第23話黒騎士になりたい女

朝からイツキは疲れていた。

結局、昨日は国王が勝つまで止めないと決めていたようで何度でも勝負を挑まれ、最終的には国王が勝ったものの、それから感想戦になり国王の鬱憤(うっぷん)晴しに付き合い更にそのまま食事も共にする事になった。


国王は酒が強い。

それにもつき合わされたイツキは、朝から疲れていた。

特に酔った国王はイツキに政治のきな臭い話もする。それだけイツキの事を信頼しているという事なのだが、自分の不安定で政争にいつ巻き込まれてもおかしく無いという立場が分かっているイツキとしては悩みどころでもあった。

ただ「我が国王は覇道を欲しておいでにならない」それがわかっただけでもイツキにとっては無駄な時間では無かった。


今日は幸い二日酔いになっていないのだけが、不幸中の幸いという状態だった。

――今日は1日この部屋で仕事をしよう。魔王に会いに行ったりしないで済むように祈ろう。

いつもの平穏な日常でありますように――



ノックの音がした。

マーサが

「イツキ、いますか?」

と聞いてきた。



「残念ながらいるよ」

とイツキが答えるとドアが開いてマーサが入ってきた。

「今日の相談者よ。よろしく」

と言うとマーサは女と「飲み過ぎはダメよ」という一言を残して笑いながら出て行った。


その女は、縦カールの長い金髪が美しく如何にも剣士といった出で立ちで、腰に人もうらやむ名剣ラグナロックを下げていた。



「初めまして。キャリアコンサルタントのイツキです。転職のご相談ですか?」

イツキはなんとか平常を装って声を掛けた。

やはりまだ酒が残っているようだ。


「そうなんです。今剣士をしているんです。つい最近、オーデリア大陸を8人パーティで制覇してきました。」


「ほほ~それは凄い。それでその剣をお持ちなんですね。失礼ですがお名前は?」


「アイリスです。これもやっと手に入れた剣なんですけどね。でも燃え尽き症候群になってしまったんです。」


「燃え尽き症候群?」


「そう、燃え尽き症候群。何もやる気が起きませ~ん」


「ああ、なる程。僕にも経験がありますよ。そういう時は、しばらく休んでいたら良いじゃないですか?」


「そうなんですけどねえ。でもここで休んでしまうとそのままヒキニートへ一直線のような気がして……」


「まあ、それも有り得ますな」


「でしょう?」


「それで転職を考えているんですね。」


「そうなんです。何が良いと思います。」

アイリスは身を乗り出してイツキに聞いた。


「主婦。」

とイツキは言った。


「あ~ら。あなたお帰りなさい。ご飯にします。先にお風呂にします。それもとわ・た・し……って何を恥ずかしい事やらすんですか!!」

とアイリスは乗り突っ込みをかました。


「いえいえ。勝手にあたなが妄想全開で暴走モードに突入したんじゃないですか?誰も止められませんよ。本当に久しぶりに見ていて恥ずかしい思いをさせていただきましたよ。」

