異世界のキャリアコンサルタント~今一番のお勧め職業は『魔王』です。~

うにおいくら

第1章ビギナーズ高校生

第1話あなたの職業決めます。

その男は気が付いたらこの世界に来ていた。

別にトラックに轢かれた訳でも、飛び出して来た車に驚いて死んだ訳でもない。

気が付いたらここにいた。





そう、ここは異世界。

RPGロールプレイングゲームで散々やったあの世界だ。

十数年前その男はここに来た。





 いつものように彼はギルドの受付窓口のそばの部屋で暇を持て余していた。

彼の年齢は30歳くらいか。ガッシリとした体型はそこそこ鍛えられている予感がする。

服装は中世を思わせるものだが、どこか近代的な雰囲気も感じる。この時代・この世界では斬新なデザインなんだろう。

デスクに足を乗せて椅子の背もたれに体重を預けて面倒くさそうに書類に目を通していた。


 ノックの音がした。

「イツキはいるか?」

ギルドの受付係のマーサの声だ。



「いるよ」

とイツキと呼ばれた男はデスクから足を下ろして返事をした。


 扉が開いた。

マーサは男を一人連れて入ってきた。

「イツキ、あなたの仕事よ。よろしく」

と、それだけ言ってマーサは部屋を出て行った。


 そこにはオドオドした高校生風の男が一人取り残されていた。

そろそろ散髪に行く時期だというぐらいに伸びた髪。

ま、言ってしまえばどこにでもいそうな高校生。

その男を一瞥したイツキは

「はじめまして、イツキです……取りあえずそこの椅子に座って……」

とデスクの前の来客用の椅子を勧めた。


男はうながされるままイツキのデスクの前に座った。


「さて、今日はどうしたのかな?」とイツキは聞いた。


「済みません。ギルドってここで良いんですよね。」

男はすがるような目をしながらイツキに聞いた。

どうやら男は、苦労してやっとここまでたどり着いたらしい。


「ここでいいよ。何? 職探しているの?」


「はい」

男は弱弱しい声で応えた。


「前職は何していたの?」

とイツキは聞いた。


「今、高校生です」

「高校生かぁ……」

イツキの瞳に薄い憐憫の色が浮かんだ。


「はい」

男の返事は相変わらずかぼそくて弱い。


「しかし、この世界には高校なんていうものはないぞ。どっから来た?」

それに比べてイツキの声には張りがある。というか男の弱腰をたしなめるかのように力強く部屋に響く。


「いや、埼玉なんですけど、ここはどこですか?」

男の声には不安な気持ちが余すところなく表れていた。


イツキはそれには答えずにさらに聞いた。

「車に轢かれて気が付いたらここに来たとか?」


「はい。トラックに轢かれました。」

男は一瞬考えて答えた。


「実はヒキコモリとか?」


「いえ、ヒキコモリではないですが、休みの日は家にいる事が多いです」

おどおどしていた割には男ははっきりと返事を返すようになっていた。

少しは落ち着いてきたかもしれない。


 イツキはニタっと笑って

「おめでとう。ようこそ異世界へ。君は正真正銘の正統派・異世界へ生まれ変わりし者です」

と言った。

「あと、ヒッキーでニートなら完璧だったんだがな」

と笑いながら残念がった。


「はぁ?……異世界……ここは日本じゃないんですか?」

男は驚いたような表情で聞き返した。


「そう思うか?」

イツキはその質問には答えづに聞き返した。


「はい。言葉は通じますが、明らかに外国ですよねえ……」

男はここに来るまでの事を思い出したながら答えた。


「他に何か気づいた事は?」

イツキは更に聞いた。何故か楽しそうだった。


