第475話 王都のとっても大変な1日⑤

 1分後。

 結界が溶けた瞬間、お城側から兵隊さんがどっと入り込んできた。その中にはアンジェの顔もあって。

 強ばった厳しい顔をしていた彼女の緊張は、広場にぽつんと取り残されたシュリの無事を確認したとたんに一瞬で溶けた。



 「シュリ君、無事で何よりです」



 駆け寄り、抱き上げ、抱きしめる。

 その1つ1つの動作から、彼女がとてもシュリを心配していてくれたことが伝わってきた。



 「心配かけてごめんね? ありがとう、アンジェ」



 シュリはそう答えて、震えの伝わってくる彼女の体を抱き返す。

 他にも、シュリの顔を覚えてくれている兵士さんが結構な数いて、彼らもみんな、シュリの無事を喜んでくれた。

 そしてそのまま、シュリはアンジェに抱かれたままお城の中へと運ばれ、まずはお医者さん診察を受け。

 そこで問題ないとお墨付きを頂いた後、普通では考えられない早さで謁見室へと通された。


 そこで待ちかまえていたのは王様と宰相様だ。

 王様とは何度かお会いしているが、宰相様とこうしてきっちり向かい合うのは実は初めてだった。



 (えっと、確か、この人、サシャ先生のお父さん、なんだよなぁ)



 そんな事を思いながら、じっと顔を見る。

 その視線に気づいた宰相様は、厳しい表情をわずかに緩め、



 「こうして顔を合わせるのは初めてだが、君のことは色々聞いている。うちの娘が、世話になっているみたいだね」



 そう言いながら、まじまじと興味深そうにシュリを見た。



 「いえ。娘さん……サシャ先生には僕の方がお世話になってるんですよ。すごく頼りになる先生です」


 「そうか。君ほどの人物にそう言ってもらえるとは。父親として誇らしい限りだ」


 「ふむ。君の娘さんとシュリ君が親しいとは知らなかったな」


 「親しい、というか、教師と生徒の関係です。陛下」


 「教師と生徒、か。禁断の愛だな」


 「ご冗談を。娘とシュリ君では年が違いすぎますよ」



 はっはっはっ、と宰相様が笑う。

 王様の言っている事がなまじ間違いではない事を知っているシュリは、ちょっぴり冷や汗を流す。

 知らぬは親ばかり、である。



 「我が父からも、優秀な生徒だとは聞いていましたが、まさかここまでとは想像もしていませんでしたな。まさか、いにしえの龍を単独で撃退してしまうほどとは」


 「なんといっても、シュリはあのヴィオラの孫だからね。それに1人では無かっただろう? よく見えなかったが、鮮やかな赤い髪の人物が現れたのが遠目に見えたが」


 「そうでしたな! あの人物は一体!?」


 「それよりも、どうやってあの強大な龍を撃退したか、だよ。シュリ君、どうやったんだい?」



 2人に問われ、シュリは内心冷や汗を流しつつ、考えてきたシナリオを披露した。

 1つ、あの龍は、シュリの祖母、ヴィオラと因縁のある龍だった。

 1つ、途中から乱入してきた赤い髪の人物は、ヴィオラに恩のある龍だった。

 1つ、因縁のある龍はヴィオラへの恨みを孫のシュリではらそうとし、恩のある龍はヴィオラの孫であるシュリを助けに駆けつけた。シュリは恩のある龍と共に恨みのある龍を説得し、若干の戦闘行為はあったものの、比較的平和にお帰りいただいた。

 そんな風に。


 シュリの眷属の龍を迎えに来た龍を、ロウソクとムチで屈服させて、新たに眷属として迎えました、などという真実より、よほど説得力があるはずだ。

 それに、とシュリは思う。

 ヴィオラの名前を出せば、大抵の問題の説明は付くんじゃなかろーか、と。



 「そうか、ヴィオラが原因だったのか」


 「ヴィオラ殿が原因なら、仕方ありませんな。あのお方ならいにしえの龍の知り合いの1匹や2匹は軽くいそうですし。そんな中で恨みを買ったり恩を売ったり、というようなこともあるんでしょう。文句を言いたいような気もしますが、今回は被害も最低限に抑えられていますし、これまでに何度も世話になっていることですし」


 「そうだね。今回も不問、ということでいいだろう。幸い、人的被害はなかったし、ヴィオラの名前を出して説明すれば、民達も納得してくれるはずだ。細かい調整は君に任せるよ」


