第十一夜 むなごとの海

 たぷたぷと船は進む。赤黒い空はいつしか藍に染まって、星屑が瞬いている。いいや、あれは本当は星なんかじゃあないというのは、わたしにも分かっているのである。話に聴いたところ、ありゃあ、ずっと上の方にある明かりだ。

 これが見えるということは、わたしはずいぶん遠いところに来てしまったようだ。うんざりして、わたしは向かいをねめつけた。くさくさしていた。

「その話に疑問がいくつかある。まず、クウとカッちゃんは克巳と玖三帆の生まれ変わりなのかということ。次に、クウとカッちゃんを殺したのは誰だってこと。あとは、柳は巽をどう思って一緒にいるンだ? ってこと。昔と後じゃあ、ずいぶん巽に対する態度が違うじゃないか。あの男になにがあっての心境の変化だ? 」

「あれえ、ついに観念したんですか」

「違う」

「マ、そういうことにしときますわァ。そうですねえ……雲児と空船は、克巳と玖三帆の生まれ変わりです。それは間違いないとだけ言うときましょ」

「どっちがどっちだ? 」

「さあねえ。それは考えてみてくやさい。じゃあ次は、二人を殺したンは誰か? 玖三帆のほうは、分かってンでしょ。ありゃあ克巳ですよぉ。川に飛び込んだ順番は、克巳が先で玖三帆が後です」

「克巳がまだ生きてて、玖三帆を道ずれにしようとした? じゃあ克巳は、どうして飛び込んだ。玖三帆の代わりに飛び込んだ? いいや、違うだろう。克巳は最初は確かにそうしようと思ってたんだろうが、それじゃあ、なんで柳は玖三帆にあんなこと言ったんだ。玖三帆が克巳を落っことしたんじゃあないのか? 」

「そう。じゃあ、状況を整理しましょ。供物に克巳と玖三帆かが選ばれた。克巳はそれを知って、供物に名乗り出た。玖三帆が克巳を川に落っことした。玖三帆は柳に川に落っことされた。二人は雲児と空船として蘇った」

「そうか! 克巳は最初は自分がいざ身代わりにと思ったけど、やっぱり嫌になって、同じく死にたくない玖三帆に落とされた。こうだろう! 」

「そう考えンのが自然ですわな」

「……違うのか? 」

 わたしが頭を捻って考えた推理を、こいつは放り投げるようにしてそっぽを向いた。これでは否定したも同じだ。

「ちょっとねえ、元船頭さん」

「まだ船頭だ」

「へいへい。では、船頭さん。あのね、これは推理小説じゃあないんですよ? 忘れちゃあいけンのは、これが魑魅魍魎も絡まった話だということです。雲児と空船は、ただ記憶喪失で川に打ち上げられたわけじゃあない。イチから泥人形として器も新たに蘇った。そして何より、柳には人魚の呪いがある」

「柳が巽と一緒にいるのは人魚の呪いだからってことか? 」

「……おっと。口が過ぎた。うん、まあ、そういうことです」

「でもそんなの、推理しようが無いじゃねえかよ」

 わたしがふてくされると、奴はこれ以上無いというくらいの呆れた顔をした。「あのねえ……しやからぼくは、思い出せと言うたんやけど」

「思い出せねえから推理しようとしてやってるんだろう。じゃあ何か。お前はこんな思わせぶりな話し方をして、何も考えずに聞けと言うのか。さっぱりくっきり話しやがれってんだよ。誰がなぜ殺した、誰が死んで誰がどうしてそうなった。それでいいんだよ。まだるっこしい……」

「じゃあアンタ、夜な夜な井戸から出てくる女が「皿がいちまーい、にまーい」って数えとりますが、この女は皿が足りなかったから死んだのですよ、といきなり言って、「なんで皿一枚で死んじまうんだ」ってな風にならへんのですか。お菊やて、そないな説明されちゃあ浮かばれませんでしょうよ」

「めんどくせえなあ」

「ふ、ふん! そんなツラして煽っても、ぼくはネタばらしはしませんからね! しやったら法則を授けましょ。魑魅魍魎にも制約はあるんです。幽霊は壁を通り抜けられるやもしれませんが、招かれないと一寸の敷居も跨げないやからもいる。河童は水が枯れるといけないのは有名ですし、節分の日にか使えない呪術だってある」

「法則ぅ? 」

「そうです! 雲児と空船は、克巳と玖三帆の生まれ変わり。これが法則イチ」

 やつは短い小指を立てた。

「人魚の呪いは、男だけしかかけられない。しかし穴が無いわけじゃあない。これが法則ニ」

 次に薬指が立つ。

「雲児と空船は、互いが損なうと片方もそれにならう。逆もしかり。法則サン」

 中指。

「柳は、瑞己人魚のまじないで不老不死になっている。また、人魚のまじない、呪いは、死んでからも効果がある。つまり瑞己人魚は死んでいる。法則ヨンとゴ」

 人差し指。親指。

「最後に、ぼくはあんたに嘘はつきませんし、つけません」

 晒される両の手のひら。

 やつはそこまで一挙に言いきって、なんだか疲れたような顔をした。「ああもう、疲れるなぁ」口でもそうぼやいて、ごろんと横になる。

「おい、続きは」

 わたしが急かすと、やつは半目でにらんできた。

「もう、なんですか。さっきまでのしおらしい態度とは雲泥の差やアないですか」

「ここまで話しておいて、放り出すつもりか? 」

「わあっとりますよぅ。仕方がないなあ。ちゃんと、最後までに思い出してくださいよ。あんたが誰で、ぼくが誰なんか」

 ああ、そんな問題もあったな。けれどもう、わたしの頭は結末への期待でいっぱいである。

 わたしが誰かというのは別にしても、こいつが誰か、なんていう些細な事は思い出せる気がしない。

「そういえば、あんたは誰なんだ? 」

「またまたぁ。ぼくが嘘をつけへんって分かったとたん、そういうこと訊くんやから。マ、そこは自分で考えたってやな」

 やつはにやにやしながら身を起こすと、座を正して低く話始めた。

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