「あ、恐竜を見ました。あれは何ですか?首が一つしかないキングキドラみたいな……」

その男は自分で言っていながら信じられないという顔をしていた。

「それは恐竜では無くてドラゴン。ちなみにキングキドラも恐竜では無い。あれは怪獣」

こうやって異世界転生ビギナーをおちょくるのは楽しい……とイツキはちょっと彼で遊んでいた。


イツキが来た時は誰一人相手にしてくれなかった。勿論、転移した先輩も仲間も居なかった。


「まあ、はっきり言って君は日本からこの世界に転移してきたんだよ。多分、前の世界では君はトラックに轢かれた時点でお亡くなりになられてますな」

ここでイツキは、はっきりと教えた。


「ええ!!じゃあ、ここはあの世ですか?」

と彼は驚いて叫んだ。

「おいおい、声がでかい」

とイツキは言ってから口も元に人差し指を立てた。


「あ、済みません」

と男は謝った。


「君はRPG(ロールプレイングゲーム)をやったことある?」

イツキは小声で聞いた。

「はい。有ります」

高校生の男も小声で応えた。

男は休みの日は毎日ヒキコモッてRPGをやっていた。


「そうかぁ。だったら説明しやすい。今君はそのRPG(ロールプレイングゲーム)の中の世界に来たと思って貰えれば良い。それをあの世だというならここはあの世だな」

「ええ!!」

と言って男は口を押えた。流石に二度目の絶叫は男も避けたい様だった。


「そんな事が……」


「あるんだな、これが……」

イツキは何故か勝ち誇った顔をしながら応えた。


「何故、僕がここに……」



「そんな事は知らん。知らんが、俺も同じだ……気がついたらここへ転移していた」

とイツキは言った。


それを聞いて男は安心したのか、自分の立場を理解したのか涙を溜めて

「そうなんだ……」

と全身の力が抜けたように肩を落とした。


「心配しなくて良いよ。今は君のようにここに転移・転生してくる人間が沢山いるよ」


「ええ、そうなんですか?」

男は驚いたように顔を上げた。


「ああ、この頃、異世界に転移するのが流行りみたいで沢山来るよ。中には女神付きで転生してくる奴もいるし……何故か知らんが本当によく来るわ。

ま、大抵は転移の時に都合よく最強の勇者になったりするけど、この頃は弱いままだったりするな、どうせ沢山来すぎてネタが尽きたんだろう」

そう言ったイツキの口元には嘲笑的な笑が浮かんでいた。


「そうなのかぁ……」

自分以外にも沢山転移してきた人間がいると聞いて男は、ほっとしたようにため息をついた。


イツキはデスクに両肘をつき顔の前で手のひらを合わせてじっと男を観察していた。



「君、名前はなんていうんだ?」


「名前ですか……吉沢雅史です。」


「そうかぁ。まだちゃんと覚えているんだ。ところで、今までネットゲームかなにかでハンドルネームとか無かったの?」

とイツキは聞いた。


「あります。」

「それは?」

「ヨッシーです」

「分かり易いな。じゃあ、君はこれからヨッシーね」

「はいぃ?」

男は……いや、ヨッシーはまだ理解できていない顔でイツキを見た。


 イツキは背もたれに体を預けて椅子を揺らしながら

「この世界で吉沢雅史なんて言ったって誰も分からんよ。ヨッシーならまだ通じるな。どうせこの国で名前なんか『何とか村のヨッシー』程度の呼ばれ方だからそれで大丈夫だ。」

「もし君が間違って貴族にでもなれば、苗字も名前も必要になるけどな。それまで本名は必要ない」

とヨッシーに言った。


ヨッシーは力なく

「はい」

と答えた。


「おいおい、『こんな事ならもっとカッコいいハンドルネームを言えばよかった』なんて思っているんだろう?

