 

「私たちは、アタミラを出なければいけないんです。でも、ご覧のとおり、身一つでお金を持っていません。路銀を稼ぐ必要があるんです。でも、私たちは田舎から出てきてアタミラにつてなんてありません。お願いです、どうか、ここで働かせてもらえませんか?」


 ユハの懇願に、シェリウは慌てた様子で肩に触れる。


「ユハ、いきなり何を言い出すのよ」

「これしかないよ。こんな格好で街中で仕事を探せるわけないでしょう。すぐにあいつらに見付かってしまう」


 二人の深刻な表情を見ながら、ヤガンは小さく溜息をつく。彼女たちが誰に追われているのか分からないが、かなり危険な問題らしい。どうやら、禁欲生活に飽きた家出少女の逃避行などでは無さそうだ。


「なあ、あんた達」


 ヤガンの呼びかけに、少女たちはこちらに顔を向ける。


「一体何をやらかしたんだ?人に雇ってくれと頼むからには、自分の事情を話してくれないと不公平ってもんだろう」

「詳しく話せば、ヤガンさんにもるいが及ぶかもしれません」


 シェリウが厳しい表情で言う。ヤガンは肩をすくめた。


「もうあんた達を匿ってるんだ。同じことじゃないか?」

「いえ、全く違います」


 シェリウは頭を振る。


「これは、聖王教会とウル・ヤークス王国の根幹に関わる問題なんです。他国の人は、関わらないほうがいいと思います」


 大袈裟な話だな。ヤガンは思わず苦笑するが、二人の表情に誇張や嘘の気配はない。


「だとしたら、あんた達を雇うと、俺も危ないって話にならないか?そんな危険な秘密を持った人間を雇うなんて、火事場の隣で油を商うようなもんだろう」

「それは……」


 ユハは顔を歪めた。


「雇ってやればいい」


 ラハトが口を開いた。


「下働きなら、屋敷から出る必要もない。商談に連れて行くわけではないだろう」

「おいおい、簡単に言ってくれるな。何も仕事ができない娘を二人雇うほど、うちは裕福じゃないんだぞ」


 ヤガンの答えに、ユハが身を乗り出した。


「修道院では何でもしてきました。掃除も、洗濯も、料理もできます。重い物だって運べます。字も書けますし、読めますよ」


 その勢いに圧倒されて、ヤガンは仰け反る。


「旦那、真面目な話、これから俺は使用人とは違う仕事が忙しくなると思う。屋敷の仕事に関しては、彼女たちがラテンテを手伝ってもらうほうが助かるんだが」

「ああ、確かにな……」


 ラハトの言葉にヤガンは頷いた。確かに、これからラハトには屋敷の外で色々と働いてもらうことになるだろう。いつまでも屋敷での仕事をやってもらうわけにもいかない。ユハという少女の言うことが本当ならば、ラハトの使用人としての仕事を補って余りあることになる。


「そうだな、まあ、学があるっていうのはありがたい話だな」

「それじゃあ……」


 ユハの表情が明るくなる。


「まずは試しに働いてもらう。役立たずだったら、すぐに屋敷から叩き出すからな」


 ヤガンは腕組みすると、厳しい表情で言う。


「はい、頑張ります!!」


 ユハは力強く頷いた。一方のシェリウは、納得していない様子だが、口を挟むことはない。


「しかし、ラハト。お前にしては珍しく、他人に親切にするんだな」


 ヤガンは、笑みを浮かべてラハトを見やった。彼と出会った時のことを思い出す。


「昔の自分を思い出すのか?」


 ラハトは視線をそらすと何も答えなかった。

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