イツキはこのギャグ体質の娘を既に持て余してきた。


「そうでした……失礼しました。では婦以外で何か」


「では、道化師」

イツキは間髪入れず応えた。


アイリスの右手は剣の柄にかかってワナワナと震えている。

「ちゃんと考えてくれてます?」


「あ、失礼しました。」

とイツキは一応謝ったものの

「誰だってこの流れなら、そういうぞぉ…2人いたら漫才師と言ってあげたのに……でも1人乗り突っ込みが出来るって結構いい線言っていると思うんだけどなあ…。」

と考えていたら


「まだ、引きずってます?」

と剣の柄に手を掛けたままアイリスが聞いてきた。


「いえいえ、全然」

イツキはうすらとぼけた。

――空気を読む力は結構あるんだ――

「それなら最初から空気を読めよ」と言いたかったが我慢してイツキは聞いた。

「それでは聞きますが、アイリスさんあなたは一体何になりたいのですか?」


「それが分かればここには来ておりません!!」

きっぱりとアリスは言い切った。


「そりゃあ、そうですが……そもそも転職したいと思っている訳ではないんでしょう?」


「そうですね。ただやる気が起きないだけです。」


「そういう時に転職しても無駄だと思いますよ。やる気のない状態で興味のない仕事について、それでうまくいくとは思えませんねえ」


「やっぱりそう思いますか?」



「そう思います。第一、ここは冒険者のギルドですよ。まずは冒険したいかどうかです。その辺はどうなんですか?」


「冒険ねぇ……もう1回やっちゃいましたからねえ……もういいです。」


「だったら、ここに来る必要はないですよ。」


「やっぱり答えはそうなりますか?」


「そうなります……と言うか、それしかないです。」


「だったらここで雇ってくれませんか?」


「ダメです。」


「なんで?」


「職業を1つしか持っていない人はキャリアコンサルタントは出来ません」

イツキは少し強めに言い切った。


「キャリアコンサルタントでなくても良いんです。秘書でどうですか?」


「要りません。僕一人で十分です」


「そこをなんとか」


「要りません。」


「そうですか……なにかいい職業ないですか?」

アイリスは肩を落としてイツキに聞いた。


イツキは仕方なくいつもの職種紹介のポスターを広げてアイリスに見せた。


アイリスはそれをざっと見て言った。

「はぁ……なんかピンと来ませんねえ……」


「そりゃそうでしょう。既に燃え尽きて真っ白な灰になってしまっているんですから……。剣士を極めたら次は騎士でもすればどうですか?」


「ここの騎士はしがらみが多いから嫌です。」


「まあ、だいぶ改善されましたが、しがらみの多い世界ですからねえ……。同じ騎士でも黒騎士の方が楽かもしれませんねえ。」


「黒騎士?なんですかそれ?初めて聞きましたけど。」


「ああ、これね。つい最近うちのギルドで扱いだした魔人系の職種です。ま、魔王の眷属ですから、冒険者と敵対する職種ですね。つい最近も1人転生者が黒騎士になりましたけど」


「え?本当ですか?もしかしてこの黒騎士(シュヴァルツリッター)ってあの暗黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)に入れたりします?」


「今ならもれなく入れますし、この前入ったのも女性でした。」


「それじゃあ、あのキース様の部下ってことですよね。」


「残念ながらそうです。」

――またキースか――

イツキは心の中でそう思った。


「全然、残念じゃないです。私、これにします!!」

アイリスは即決で黒騎士になる事を決めた。

さっきまでのやる気のなさが一気に吹っ飛んでいた。


「あのこれ魔王の眷属ですよ。冒険者と戦うんですよ。」


「大丈夫。私が冒険者をこのオリハルコンでぶった切ってやります。」


「いえ、それラグナロックでしょ?名前間違ってますよ。」

イツキは思わずツッコミを入れた。


「あ、そうでした。このラグナロックでぶった切ってやります。」


――やっぱりこいつはギャグ体質だ――

道化師になればいいのに……

と思っていたらアイリスが

「まだ道化師引きずってますか?」とラグナロックを抜いて言った。


「全然」

とイツキは慌てて首を振った。

――何なんだ?何故分かる?――

もしかしてこいつはチート持ちか?読心術の……。


そう思ったイツキは心の中で

「アイリスの馬鹿」

と念じてみた。


「なんだとぉ!!」

とアイリスは怒り狂った。


「なんであんたは人の心が読めるんだ!!読心術でもできるのか?」

イツキは聞いた。


「あ、……いや……実は私に悪意を持った感情は読めるようなんです」

アイリスはそう答えた。


「じゃあ好意とか善意の感情は読めないんですね。」


「そうなんです。」

アイリスは小さい声で答えた。


「ふ~ん。そうかぁ……」

イツキはそう言うと心の中で

「アイリスちゃん可愛いね。大好き!」

と叫んでみた。

アイリスはイツキが急に黙ったので不思議そうな顔をしてみていた。


「ふ~ん。本当に分からないみたいだな。じゃあこっちはどうだ」

と、イツキは

「アイリスのブ……」

とおっもた時点でアイリスが

「なんだとこの野郎!」

と怒鳴った。


イツキは大笑いして

「いや、済まない。確かめさせて貰ったけど、相当笑えるチートな力を持っているね。」

イツキは涙目になるぐらい笑って謝った。


「まあ、そのチートがどこで役に立つかは分からないが、すごい才能だと思うよ。」


「あまり、おちょくらないで下さい。」

とアイリスは軽く不満げにイツキに言った。


「はい。失礼しました。それで、なんでしたっけ?黒道化師でしたっけ?人を笑いの渦に巻き込んで窒息死させる職種……」

イツキはまだ笑いが止まらないようだ。


「違います!黒騎士です。笑いの渦に巻き込んだりはしません。」

アイリスは大きな声で否定した。


「あ、そうだった。本気ですか?」


「本気です。」


「う~ん。本気かぁ」

――また女の子連れて行ったらオーフェン怒るかなぁ……かと言ってハウザーのところにはまだ何も言ってないから連れて行けないしなぁ――


「なんとかお願いします。いま、久しぶりに気持ちが萌えてきました……いや燃えてきました。」


――ん?待てよ。確かさっきオーデリア大陸を制覇したと言っていたな。――


「さっきオーデリアを制覇したと言っていましたが、ハウザーを倒したのですか?」

イツキはアイリスに聞いた。


「はい。最後のトドメを刺したのは私です。修羅旋風剣で倒しました。8人がかりで3時間かかりました。」


「3時間ですか……大したもんです。」

ちなみにイツキは1人で1時間足らずでハウザーを倒している。


――これは使えるな――

イツキはにやっと笑ってアイリスに声をかけた。


「分かりました。それでは今から参りましょう。」


書類の職種欄に「黒騎士」と記入してからイツキは立ち上がった。

そして

「お手をどうぞ」

と言ってアイリスの右手を取ると、そのまま一気にテレポーテーションした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る