仕方がないな。良いよなんでも。良い名前が思いついたらまた教えてよ。暫くなら改名できるから」

とイツキはヨッシーに優しく言った。


「ところでヨッシー(仮)君……」


「いえ。(仮)はもういいです。ヨッシーにします」

ヨッシーは腹をくくったように言った。


「そうか。男は思い切りが大事だからな」

イツキは面倒な事が一つ無くなったとホッとした。


「では、ヨッシー。君はこれから働かなきゃならん。RPGでも職業を選んだだろう?何になりたい?」


「何があるんですか?」


「ほらこれが全職種だ」

とイツキは職種が書いてある表をデスクに広げてヨッシーに見せた。

そこには十数種類の職業が書いてあった。


 ヨッシーは椅子から立ち上がるとそれを食い入るように見ていた。

暫くして

「僕は何が向いているんでしょうか?」

と不安げにイツキに聞いた。


「何がしたい?」

逆にイツキが聞き返した。


 ヨッシーは少し考えて答えた。

「世界を旅して平和を実現する冒険者っていうのは無いんですか?」



「それじゃあ、なんか隠された力とかこの世界に転生して来て備わった最強のチートな力とかない?」


ヨッシーの答えは

「口から入れたうどんを鼻から出せる位ですか……友達には最強に受けましたが……」

だった。


「そんな力は要らん!!それは力でも何でもない!!単なるかくし芸だ!!

俺が聞きたいのは、モンスターを一撃で即死に至らしめる力とか魔法とかそんなもんは手に入れた覚えはないか?という事なんだけど」


「ないです……」

ヨッシーは消え入りそうな声で答えた。



「まあ、地道に他の仕事を探そうか……、取りあえず視点を変えて、何か運動とかしていた?」

イツキはしんみりとした声でヨッシーに聞いた。


「はい。小学校時代から剣道をやってました……」

「ほほ~。なんだぁ、良い特技あるじゃん。それは良いねえ……段とか持っているの?」

「はい。二段」

「おお、それは更に凄いじゃん……じゃあ、剣士がお勧めかな」

イツキはホッとした。このまま何の取り得も無かったらどうしよかと心配だったが、少なくとも剣士にはなれる。



「やっぱりそうなりますねえ……」


「この魔法剣士というのは?」ヨッシーは目についた職種を口にした。


「魔法剣士かぁ……。ヨッシーは目が高い。これは頭が結構良くないと出来ないけど……勉強得意だった?」

「いえ。勉強せずに剣道ばかりしてましたけど……」

「そうだろうねえ……まあ、出来ない事も無いだろうけど」


「それじゃあ、戦士とかは?」

ヨッシーは聞いた。


「おお、良いのを見つけたねえ……いつも最前線で戦う勇者だ。ドラゴンにだって立ち向かう。みんなをモンスターから守るヒーローだ。だから死亡率高いねえ……。やってみる?コロッと死ねるよ」


「良いです。遠慮します」


「そうかぁ。まあ、その方が無難だな。ここでは死んだら本当に死ぬからな。RPGとは違うのはそこだ……たまに何度死んでも生き返る奴もいるようだが、普通は死んだら死ぬ」


「これは……」

今度は目についた職種を指さした。


「どれ?ああ忍者かぁ……。それは今からやるにはきついかもねえ……飛んだり跳ねたり水の中に1日いたりとちょいと修行するよ。その代わり水の上を歩けたりする能力が身に付くけど……。これも頭が良くないとダメだな。薬草の知識とかいるし……生物とか化学とか得意だった?」


「いえ、良いです。やっぱり剣士にします」

ヨッシーは首を激しく振った。


「そうする? それの方が良いと思うな。後でジョブチェンジも出来るし」


「そうなんですか?」

ヨッシーは驚いたように声を上げた。


「そうだよ。後で魔法剣士になったり、戦士になったりできるよ。あるいは騎士とかね。その時は前の職種の能力を案外持っていけるから、全くの無駄ではない。特に騎士は剣士をやってからジョブチェンジしたほうが有利だな」


「そうなんですね。じゃあ、剣士でやってみます」


「了解。職種は剣士ね」

イツキはデスクの上に置いてあった用紙に職種を剣士と書いた。


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