第82話国へ帰ろう

 それに男は答えず、代わりにシドが答えた。

「ここは元を正せばナロウ国の臣民が作った村じゃ、ただでさえアルポリに服従するのが嫌な上に、戦士の村じゃ。アルポリ軍は逆らわなければ許すが、抵抗する奴には容赦なく攻めたと聞いた。ここは徹底抗戦したんじゃろう」

男はそれを聞いて

「そうだ。その通りだ」

と呟いた。

「村人で生き残ったのは居ないのか?」

イツキは聞いた。


「何人かはいる。その時にこの村に居なかったものもいる。しかしこの村は全滅したというしかない。俺の家族もみんな死んだ」

男は今度は嗚咽を漏らしながら泣いた。

イツキはその男の背中をさすりながらかける言葉が見つからなかった。


――これは戦なんかじゃない。単なる虐殺だ――


 イツキは唇を噛んだ。

アレットもシドも同じことを思っていた。


 ここで生き残った村人はこの恨みを一生忘れないのだろう……イツキはそう思うとどうしようもない行き場のない怒りを感じた。


――これと同じ事をナロウ国の国王にさせてはならない――


 そう思って男の背中から手を離しシドの顔を見上げた。

シドは村の中を突き抜ける街道の先を見ていた。


「何かいるんですか?」

イツキ眩しそうに眼を細めてシドに聞いた。


「うむ。誰か来る……それも一人ではない……3、4……まだおるのぉ」

イツキも立ち上がってシドが見ている方角を見た。

確かに数人の人間の影がこちらに近づいて来ていた。


「あれは……」


「うむ。ここで会うとはのぉ……」


 その集団はリチャード達だった。

リチャード達はショモラマン山脈を南下してこの村に入ったのだった。

そう、アルポリ軍が進軍したコースを順番に下ってきたのだった。


リチャード達の顔もこわばっていた。

イツキ達の姿を見つけると無言で近寄ってきた。


「イツキ達も来ていたのか……」


「今、ここに来たところです」

イツキはリチャードに答えた。

本来なら異国の地での再会である。もっと明るい空気の元で会いたかった。

「ここで会うとはな」

リチャードにそう言われてイツキとシドは無言で頷いた。


「誰か生存者はいましたか?」


「ああ、数人いた。持っていた食料と飲み水を渡したところだ。アルポリも惨い事をする」

リチャードは力なく言った。


「国と国との戦いはこんなもんじゃ。これに民族や宗教や色々なものが加わると人は更に残酷な事をしよる」

シドはそういうと視線を焼けた村に向けた。


 リチャードは焼け跡から目を背け空を見た。

頭上には青空が広がっている。本当に気持ちのいい空だった。

しかし目を地上に戻すとそこは、かつて街があったと思われる廃墟と焼け焦げた村人の死骸が転がっている風景があった。


リチャードはイツキに向かって言った。

「イツキ、今我が国がやっている軍事教練はこんな悲惨な惨い事をするためにやっているのか?」

リチャードの目は悲しみに染まっていた。

ほとんど泣いているようにも見えた。


「いいえ。こんな悲惨な目に国民を遭わないためにやっています」

イツキはリチャードの視線をそのまま目もそらさずに見つめ返した。

リチャードは無言だった。


「でも使い方を間違えばこうなります。同じ事をやれます」

とイツキは付け加えた。


リチャードは考えていた。

アルポリと戦う事になるナロウの事を。


「アルポリ軍は強いのか?」

リチャードは焼け落ちた廃墟を見ながらイツキに聞いた。


「いえ。弱いです。戦ってみてそれは実感しました」


「なに?アルポリ軍と戦っただと?」

リチャードだけでなくアルカイルもナリスも驚いた顔をしてイツキを見た。


「はい。ケンウッドの森でエルフ達と一緒に戦いました。老師シドを参謀に戦いました。」

リチャードはシドの顔を見た。


シドは

「ほい。戦いましたがな。全く教練も作戦も戦術も何もありませなんだ。思った以上に脆かったですな」


「そうか……」

リチャードは少しホッとしたような表情でため息をついた。


「しかし、この敗戦で学ぶところは沢山あったでしょうな。今度やる時はもっとまともな軍隊になっていると考えて置いた方が良いでしょう」

シドはリチャードにそう言った。


「殿下は他に街や村もまわられたのでしょう?如何でしたかな?」

シドはリチャードに聞いた。


「確かにアルポリ軍に攻め込まれてはいたが、ここまで酷い目には遭っていなかった。野戦で1回ぶち当たってほとんどが負けて終わりだった。ここまで徹底的にやられた街は無かった。何故、ここだけが……」


