第72話皇太子の使命

「アルポリは大きな見落としてをしている。軍を持つと言うことは外交力を持つという事なのじゃ。今、ワシがお主に言ったことは単なる外交戦略の一つだ。要するにアルポリは自ら面倒な事をこれからやっていかなきゃならんようにしてしまったという事じゃ」

シドはホーリーにそう言うと一息ついて酒をあおった。


「で、本題はここからだ。今ナロウの皇太子が呑気にアルポリ国を旅行中だ」



「なんだと?こんな時に?それは強気なのか単なるバカなのかどちらかだな」

とホーリーは半ば呆れていった。


「まあ、後者の方じゃろうな」

シドはそう言うと大きな声で笑った。


「そこで、これからそのバカ王子がアルポリに破れた部族の族長に会いにいく。『これからもちょくちょく遊びに来る』と能天気な事を言ってのぉ。なのでお主の方から前もって『バカ王子が遊びに来るから相手してやれ、何かあったらそのバカ王子に頼め』と言っておいて欲しいのじゃ」


「そんな事ぐらいは簡単じゃが、それを言ってどうなる?」


「どうにもならんよ。ただ噂が噂を呼び、これらの部族は手を出すとナロウがやってくるかもしれないとアルポリが思うだけじゃ」


「ほほぉ、それは愉快じゃ。勝手にアルポリがナロウを怖がって攻めてこんと言うのか」


「そういう事じゃ」

シドはそう言うとまた酒をあおった。


「なる程、分かった」

ホーリーはそう言うと笑って頷いた。


「しかし外交とは面白いのぉ」

ホーリーはシドと同じように酒をあおった。


「まあ、軍事と外交は両輪だからのぉ。それにアルポリが気づくのには、あと100年はかかるじゃろう」


「なる程のぉ……お主の話を聞くと神の声に聞こえるわ。ワシは数百年生きているが、お主の数十年に及ばぬとはのぉ」

とホーリーはしみじみといった。


「なんのなんの、ワシは数十年しか生きておらんが、人類3000年の文明の歴史を学んだからのぉ。それだけじゃ。ワシが偉いわけでも何でもない」

シドはそう言って笑った。そして

「ちょっと待っていてくれ」

と言って小屋の外に出た。


小屋の外に出たシドは森を見上げ

「ケントは居るか?」

と声をかけた。


頭上からケントが飛び降りてきてシドの前に跪いた。

「お呼びで」


「おお、やっぱりおったか。そうじゃ、お主に頼みたい事がある」


「はい。」


「まず、今から皇太子の元へ戻ってワシとイツキがここにいる事を伝えて欲しい」


「はい。心得ました」


「それと。ワシからの頼みもお願いして欲しい」


「分かりました。お伝えしましょう。なんなりと」


シドはケントに言った。リチャードにアルポリ軍に蹂躙された部族の長老に会って貰いたいと伝えてくれと……そして何かあったらいつでも相談に乗るとリチャードの口から言って貰いたいと。






ケントからの報告を聞いたリチャードは、体が震えるほどの驚きと喜びを感じた。

老師シドは言った。


「これからは軍事力と外交力の両輪が必要だ」という言葉が胸に突き刺さった。

その為にまず外交力をリチャードは身に付けよと言われたような気がした。

外交でのバランス感覚がこれからは必要であると言う事をこの皇太子は自然と感じ取った。

単なるバカでアホな皇太子ではなかった。

リチャードは老師シドからの頼みごとの真意が分かった。

これは次期国王となるリチャードへのシドからの贈り物だった。



「分かった。その役は喜んでお引き受けさせてもらうと言っていたと老師に伝えてくれ」

ケントにそう言うとパーティの全員の顔を見回してリチャードは言った。


「は!必ず伝えます」

そう言うとケントは草むらに消えた。



「皆に言う。これから俺は老師シドの助言に従って、この周辺の部族に会いにいく。旅の途中で申し訳ないがこれからは皇太子リチャードとして動くことになる。なのでここでこのパーティから抜けることになるが許して欲しい。」

