第26話「ガサク 1」
目を開けてすぐにガサクは、自分は地獄の大地に仰向けに横たわっているのだなと気がついた。
ガサクの体の上を、灰色の影のような霊が、手足をグニャグニャさせながら飛び回っていた。
「脅えろ脅えろォ! 地獄は恐ろしいところだぞォ!」
「恐怖と苦痛にさいなまれ、それ以外の何もかもを忘れて、やがて自分の存在すらも消えてなくなってしまうのだァ!」
キンキンと耳障りな声を発する。
ガサクはゆっくりと身を起こした。
「だったらファジュルが死んだ日のことも忘れられるな」
「強がりを言う新入りなど、珍しくも何ともないぞォ!」
悪霊達がゲラゲラと笑った。
岩と砂の地面は、上の冥界とも、地上のエジプトともほとんど変わらない。
ただ、遠くのほうで炎の池がぽつんぽつんと燃えていて、おそらくは罪人を焼くためのものなのだろうが、それが光源になっている。
空は闇よりも深い漆黒だった。
「オマエはどんな罪を犯したァ?」
「泥棒だ」
「ただの泥棒ではここまでは落ちまいィ」
「墓泥棒だ」
「オオオ! 何と恐ろしい罪だァ!」
悪霊達は大げさに怯えるそぶりをして見せて、それから声をそろえてせせら笑った。
「ワシらでもそこまでの罪は犯しておらんゾォ!」
ニタリとした口がそのまま耳まで裂けた。
頭が平べったくなり、手足と胴がねじれながら一つになって、悪霊達の姿がヘビへと変わっていく。
悪霊そのものに力はなくても、地獄の大地から力を引き出している。
ヘビ達がいっせいに襲いかかり、ガサクの体のあちこちに噛みついて、かじり取った。
「!!!」
痛いけれども血は出ない。
かじられているのは肉体ではなく
まるで虫に食われた果実のように、ガサクの
「ぐあっ!!」
痛みは全てを忘れさせる。
ファジュルについての記憶、生前は片時も頭を離れなかった記憶、冥界ではずっとそばに居た記憶。
痛い、痛い、痛い。
これではもう、自分がファジュルを思い出していないことにさえ気づけない。
ガサクの、肉体であれば肋骨がある辺りから、青い光が漏れ出した。
(ファジュル……!)
魂が剥き出しになったせいで思い出させられてしまった。
俺の手で守りたかった。
そんなことを胸を張って言えるような男じゃなかった。
(苦しい……)
ヘビ達がはやし立てる。
「
不意に……
もともと暗い世界に、さらに影が差した。
ヘビ達が、ガサクの
巻き上げられた砂煙の向こうの空で、巨大な怪物が真っ赤な口を開けていた。
「アポピスだァ!」
「アポピスだアァ!!」
太陽の船をも飲み込むとされ、神々の王のラーと対で語られることも多い、悪名高き大蛇の王。
けれど無学なガサクには、ヘビ達の叫びを聞かなければその名前がわからなかった。
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