 「はっ。では、私は事後処理の手配に向かいます」


 「あ、じゃあ、僕も」



 どーにかなった、とほっとしつつ、宰相様にくっついて出て行っちゃおうと声を上げたのだが、



 「いや、シュリ君はもう少し残ってほしい。陛下からご褒美があるそうだ」



 当の宰相からそう言われ、渋々その場で出て行く宰相を見送った。王様と一緒に。

 ご褒美なんかいらないんだけどなぁ、と王様の顔を見上げると、彼は悪戯っぽくシュリに笑いかけ、



 「さ、邪魔者はいなくなった。事の真実を教えてくれるかい?」



 そう問いかける。

 一瞬言葉を失うシュリを見て、王様は悪戯っ子な笑みを深めた。



 「……なんて無粋な事を言うのはやめておこう。君は君なりに考えてあの話をしてくれたんだろうから。真相はどうであろうと、表向きの真実としては君の話してくれた内容は座りがいいしね。うちの国民はヴィオラが大好きだから、彼女の名前を出しておいた方が丸く収まるだろうし。君も、そう考えたんだろう?」



 にこにこしながらの王様の言葉に、シュリは口をはくはくさせることしか出来なかった。



 「ん? どうしてわかったのか、って言いたそうだね? まあ、簡単な推理だよ。ヴィオラは自分に恨みをもつ相手を放置したりしない。ああ見えて、敵には容赦ないタイプだからね。だから、ヴィオラに恩を感じる者がいるのは分かるけど、彼女に恨みを持つ者が自由の身でいる、ってことが有り得ないんだ。ヴィオラとそれなりに親しくつき合っている人間なら、すぐに分かることだよ」



 ちょっぴり胸を張り、得意そうに王様は言った。

 反対に、シュリは肩を落とす。そんなにバレバレな作り話を、堂々と披露してしまったのか、と。

 だがすぐに考え直す。

 でも宰相様には通じたんだから、それでいいのか、と。


 それなりに親しい人にはバレる嘘だけど、そうじゃないその他大勢にはバレないってことだし、この国のトップの王様も、シュリの作り話につき合ってくれるようなので、特に問題はなさそうだ。

 とはいえ、一応王様へは義理を通しておいた方がいい気がする。

 そんな訳で、シュリはこの王様には真実に近い話をしておくことにした。



 「他の人に秘密にしていただけるなら、事の真実をお話しします」


 「この国に害を及ぼす情報でなければ、君の話の秘匿を約束するよ。でもいいのかい? 話さなくても、君を罰するつもりはないし、ご褒美だってあげるよ?」


 「お言葉は有り難いですけど、話しておいた方がいい気がするので」


 「そうか。なら、聞かせて貰おうか」



 居住まいを正し、真剣な表情でこちらをみた王様に、シュリは今回の件の始まりから終わりまで、比較的真実に近い内容を話して聞かせた。

 最後まで聞き終えた王様は、驚愕の表情を隠せない様子で、目の前の子供をまじまじと見つめた。



 「君が眷属としたいにしえの炎龍を取り戻さんとやってきた、これまたいにしえの氷龍と対立した、ということだね。更に、あの広場と外を隔絶した結界は君の身に宿る、5柱の上位精霊によるものだ、と」


 「ハイ、ソウデスネ」


 「そして対立する氷龍を、味方である炎龍と共に説得し、その氷龍もまた、君の眷属になった、と」


 「ソ、ソウデスネ?」



 どうやって相手を屈服させ、眷属にしたかの過程の話はあえて省いておいた。

 ロウソクとムチはだめだろう、と。



 「あのヴィオラの孫だから、普通の子供であるはずない、とは思っていたけど、想像以上だ。君はヴィオラと同じくらいの……いや、下手をしたらヴィオラよりも大きな器の持ち主なのかもしれないね。こうなってくると、君にはぜひ、今回の褒美を受け取って貰わなくてはならないな」


 「え、え~っと」


 「悪く思わないでほしい。私はもちろん、君の事を信じている。しかし、君ほどの人物を手に入れたいと思う者がいないとは思えないんだ。そして、私は君にこの国の国民でいてもらいたい」


 「い、今のところ、他国に移住する予定はないですよ? 家族もこの国にいることですし」


 「ああ。そうだろうね。でも、そう知っていてもなお、さらなる強固な絆が欲しい、と思わずにはいられない。そしてそれ以上に、娘の幸せも祈っている。ねえシュリ君。君ならば私の娘を何者からも守り、幸せにしてくれると思えるんだよ」


 「えっと、なんの話か、よく……」


 「そうだね。率直に言おう。シュリナスカ・ルバーノ君」


 「はいっ」


 「此度の活躍の褒美として、君を我が娘、フィフィアーナ・エル・ドリスティアの婚約者と定める」


 「ええぇぇぇぇ!?」



 謁見の間に、シュリの驚愕の声が響きわたった。

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