「それはここが戦士の村だからです。元ナロウ国の民の村だったからです。アルポリ軍に徹底的に戦って玉砕したのです。グーヤの村の人間に降伏というに文字は存在しません。そして間違いなく生き残った人々には報復というに文字が刻み込まれたでしょう」


「そうか……ここは戦士の村だったな」

と力なくリチャードは呟いた。


「勝った勢いで略奪・暴行・殺人が行われるのは戦争では当たり前の行為ですな。それを押し止めるのが軍規というモノじゃが、まだこのアルポリ軍にそんなものはありますまい。まだそこまで成熟しておりませんな」


「当たり前か……そんな軍隊だけは持ちたくないな」

リチャードは吐き捨てるように言った。


「イツキそれに老師シド、我が国がこんな目に遭わぬため、そしてこんな悲惨な事をせぬようにするためにも力を貸してくれ。頼む!」

リチャードはそう言うと2人に頭を下げた。

その唐突な行動に驚いたイツキとシドは

「頭をお上げください殿下。我々にできる事ならなんでもやりますから」

イツキはそう言ってリチャードの手を取った。


「おお、助けてくれるか。ありがたい」

日頃、頭も筋肉でできていると言われている皇太子リチャードだが、国民を思う気持ちは強く、正義感も強い。

血気盛んな青年でもあるが、自分の立場を見失う事はない。

シドはその姿を見てアイゼンブルグを思い出していた。

彼はこの皇太子リチャードの教育係でもあった。

「見事に教育されましたな。閣下」

シドは心の中でそう思っていた。


「ところで殿下、これからどうされますか?」

ここでいつまでも感傷にふけっている訳にもいかない。イツキはそろそろ気持ちを切り替えなければならないと思った。


「我々はこのまま北上しナロウに戻ろうと思っています。彼女、大召喚士モモガの孫のアレットを教育しながらになりますが……」

と言ってリチャードにアレットを紹介した。


「なに大召喚士モモガの孫とな……召喚士にならずに武士になるのか?」

リチャードはアレットの恰好が明らかに武士だったので驚いて聞いた。


「いえ。これは召喚士になる前に他の職種も経験させるためにやっているだけです。彼女の場合、先祖代々召喚士の家系ですから、この機会に他の職種も経験させようって事です」


「成る程、そういう事か」


「アレットです。殿下」

アレットはそう言って頭を下げた。


「彼女、召喚士ではオーディンまで呼び出せますよ」

とイツキが言うとリチャードやアルカイル、モーガンも驚いていた。


「アレット、これからも頑張って大召喚士になってくれ」

そういうとリチャードはアレットの手を取って握手をした。

アレットは驚いたが、笑顔で

「はい。頑張ります」

と答えた。


「さて、どうするかだな」

リチャードは振り返りここまで一緒に旅をした仲間の顔を見た。

アルカイル、モーガン、グレイス、ナリス、スチュワートみなここまでリチャードと共に旅をしてきた者達だった。


「よし、帰ろう」

とリチャードは言った。


「ここまでの旅で知ったこの国の状況、そしてイツキ達が持っている情報や経験を早く国へ届けたい。そして今からやらねばならぬ事が沢山ある。故にここで帰ろうと思うが皆の意見はどうだ?」

リチャードは全員の顔を見渡して聞いた。

みな黙って頷いていた。

既に皆の意思は決まっていた。


「うん。帰ろう。」

リチャードは笑顔で答えた。


「イツキ。帰りは一緒だ」


「はい。閣下。お供します」

イツキはリチャードに答えた。


数か月の旅だったが得た物は多かった。

ここにいる者は何しらこの旅で学んだ。そして強くなった。


9人のパーティになったリチャード達一行は初心に帰って、「スチュワートと愉快な仲間たち作戦」でナロウ国まで帰る事にした。


しかし、ここに来るまでにそれなりに成長したスチュワートは、もう撒き餌にならない強さを持っていた。

旅の最初はやけで歌を歌ったいた吟遊詩人は、今は自らパーティの先頭に立ってハープをかき鳴らしていた。

それを見たリチャードは

「もう撒き餌にもならんのか」

と言って笑っていた。




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