リチャードは頭を下げて謝った。

その時ナリスが

「それでは私も言わせてもらいます。殿下、只今よりナリスパーティを殿下の部下としてお雇いいただけますか?」

と言った。


 リチャードは驚いてアルカイルの顔を見たが、彼は笑って頷いただけだった。

モーガンもグレイスもスチュワートも頷いて笑っていた。


「良いのか?」


「はい。これからはリチャード王子と愉快な下僕たちの旅になりますが」とナリスが言った。


「下僕ではない仲間だ」

リチャードはそう言うとまた頭を下げた。

 彼は民からの支持を得るという事はこういう事か……と心の中で思っていた。

彼の気楽な旅はそんなに無駄ではなかったようだ。



 その日、リチャード達は港に向かわずにショロラマン山脈を目指した。

その周辺に点在する部族……すなわちアルポリ軍に攻め込まれた部族が住む村に向かう事にした。


この訪問は、彼をナロウ国の皇太子としての自覚と責任に目覚めるさせる旅となった。



そして彼らが向かう途中にアルポリ軍はケンウッドの森で大敗をきするのであった。





イツキとシドはアルポリ軍に付けた斥候からの報告を待っていた。


王都に戻るのか?それとも再起を図りもう一度攻めて来るのか……。

シドは始めはもう一度攻め込んでくると思っていたが、予想以上の結果にこれ以上の侵攻はないかもしれないと思い始めていた。それはイツキも同意見であった。


 イツキたちはアンプ村でしばらく滞在していたが、戻ってきた斥候たちが口々にアルポリ軍の撤退を報告するのを聞いて、この戦いが終わったことを確信した。


「イツキよ。どうやら終わったようじゃな」

シドはホッとした表情でイツキに言った。


「はい。案外アルポリの将軍も引き際を心得ておりますね」


「うむ。さて、アルポリの国王がどういう処遇を持ってこの敗軍の将を迎えるかじゃな」


「といいますと?」


「この敗戦の責任を取らせて首を刎ねるのか、それともこれを貴重な経験として更にこの将軍に期待するのかでこの国の先が見えるというものじゃ」


「それはこの国王の懐の深さですか?」


「そういうことだな。ここでこの敗軍の将を許し次の戦いの糧にするような国王であれば油断はできん。イツキよ、お主はアーチャンド国王に会っておろう。どう思うかのぉ?」


「元々冷静な国王でしたからね。僕の知っているアーチャンド国王なら許すでしょう」

イツキはそう応えた。

イツキに依頼をしたアーチャンド国王は物静かな道理の分かる国王だった。

イツキにとってはこんな戦を起こすこと自体、不思議だった。



 それから2人はアルポリ軍の行動を見極めるために更に1週間ほどアンプ村に滞在した。その間に、確保した銃と大砲に関して、打ち方や使い方を教えた。そして完全にアルポリ軍が撤収した事を確認するとナロウ国に帰ることにした。

 火薬や砲弾に関してはナロウ国から必要な量は送ると言った。

「これからは武器に関してはナロウ国を頼れば良いでしょう。窓口には私のいるギルドのギルマスがなってくれます。安心して注文してください」

とイツキはヘンリーに何の断りもなく勝手に決めていた。

 暫くしたら砲弾や火薬の作り方は彼らにも分かる時が来るだろう。それまではナロウ国との付き合いを深く太くしておきたいとイツキは思った。

そこでシドと相談して敢えて火薬と砲弾の作り方は教えなかった。



 村も落ち着きを取り戻した頃、シドとイツキは族長のタブナックルの元へ行きお別れの挨拶をした。


「老師とイツキには本当に世話になった。この恩は一生忘れまい。また機会があれば寄ってくれ」とタブナックルは感謝を込めて2人に言った。


シドは、もしまたアルポリ軍が攻めて来ることがあったら直ぐに連絡して欲しいと伝えた。



 帰り道すがら、シドとイツキはアルポリ軍が攻め込んだ村を見てから帰ることにした。

アルポリ軍がどのような攻め方をしていたのかを確認したかったからだ。

シドとイツキはタブナックルに馬を貰い、ショモラマン山脈の麓を目指していた。

ここからは急ぐ旅でもない。2人でのんびりと向かった。


「もしかしたら、バカ王子にまた合うかもしれんのぉ」

とシドは呑気な声を発した。


「そうですねえ。バカ王子は師匠の真意を汲み取りましたでしょうか?」


「うむ、あのケントがちゃんと伝えてくれたであろう。大丈夫じゃ」

シドはそう言うと空を見上げ

「今日もいい天気じゃのぉ。イツキよ、見てみろ。この空の高いことよ」

と言った。


「はい。本当に雲一つない青空ですね」


「そうじゃのぉ」


2人はのんびりと馬に揺られて街道を北へ進んでいった。





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